プロシュートとのセックスは苦手だ。彼はとても優しいし男性としても魅力的で、何より女の扱いを解っている。しかし、それが上手すぎる。自分の快楽よりも女を可愛がることを優先し、一夜限りの夢を抱かせてくれるような甘い言葉を吐き続ける。わたしから言わせてもらうと、それが彼の欠点なのだ。テクニックがあるのも、言葉選びが上手なのも、女の悦ぶ仕方が解るのも、勿論とても良いことだが限度というものがある。一夜で何度も何度も絶頂を味わい、お前を愛していると心地好い低音で鼓膜を揺さぶられ、朝まで大事に腕に包まれると、善過ぎておかしくなりそうだ。己の快楽だけを貪るような自分本位なセックスの方がわたしは助かる。少なくとも、わたしの弱点を徹底的に可愛がり、甘く啼かせ、女として悦ぶ姿をじっくり眺めたいなどという彼よりかは。

セコンドピアットが届く頃、彼はわたしの瞳をじっと見つめた。赤ワインを傾けてから見つめ返すと、優しく目を細められる。
「今日は元気がねェな。だから俺が呼ばれたのか?」
「ご心配なく、失恋なんてしてないわよ。でも、そうね、慰めてほしいのは合ってるわ」
タリアータを口に放り、咀嚼を繰り返す。今夜のワインとの相性は抜群だ。ワインの渋みと肉の甘みが口の中で絡み合う。
「慰めてほしい、か。お前が俺の前で弱音を吐くなんてよっぽどのことだな。ボスに捨てられたか?」
「…貴方って本当に勘がいいわね。そうよ。今回の件には関わらせたくないんですって」
「まぁ、無理もねェな。指令を聞いて早速ペッシが頭を抱えていやがった。すぐ自信を無くすのは悪い癖だな」
知っているフリをして話題を振ると、彼はワイングラスに口を付けて小さく笑った。
「でも、少し大袈裟じゃあないかしら? ヒットマンチーム全員に協力を要請したんでしょう?」
「大袈裟じゃあねェ、妥当な数だ。今回のは相手が悪い。勿論俺達が加わる以上負けることはないが、すんなり終わることもないだろうな」
「あら、貴方達がいても苦戦するなんて珍しいわね。そんな大層な御相手だったかしら?」
わたしの言葉に彼はまた笑い、それから笑みを消す。真っ直ぐにわたしを射抜く双眼に息を飲んだ。
「お前、どこまで吐かせたいんだ? 相手を漏らすほど酔っちゃあいねェぜ」
「……意地悪なのね」
「言っただろ、ボスに捨てられるのも“無理はねェ”って。そういう相手だ。そもそもブチャラティがお前を巻き込むとは思えねェな。庇護されて囲われてるって自覚があるんだろ?」
またブチャラティだ。彼の愛はそんなにも解りやすく目につくのだろうか。パッショーネの方針を決めていくのはブチャラティの意見が大きく反映されることは知っていたが、まさかわたしを組織から抜けさせようとしているのもブチャラティだけの意思なのだろうか。どれも解らない。ブチャラティが愛してくれているのはよく解っていても、その愛が起こす言動に理解ができない。
「残念。わたしは今夜もまたひとりで泣くことになるのね」
「狡い女だな。俺も鬼じゃあねェ、可愛く強請るなら考えてやる」
わたしが吐かせようとしているのを察しても尚彼はわたしを咎めない。ワインを口に含んで味を楽しみ、タリアータをフォークで上品に口へ運ぶ。ソースを舐めとる舌が覗き、彼はにやりとわたしを笑った。
「ドルチェが届くまでにまだ時間はある、ゆっくり考えるんだな。上に部屋は取ってある。お前が俺だけの為に時間を割くってんなら、その健気さに絆されるかもしれねェぜ」
わたしを帰す気などないくせに。

男を覚えたあの日から、わたしは少女には戻れない。

リモンチェッロの爽やかな味が食事の終わりを意味していた。ナプキンで唇を拭くと、彼はわたしの後ろへ回って椅子を引いてくれる。
「答えは出たのか、名前よォ?」
「ふふ、もっと貴方を口説くことにするわ」
「とっくに虜だぜ」
エスコートするように掌を差し伸べる彼は上機嫌だった。それに従ってロビーへ出ると、彼はキーをポケットから取り出す。エレベーターを待ちながら階数の表示を眺めていると、聞き慣れた男の声が、ぽつりと。
「……名前?」
わたしより先に隣の彼が振り返る。それから、あーあ、とわたしに視線を寄越すのだ。聞き間違えるはずはないのだが、間違いであってほしかった。恐る恐る振り返ると、そこにはわたしを睨むブチャラティ。
「ここで何をしてるんだ」
「あらブチャラティ、ボナセーラ…。今彼と食事を楽しんでいたのよ…」
「そうか。それで、帰り道が違うんじゃあないか? お前が待っているエレベーターは出口に繋がっているわけじゃあないよな」
いつもより低いトーン。今まで彼に隠し続けていたのにどれだけ苦労したことか。それがこの最悪なタイミングでバレてしまうなんて。反論の言葉を考え付くより先に、ブチャラティの手がプロシュートを振り払う。
「家まで送るぜ」
ブチャラティに掴まれた二の腕はギリリと骨が軋みそうになった。痛い、痛くて仕方ない。だけど、彼の表情の方がなんだかよっぽど痛そうに見えた。
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