4月4日。
アプリーレはずっと落ち込んでいるようにも見えるのだが、彼が最も憎む数字がふたつも並び、今日の彼は眉間に皺を刻んでいた。運命とかツキとかそういう類いを本気で信じている彼は「外に出たら不吉なことが起こるに決まってるッ!」と今日こそいよいよ引きこもろうと必死だったはずなのに、わたしが彼を置いていこうとしたらあっさりと部屋の外までついてきたのだ。彼曰く、彼の幸運はわたしに左右されるらしい。わたしと出会ってから彼は仕事もプライベートも充実していてツイているのだと熱弁していたが、それは単に恋愛というものにプラスの感情を抱いている彼が起こした実力の結果であり、わたしが彼をどうこうする不思議な力の所有者なんかではないということをこれっぽっちも疑っていない。つまるところ、彼はわたしから離れれば幸運は逃げてしまうのだと、心の底から本気で思っているのだ。

「テメー、桁が違うんじゃあねェか? ええ、オイ? ナメてるよなァ〜〜ッ! ここで稼ぎてェって言うんならよォ、納めるもんはきっちり納めねェとテメー自身が生活できなくなるんだぜッ!」

ぐりぐりと男の額に銃を突きつける彼は、いつも以上にチンピラに見える。たかが集金に殺気立て過ぎではないか。男は顔を真っ青にして残りの金を差し出すが、恐怖の余り勘定ができていない。それだと損をするのに…、と横目で見ると、案の定彼はにやりと口角を上げた。

「これがオメーの誠意ってやつか? 貰っといてやるよ、俺がな」

男から金をぶん取り、仕事がひとつ片付く。ひとりで苛々して張り切っている彼と一緒だとわたしなんか居ても居なくても変わらない。小腹が空いたから何か買いにいこうと提案しようとするが、彼は思わぬ収入を数える作業を始めていたので放っていくことにした。大通りから少し外れたところに美味しいパニーノが置いてあるパン屋さんがあるのだ。彼の好きなフレッシュトマトのブルスケッタを買って帰ればわたしがどこへ行こうが構わないだろうと考え、裏路地から離れていく。賑やかで人通りの多い大通りに出ると、ディナーの準備を始めているリストランテから食欲を誘発させる香りが漂った。あぁ、仕事を放ってゆっくり食事がしたい。

「ボナセーラ、美しい人。失礼だけど、今何時か伺っても?」

大通りから外れた小道に差し掛かるとき、突然男性に声を掛けられる。わたしは足を止めないまま腕時計に視線を落とした。

「今? もうすぐ17時になるわ」
「きみの時計も17時なのかい? 偶然だね、実は私の時計もそうなんだ」
「…そう」

下らないナンパに口許が緩む。漸く歩みを止めたわたしに、男は嬉しそうに微笑み、手を差し伸べた。

「これは運命としか言いようがない。どうです、一緒にディナーでも?」
「ええ、とても魅力的なお誘いだわ、ちょうどわたしもお腹が空いてきたところだったの。でもディナーにしてはまだ早いんじゃないかしら? 時間帯を間違えたわね」

残念だというような素振りを見せて再び歩き出そうとすると、男は自身の身体を壁にしてわたしの行く道を塞いでしまう。

「こんな美しい人に出会ってしまえば時間帯なんて気にしませんよ。声を掛けないなんて失礼だ。是非私にディナーを御馳走させてください」

ええ、でも、と言葉を続けようとすると、瞬間に男の顔色が真っ青に変わった。ゴツリと後頭部に当てられる見慣れた銃に溜め息が漏れそうだ。背を屈めて男の耳許に唇を寄せる彼は、視線だけはわたしに向けたまま怒りを含んで睨み付けてきた。

「テメー、俺のオンナをどうしようって?」
「ひっ…!」
「ディナーがどうとかって聞こえた気がするんだけどよォ〜、もしかしたら俺の聞き間違いかもしれねェよなァ? おい、なァ、何て言ったのか俺にも教えてくれよ。内緒話はズルいだろ?」

今にも引き金を引いてしまいそうな彼に首を振ると、彼は一層男へ銃を突き立てる。男は心底怯え、わたしに助けを求めるように視線を投げ掛けた。

「ほら言ったでしょう、時間帯を間違えたのよ、貴方。まだ仕事が残ってるの。業務時間外でないと仕事熱心な彼はわたしから離れてくれないわ」

わたしよりも札束を数えるのに一生懸命で黙って立ち去っても気付かなかった彼に嫌味を言ってやる。彼はばつが悪そうに男から銃を離し、小さく舌打ちを寄越した。

「失せろッ!」

彼がそう言わずとも、男は一目散に逃げ出し、その姿がなんとも哀れだ。苛々している彼をくすくすと笑うと、更に腹を立てたのか睨みがきつくなった。

「ちょっとパン屋に寄ってもいいかしら? お腹空いちゃったわ」
「あぁ、勝手に居なくなりさえしなけりゃあ何処へだって付き合ってやるよ」
「貴方がいけないのよ」

くるりと背を向けると、彼はわたしを後ろから覆うように抱き締める。突然の締め付けに驚くが、彼の独占欲が強いのは今に始まったことではない。宥めるように彼の腕へ手を重ねると、甘えるようにわたしの首許へ唇を押し付けた。

「今日が何の日か知ってんのか? 俺の傍から離れるんじゃあねェ」
「貴方の運気が下がるから、でしょ?」
「そうじゃあねーだろ」

掠れる彼の声が、いつもより弱い。

「お前を失ったら、そこで俺は終わりなんだよ。この世の何よりも不幸だ、想像だってしたくねェ。俺が目を離した隙に事故に遭ったら? 他の男に襲われたらどうする? 俺は生きちゃあいけねーだろうな。わかるか? 頼むから今日だけは俺の傍に居てくれ。それ以上に不幸なことは考え付かねェ」

こんな日に外出する理由は、わたしを監視して護る為? 呆れるほど過保護で妄信的だ。わたしなんかに神秘的な力は存在しないのに、当然のような口振りで懇願されれば悪い気はしない。彼にとってわたしは神にも成り得るのだ。

「ねえミスタ、そうね、それじゃあ残り7時間を貴方と片時も離れないって誓うわ。それで満足?」

彼を振り返って悪戯に笑うと、漸く安堵したように彼が僅かに口許を緩める。

「7時間? 俺はこの先一生お前を離す気はないぜ」
「馬鹿言わないで頂戴、そんなの真っ平御免よ」
「いいだろ? なァ、誓えよ」

言葉を返す前に唇を押し付けられた。こんなにも強引な誓いのキスがあるだろうか。離れた唇でもう一度嫌味を言ってやろうとすると、それすらも飲み込むように再びキスを繰り返す。しゃぶるように情熱的なキスに彼の愛を感じ、いつからこんなにも依存的な場所に変わってしまったのか、頭の隅で考えた。
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大変遅刻です。銃を突き付けるミスタが書きたかっただけです。
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