まだ明け方だというのに着信が4件も入っている。ミスタが見たら悲鳴を上げるだろう。モーニングコールにしては少々早いなと思って時間を確認すると、全て夜に掛かってきた電話だった。ホルマジオと過ごしていて気づかなかったけれど。
「熱心なボスさんね……」
そろそろ夜が明ける。早く帰って着替えないと、過保護なジョルノが迎えに来てしまうと早足になった。ホルマジオのおかげで少しは気が紛れた朝だけど、わたしの心が完全に晴れたわけではない。

「ボンジョルノ、名前。こんな時間までどちらへ?」
部屋に入るとジョルノがソファで足を組んでいた。薄暗い部屋に浮かぶ炯眼に思わず息を飲む。慌てて電気を付けた。
「ジ、ジョルノ、どうしたの? 何故ここに…?」
「連絡ならしましたよ。まぁ、貴女は出なかったのですが」
「あ、あぁ、電話…、そうだったの、気づかなかったわ…」
彼が無断で部屋に入り込むなんて初めてのことだ。動揺して声が喉に張り付いて上手く出てこない。とりあえず彼の向かいへ腰を下ろすと、彼は足を組んだままわたしを睨み付けた。
「アバッキオ、ミスタ、ナランチャ、フーゴ…、それだけでは足りませんか。その誰でもない男にも貴女は身体を開くんですね」
「……わたしの自由じゃない」
「ええ自由です、でも僕は不愉快だ。それに、ヒットマンチームに積極的に関わる理由は何です? 彼らは危険だと以前にも忠告したでしょう」
「!…貴方、どこまで知ってるの?」
「知っていますよ、貴女のことなら何だって」
どこまで把握されているのか解らなくなり、ぞっとする。彼は部下を使ってわたしを尾けているのだろうか。しかし気配を感じたことはなかったはず…。わたしの全てを知っているのなら、どうしてわたしが男を求めるのかも解ってほしいのに。
「わたしは貴方の為に遣われたいだけなのよッ! でも貴方はわたしを遣ってくれないじゃない…」
「…どうして貴女は僕の気持ちが解らないんだ」
「解らないわッ!ジョルノもブチャラティもわたしを頼らないッ!独りで家にいたらおかしくなるわよ…!」
耐えきれずぼろぼろ涙が零れる。せっかくホルマジオに慰めてもらったのにこれでは意味がない。ジョルノはそんなわたしを見て途端に眉を下げてしまった。女の涙はギャングのボスにも通用するらしいなんて、頭の隅で冷静な自分に嫌気が差す。
「寂しいのなら僕を求めてください、名前。毎晩でも貴女のところに来ると約束します。本当に愛しているんだ。僕の気持ちが伝わりませんか」
「あくまで寂しさを紛らわすだけ…、わたしを関わらせる気はないのね。ねえジョルノ、わたしは最初から仲間なんかじゃあなかったの…?」
「…いいえ。僕もブチャラティも、貴女を心から信頼し、尊敬している。パッショーネに欠かせない人間だと思っているんですよ。だからこそ巻き込みたくないことだってある。解ってください」
彼は説得しながらわたしの隣へ移動してきた。わたしの手を取り、甲にキスを落とす。こんなの我が儘だ。今までずっと一緒にやってきたのに突然わたしだけ仲間外れなのを承諾しろなんて、我が儘過ぎる。なんて残酷な人たち。
「そんなのちっとも嬉しくないわ」
ぼろぼろ泣き崩れるわたしの肩を優しく抱き寄せ、わたしの罵倒を静かに聞く。酷い、どうしてそんな最低なことができるの、と言っても彼は黙って寄り添うだけ。泣き疲れて重くなる瞼に、彼は小さくキスをした。
「愛しています、心から。貴女は僕の希望であり唯一の安らぎなんですよ」
彼の声は心地好く、子守唄のようにわたしを寝かし付ける。狡い人。わたしは貴方を許していないのに。

貴方たちはわたしを愛するが故わたしを生かそうとし、わたしは貴方たちを愛するが故共に死にたいと願う。

目が覚めるとベッドの上に独りぼっちだった。ジョルノがきっと運んでくれたのだろう。あんなに華奢な身体でもわたしを軽々と抱き上げてしまうのは、毎度感心してしまう。
「また独り…」
ちかちかと光るディスプレイに目を遣ると、彼から連絡が入っていた。
『明日いつも通り迎えに行きます。朝9時。今日はゆっくり休んで』
まだわたしにも仕事が回ってくるのだと思うとホッとすると同時に、わたしを関わらせないと決めた彼の決意は固いのだと思い出す。違う仕事に回されるに違いない。彼の気持ちが解らないように、彼にはわたしの気持ちが解らない。貴方の為なら本気で死んだっていいのだと言っても、彼はわたしを生かそうとするのだろう。
「嫌な予感って当たるのよね…」
静まり返る部屋に吐き気がした。

予感は的中、翌日からわたしはどうでもいいような仕事ばかりさせられた。売上の回収、街の監視、ときに愚かなゴロツキへ制裁を与え、ときに警察から目をつけられそうな事件の証拠を揉み消したりもした。下っぱにやらせればいいような仕事ばかりで退屈だけど、ジョルノにはあくまで従順に見せ掛ける。ミスタが漏らしたその戦争とやらに、わたしも絶対に参加してやるんだから。フーゴから頼まれた男の尾行を半日行った後、わたしはヒットマンチームのアジトへ向かった。彼らは知っているはずなのだ。
「チャオ、名前。こんなところでどうしたんだ? 仕事?」
「チャオ、ペッシ。これは個人的な用だけど、プロシュートは居るかしら? 貴方と一緒に居るのかと思っていたわ」
「へへ…、俺プロシュート兄貴のおかげでやっと一人前になれたんだよ。まだマンモーニだってからかわれたりするけど、殺しだってできるようになったんだぜ。だから今日は一緒じゃあないんだ。でも、呼んでくるよ」
照れ臭そうなペッシにわたしも笑顔になる。プロシュートが大事に育てた新人が、すっかり一人立ちしているのだ。
「偉いわペッシ、貴方って本当に努力家なのね。あの口煩いプロシュートの合格が出たのならよっぽど腕を上げたってことよ! 頑張ったじゃない」
ちゅ、と頬にキスを贈ると、ペッシは顔どころか耳まで真っ赤にして慌てて背を向けて走っていく。そういうところがマンモーニって言われてしまうのよ、なんて心の中で小さく笑った。
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