わたしがレイプされたのは、12のときだった。イタリアでは性の初体験が早いと言われているが、わたしは全くの未経験だったので、何が起きたのか頭では理解できていなかった。路地裏に連れ込まれ、薄暗い建物に引き摺られ、声を上げる間もなく薬を飲まされたのだ。そこから続く、快感地獄。初めてだというのに痛みは一切なく、抵抗も意味を為さないままに何度も絶頂へ追い込まれた。一突きされるごとに絶頂を繰り返し、声帯がだめになってしまうほど喘ぎで喉を枯らす。ブチャラティが助けてくれなかったら人間らしい思考を失っていたかもしれない。正気でなくなったわたしを見て、心優しい彼は薬が抜けるまでわたしの面倒を見てくれたのだ。家族や友人に恵まれた環境とは言い難かったわたしは、見ず知らずの男に心を許した。世間体がどうであっても、わたしを護ってくれる人こそわたしにとっての正義なのだと。思い返せば、ブチャラティはあの頃からずっとわたしに過保護だったかもしれない。

彼に救われた人間は、彼こそが己の歩む道だと信じてやまない。わたしもまた、その一人なのだ。

プロシュートを待っていると、背後から急に伸びてくる手に腕を掴まれて強く壁に押し付けられる。ぼうっとしていたのは確かだが、気配を一切感じなかった。その者にべろりと項を舐められ、息を飲んでいたわたしは更にぞっと鳥肌を立たせる。
「い、いや…っ!」
慌てて銃に手を伸ばすと、その影はわたしから距離を取って両手を上げて見せた。綺麗なストレート髪を長く伸ばし、妖艶な笑みを口許に浮かべる男。言葉を交わしたこともない、メローネだ。
「ボナセーラ。やっと一人になったな」
意味が解らずに固まってしまう。彼に挨拶したことはあってもそれが返ってきた記憶はないし、話し掛けられた記憶もない。彼はいつだってただ視線を向けるだけでわたしにわざわざ関わってきたりしないのに、どうして。銃を持つ手が震える。
「俺のことは知ってるかい? 一応リゾットの下で働いてるんだ」
「え、えぇ、知ってるわよ。メローネでしょう。わたしに何か用かしら?」
「君はいつも男を連れているだろ? 単純に気になってたんだよ、どういう女なんだろうってね。君、健康状態は良好かい? 顔色は…、まあまあかな。誕生日、血液型、星座、それから好きな仕方、とか…、いろいろ質問したくなるが今回は関係ないことだ。別に君を孕ませるわけじゃあないからな。俺が知りたいのは、ただ君の魅力は何だ? ってところだ。是非君と過ごす時間をくれないか? 君はディ・モールト美しいが、それだけじゃあないんだろ? 君のところのボスもブチャラティも、異常な程に君を可愛がっている。うちのリーダーだってそうだ。普段女なんて母体として以外はこれっぽっちも興味がないが、君は単純に気になるんだよ。周りの男が次々と虜になっていく。そうだろ? どうしてなのか教えてくれないか」
彼は瞬きを繰り返すわたしを置いてべらべらと質問を投げつけた。今までずっと無視を決め込んでいた男が急に過度な接触をしてきたら誰だって驚くだろう。言葉を返せないままでいると、彼はわたしの髪に鼻を寄せ、すうっと大きく息を吸い込む。
「匂いは悪くない。これは直感だけど、君は母親には向いてないな。殺しを好むタイプではなさそうだ。俺のベイビィ・フェイスはクズな女ほど育てやすいんだよ。あぁ、話が逸れた、悪い癖だ。とにかく君の夜を予約したい。せっかく今日はブチャラティが居ないんだ、いいだろ?」
捲し立てるような彼の言葉に頭の理解が追い付かない。そうしていると、向こうからプロシュートが歩いてくるのが視界に入った。
「こ、今夜はだめよ、プロシュートと約束してるの。残念だけど、また今度にしてちょうだい」
「……あぁ」
やっとの思いで声を捻り出すと、彼は途端に興味を失ったようにくるりと背を向けて歩いていく。まるで解らない。なんて個性的で掴めない男だろうか。身体のラインを強調するようなピッタリとしたスーツを眺めるように、目で彼を追った。
「チャオ、名前。熱心に見詰めてるじゃあねーか。メローネがどうかしたのか?」
プロシュートが傍までやってきてわたしの腰を抱く。僅かな体温でも混乱していた頭が途端に働き出すのを感じ、わたしはつくづく他人の体温がないと生きていけないと思い知るのだ。
「あの人…、少し変わってる?」
「だいぶ変わってるぜ、あいつは。赤ん坊を産めとでも言われたか?」
「まさか。ただのお誘いよ」
わたしの言葉に彼は一瞬眉を歪める。お誘い…、と小さな声で呟いてから鼻で笑い、わたしの腰を押して歩くように促した。
「そりゃあ悪かったな、先約があって。いい女は大抵誰かに先を越されてるもんだ」
「ふふ、今夜はどちらへ?」
「着けば解る」
乗り心地に文句をつけてからはフェラーリもランボルギーニもやめて目立たない色のアルファロメオで送迎してくれる。ドアを開けてエスコートしてくれる彼に微笑んで乗り込むと、彼は上機嫌に車を走らせた。今夜はたっぷり可愛がってもらい、その対価をしっかり得るのだ。
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