麻薬を厳しく取り締まると決めたのは昨年のジューニョ。今までそれらで収入を得ていたギャングがごろごろ居るとは知っていたが、規律を守るように促すのが此れ程までに苦労するなんて予想していなかった。ジョルノは想定済みですよと微笑んでいたけれど、若いギャングのボスは見下されがちだ。素直に従うグループの方が少ない。
「ドラッグを未成年に売買させなきゃいいだけなんでしょう? それなら未成年だけを取り締まったらどうかしら? 全てを取り締まるとしたらお金に飢えたお偉いさん方が煩わしいジョルノを狙わないかしら」
昨日の食事会も終始ピリピリしていた。ジョルノは少ししか口をつけていない。歳の離れたおじ様方のお相手ならジョルノよりもわたしの方が得意そう。
「お前は昔ドラッグを使ったことがあるだろう。入手経路はどうだった?」
「……そういえば、組織から売られたドラッグを大人が捌いていたわ。そうね、やっぱり全体を取り締まらないといけないのね」
愚直な意見だったわ、ごめんなさい、と漏らすとブチャラティがわたしの頭を撫でる。「ジョルノを案じたんだろう、気にするな」と。わたしがドラッグをしていた過去を一番気にかけているのはブチャラティだ。わたしの場合は昔レイプされた時に無理矢理数回使われただけなのだけれど。
「名前、今日は俺と一緒に幹部に指令を渡しに行くぞ。念のため銃を持っていってくれ」
「いつも持ち歩いてるわ。何の指令を渡しに?」
「……あるグループを潰す計画だ」
彼は秘密を抱え込むタイプだ。勿論わたし達を案じてのことだと理解はしているが、彼とジョルノのふたりで機密を守っていると思うと少し歯痒い。どういった体制でどういった計画を進めていくのか、話してくれるのはほんの表面のことだけだ。
「暗殺……、ということはヒットマンチームへの依頼かしら?」
「依頼じゃあなくて命令だ。反抗する者を全て殺戮なんて心ないことはしないが、勢力のある頭が表立って麻薬で儲けているのを見て見ぬふりもできない。それにあいつはいろんなギャングにそれを推奨してるんだ。見せしめになってもらえば幾つかは鎮まるだろう」
いつだかジョルノは他人の命を軽んじたポルポをこっそり殺めたと聞いたことがある。今回のも、未成年に麻薬を推奨するようなゲス野郎は死ねということだ。綺麗な顔をして相変わらずすることがストレートで好感が持てる。
「車を持ってくる。下で待っていてくれるか?」
「ええ」
普段使いの銃と、予備にナイフを装備する。ミスタに教わりながら何とか銃は使えるけれど、ナイフの方はせいぜい護身術程度。ヒットマンチーム相手にこれでどうこうなるわけないとは解っているが、そもそもヒットマンチームがわたし達に牙を向くことはないだろう。お互いを快く思っているわけじゃないが、裏切るほどではないのだ。

車を止めると、ちょうど外に出てくるホルマジオにすれ違う。「チャオ!」と声を掛けるとホルマジオは眉間に皺を寄せた。
「おいおい、名前が何の用でうちに来るんだ? ブチャラティと居るってことはいい仕事じゃあねーな? 俺に個人的に来るのは結構なことだけどよォ」
ブチャラティを睨みながらわたしに話し掛ける。挨拶のキスを頬で交わしても尚不穏な視線は続き、ふたりの間にはピリピリとした空気が張り詰めた。
「何? 名前は個人的にホルマジオに会うのか?」
ブチャラティがわたしをじろりと睨む。
「さあ、どうだったかしら…。ホルマジオ、出掛けるところを引き止めてごめんなさい。さあ行って」
「リゾットに用があるんだろ? 案内しなくていいのかよ?」
「平気よ…」
ホルマジオが車のキーを指で回しながら歩き出すのを見て「チ・ヴェディアーモ」と小さく声を掛けた。お返しに軽く手を挙げられる。ブチャラティが「今度?」と眉を顰めたのを無視して歩みを進めた。
「ホルマジオはわたし達が来ることを知らなかったのかしら?」
「さあな、リゾットにはアポを取ってあるが…。それよりお前、まさかヒットマンチームと関係を?」
「いいえ、まさか」
ホルマジオは勿論、何度か寝たことがある男はいたが、ブチャラティには関係のないことだ。余計な心配をさせる前に首を横に振る。ふたりきりのときは何ともない(むしろとびきり優しい)ホルマジオがあんなにも敵意を示しているのだから、やはりチーム同士の仲は当分険悪なのだろう。
リゾットの部屋の前へ来ると、そこからメローネが出てきた。彼はちらりとこちらを一瞥するが、何も言わずに去っていく。挨拶すらないなんて随分な嫌われようだ。
「リゾット。ボスの指令で話がある」
コンコンと丁寧にノックをしたブチャラティに、奥からリゾットの声が掛かる。お前はここに居てくれとブチャラティが言うので、わたしは部屋のドアの前で待機だ。やはりブチャラティは秘密主義な人。
「もっと頼ってくれればいいのに…」
ぼそりと呟いた声は誰にも拾われなかった。

昔からそうだった。わたしが男を惑わし、男は安堵しきってわたしに秘密を漏らしてしまう。そういうのが得意だったのだ。しかし、やり口が知れれば誰だってわたしを警戒した。幾ら肌を重ねても、幾ら酒を飲んでいても、わたしの前だけでは油断をしないように。ブチャラティに拾われてからはジョルノの為に力を尽くし、いろんな情報を掻き集めたと思う。それこそ、わたしが寝なければ口を割らなかったような人も。ジョルノはわたしを褒めてくれたし、ブチャラティはわたしを案じて仕事を減らしつつも助かったと言ってくれていたのだ。それなのにふたりは決してわたしに気を許さない。仲間なのに、信用されていないみたいに。

心だけは許さない。わたしも、貴方達も。
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