発作が起きてから暫く放っておくと病状が悪化するということは説明されて知っていたはずだった。発作が起こり出しているときはわたしは全くの無自覚で相手を誘惑すると清光が言っていたけど、あのときはわたし自身明確に発作が起きていると自覚があったということは、更に強い発作が起きていたに違いない。求めたくても清光が居ないから我慢だと自分に言い聞かせ、結果わたしを案じて対処してくれようとした一期に理性を飛ばして襲いかかるようなことをしてしまった。一期とはあれ以来顔を合わせていない。しかし、どんなに気まずくてもわたし達は審神者と刀剣男士なのだから、今後も今までと同じように関わっていかなければならない。これは仕事なのだ。

「よう大将、今いいか?」

襖越しに落ち着きのある低音が響く。一言許可を出すと、白衣に身を包んだ薬研が何かを持って入ってきた。

「調子はどうだ?」
「…」

何も答えられない。先日貴方達の御兄さんを襲いましただなんて口が裂けても言えない。一期は黙っていてくれているが、一方的な罪悪感で粟田口の刀剣とどう接していいのか解らなくなる。目を合わせられないままでいると、薬研は小さく笑ってわたしの傍の畳に胡座をかいた。

「あ、薬研、今座布団を…、」
「いやいい。これを渡しに来ただけだ」

薬研は小さな包みをわたしに差し出す。粉薬のようだ。開けてみるよう促されるので一包開くと、独特のにおいのする淡黄褐色の粉が少量盛られている。

「味は悪いが、気持ちを和らげてくれるはずだ。不安感が強いときにお湯に溶いて飲むといい。……俺が恐いか?」
「こ、恐い?」
「俺がと言うより、男が。ここは男所帯だからどうしても大将が肩身狭い思いを強いられるかもしれねぇな。だが、誰よりも大将が知ってると思うが皆いい奴だ。大将に頼られたいと思っているはずだぜ」
「……うん、そうだね」

皆が優しいのは知っている。過ごしてきた日々の中でわたしがどれだけ皆に救われてきたか、どれだけ甘えてきたか、そして、どれだけそれに応えてもらって頼ってきたか。薬研だって比較的早くからこの本丸を支えてくれているから解っている。わたしが頼らずともこうして案じて薬を調合してきてくれるのだから、恐いはずがない。

「有難う。薬研のことは頼りにしてるよ」
「……俺のことは、か。それは俺が主の発作時に居合わせてないからだよな」
「どういう意味…?」
「いいや、止そう。悪かったな。顔色も悪くねえみたいだし、そろそろ仕事に戻るぜ」

薬研は手の甲でわたしの頬を撫でると、宥めるような笑顔を見せてくれる。薬研の笑った顔には不思議な力があり、何時如何なる時もこれに励まされてきた。まだ刀剣がそんなに居ないときも、薬研は血塗れになりながらも笑顔で皆を元気付けてきてくれたのだ。それを見ると途端に気持ちが安定する。

「薬研…、有難う、薬研が居てくれて本当に助かってるよ」
「あぁ、解ってるさ。俺のこれが落ち着くんだろう」
「うん」

薬研が両手でわたしの顔を包み、額同士を重ね合わせる。まじないの一種なのだろうか。こうして額を合わせて優しい体温を感じると、いつだって全てを乗り越えられるような感覚になってくるのだ。

「何かあったら俺を頼れよ。大将の心労は絶えないからな」
「ふふ、解った。何時でも薬研を呼び出してわたしの相談に付き合わせる!」
「そりゃあ忙しくなりそうだな」

ふたりでくすくす笑うと、薬研は最後にわたしの頭をそっと撫でて離れていった。本当に不思議な力。一期の一件から薬研とも気まずいと思っていたのに、もうそんなことを忘れてしまう。薬研が立ち上がるのを見てわたしも追うように立ち上がると、薬研がまた小さく笑ってわたしを見上げる。

「じゃあな、大将。また後で報告書を持ってくるぜ」
「うん、待ってる」

襖が静かに閉じられる。廊下に響く小さな足音に紛れ、薬研が呟いた声などわたしには届いて来なかった。

「……他の男には渡せねぇな」

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優しくしているように見えて全部ただの独占欲です。名前様、お付き合いありがとうございました。
20190106
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