「ボンジョルノ、名前。今日は起きているんです?」
電話越しの声に隣のミスタは眉を顰めた。わたしはベッドから下りてクローゼットから着替えを取り出す。
「ボンジョルノ。今日はばっちりよ。だけど、ごめんなさい、さっき連絡を見たところなの。あと30分待ってくれるかしら?」
「だめだと言っても、貴女は僕を待たせるのでしょう」
「あら、ジョルノはわたしにだめなんて言わないわ」
くす、と笑うとジョルノも笑った。楽しそうに話すわたし達を見て、後ろからミスタが抱き付いてくる。
「よォ、ジョルノ。まさか毎朝こうしてモーニングコールをしてるわけじゃあねェよな? だとしたら随分な熱の入れ様にちょっぴり妬いちまうぜ」
「……ミスタ」
ジョルノの声のトーンが下がる。慌ててミスタを振り返って彼を押すが、距離を取ってはくれなかった。腕力で敵うわけがない。
「ギャングのボスが特定の女を毎日送迎してるなんて漏れたら、まずいんじゃあねェのか?」
「確かにそうですね。僕はふたりが一緒だということも知りませんでしたし。それではミスタ、今日は僕の代わりをお願いしても?」
「勿論、任せろよ」
「グラッツェ」
ぶつんと切れる電話。ミスタは送迎のことを知っていたのだろうか。朝を共にしているというだけで昨晩を物語るというのに、ミスタは解っていてジョルノを挑発している。じろりと彼を睨むと、彼は可笑しそうに喉を鳴らした。
「ジョルノのやつ、嫉妬深いよなァ〜! 解りやすいったらねーぜ!」
「もう、解っているならどうしてこんなことをするのよ!」
べしっと彼の胸を叩くと、彼はベッドの周りに脱ぎ捨てた服を拾いに行ってしまう。その憎たらしい背中を見ていると文句を言いたくなるのでわたしもさっさと着替えようと彼に背を向けた。
「…嫉妬深いのはジョルノだけじゃあねェんだぜ」
彼の呟きは、聞こえずに。

ジョルノは怒っていなかった。もしかしたら怒っていたのかもしれないけど、彼はいつも表情を崩さないから解らない。切なそうに嫉妬に顔を歪めるのはベッドの上でしか見たことがないのだ。
「さて、と。昨晩は可愛がってもらったようですね」
「え、えぇ、まあ…」
ミスタを任務に送り出してジョルノはわたしに書類を渡す。逃げるようにそれへ視線を落とすと、彼はわたしを舐め回すようにじっくり眺めた後、小さく溜め息を吐いた。
「カジノは行ったことあります?」
「えっ? あまり行かないけど、何度かは…」
「ネアポリスでは?」
「あるわよ、でも本当にほんの数回だけどね」
「その“ほんの数回”で可愛がってもらった経験は?」
書面にはある男の情報が綴られている。
「まぁそれなりに。でもこの男じゃあないわ。それに、最近のことじゃあないから覚えていないのよ。この男が口説いてきたかは解らないけど、寝てないのは確かね」
「貴女は本当に話が早い。この男は最近出入りするようになったばかりですから、貴女は抱かれていないでしょうね。それに、この男は全くの一般人だ」
ここで言う一般人というのはスタンド使いかどうかという意味ではなく、こちらの世界にいるかどうかという意味だ。この男は強面ではあるが堅気だというのだ。
「アタりすぎて困るってことかしら? もしかして強運の持ち主?」
「麻薬を売買しているんです」
ジョークをまるで無視して彼はばっさりと言い切った。ジョルノが仕切るネアポリスでわざわざ取り締まり真っ最中の麻薬を? なんて愚かな男だろう。しかし、言い切るほどの証拠が揃っているのなら早々に仕留めてしまえばいいのに。
「何故わたしにそれを? まさかこの男と寝ろっていうのが今回の任務じゃあないわよね?」
「まさか、僕の愛する人にそんなことをさせるはずがない。でも貴女は男を惑わすのがとても上手だ。僕の心を掴んで離さないように」
「ふふ、いいわよ。何を聞き出せばいいの?」
「一般人が麻薬を扱うということは、売っている組織がいるはずなんです。それがとても問題だ。貴女なら入手経路を探れますね?」
ミスタの言葉を思い出す。戦争相手はどこの組織だろうか。今回のこれも、その組織が関わっていると睨んでいるのだろうか。わざわざネアポリスを選んで捌いているのであれば、それはジョルノへの宣戦布告に当たる。お金に目が眩んだ幹部の誰かが小遣い稼ぎに一般人を使っている方がまだマシだろう。そこをはっきりさせないと攻撃相手を間違いかねない。
「頑張ったら御褒美を頂けるのかしら?」
「ええ、貴女が嫌だと啼く程に」

貴方の為なら身体を差し出すから、傷付いた分だけ貴方が埋めて。

カジノで捌いているとはいえその現場で接点を持てば怪しまれてしまうかもしれない。少しの間標的を尾けて、心地好いジャズが流れるバーまで辿り着いた。ここならアルコールも入り、彼はリラックスしているだろう。もっとも、このバーでも捌いている可能性もゼロではないのだが。
「ボナセーラ。素敵な夜を過ごしてる?」
マティーニに口を付けながら彼に睫毛を伏せると、彼は解りやすく喉を鳴らした。治安が良いとは言えなくなる時間帯、女性が一人で声を掛けるとしたら“誘っている”ときだ。彼は自分のグラスを煽り、一つ空けて座っていた椅子を詰めて隣に腰を下ろす。
「ボナセーラ、美しい人。君に出会えたことで、たった今、最高に素敵な夜になったよ」
「ふふ、わたしもよ。とっても魅力的な人…、ねえ、わたしビビっと来てるわ。貴方はどう?」
「ビビっと?」
「ええ。わたしと貴方では“相性がいいかもしれない”ってことよ。少しの間わたしと飲んでくださるかしら?」
彼はもうわたしの虜だった。いかにも下品な言葉で誘った方が、一般人は危機感がない。男としての本能を優先させて頷いてしまう愚かな彼にわたしの方こそ興奮してくる。さあ、ここからがわたしの得意分野だ。
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