優しく触れるだけのキスなら何度かしたことがある。いつもと違うのは、今ふたりきりで、ベッドの上だということだけ。優しく重なる唇につい力が入ってしまい、顔から火が出そうだった。顎を支えていた右手はいつの間にかわたしの耳へ移動し、耳朶を優しく撫で下ろす。びくりと肩が上がりそうになるのを必死に我慢し、シーザーの胸を押し返した。

「っ、シーザー…」

喉から絞り出したような声が出てびっくりするが、いつも優しいシーザーがそれを無視して再び唇を重ねてきたのもびっくりする。普段はわたしのペースに合わせて待ってくれるシーザーが、今日は少々強引なリードを示してくる。ぬるりと舌で唇を舐められ、驚いて唇に力を入れるとシーザーは困ったように小さく笑って見せた。

「臆病なお姫様だな。俺に愛されることを怖がらないでくれないか?」
「え、あ…の…、」
「もう少し力を抜いて」

するりと背中を撫でられ、声が出そうになる。シーザーのひとつひとつの動作に体が過剰に反応してしまうのだ。心臓がばくばく煩いし、シーザーは普段とちょっぴり違うし、この先することが分かってしまいそうになるのが怖かった。じわりと視界が滲んでくる。

「あ!あの!シーザー!」

泣きそうになりながら出した声は、先程と反して腹から力が籠った声だった。部屋に響く大声にシーザーはぱちくりと瞬きをする。

「どうした?」
「あの、も、もしかしてなんだけど…、今からわたしたち…えっち…するの…?」

顔が真っ赤になっているのは鏡を見なくても分かった。火照っているというのか、逆上せているというのか、とにかく全身が熱くて堪らない。恐る恐るシーザーの様子を窺えば、シーザーは自分の掌で顔を覆いながら深い深い溜め息を一つ吐いた。

「はあ〜〜〜……全くお前は……」
「え!? どうしたの?」
「ムードという言葉を知っているか? ジャッポネーゼはセックスの前に明確な意思表示を口に出さなきゃいけないという決まりでもあるのか?」
「セッ…!?」
「…もういい、今日は止そう」

ふい、と顔を背けるシーザーに胸がちくりと痛む。嫌だったわけじゃない、ただ確認しないと怖かったから、緊張してどうしようもなかったから。イタリア人が皆そうなのか、もしくはシーザーだけがそうなのかは分からないけど、シーザーはとてもロマンチストだ。こういったことだってムードを持ってするものだと少し考えれば分かることなのに、流されるのが怖くてそれを壊してしまった自分に自己嫌悪する。こんな女、シーザーはうんざりなんだろうか。

「シーザー、ごめんなさい。嫌いになった?」
「…なるわけないだろう」
「じゃあ、えっちな気分じゃなくなっちゃった…? わたし、ムードとか分からなくてごめんなさい」

ぎゅ、とシーザーの手を握ると、シーザーは唇を尖らせてわたしを睨む。それからもう一度深い溜め息を吐くのだ。

「いいか、名前。俺は好きな女を、特別な夜に抱きたいんだ。名前の望むデートをした帰りに、雰囲気のいい素敵なレストランで食事を摂って、花を贈り、それから綺麗なベッドの上で名前を口説きながら宝物のように優しく愛したい。それが今日だったんだよ。お前が大人しく口説かれてくれなきゃあ格好がつかんだろう。お前にも今日が今までで最高の夜だったと思い出して欲しいからだ」

聞いているだけで恥ずかしくなることを、シーザーはほんの少し照れ臭そうにしながら打ち明けてくれる。普段は真面目で、面倒見が良くて、たまに口が悪くて、とびきり優しい彼が、あんなにも熱に飢えた瞳で強引なリードをしてくるのだから、いくら甘い言葉を囁かれたところで怯えてしまって当然だろうと心の中で言い訳をするが、確かに今夜のシーザーは今までの中でも郡を抜いて甘い雰囲気だったのだから察してやるべきだったと反省した。わたしをからかって軽口を叩くシーザーが、さっきはお姫様とまで言ってくれていたのに。

「シーザー…ごめんなさい…、わたし本当にムードがなかった。やり直しはできないかな…?」
「ムードというのは徐々に作り上げるものだと分からんのか」
「…じゃあ今日はできないんだね」

しゅん、と肩を落とすとシーザーがわたしの肩を力強く引き寄せる。

「〜〜〜…っ、そんな顔をするな!」
「だって、わたしのせいでシーザーがえっちな気分じゃなくなっちゃったから…」
「そうは言ってないだろう!」
「えっ、じゃあ…?」

シーザーは本日三度目の溜め息。それも一番深くだ。わたしに向き直り、わたしの頬を撫でると、シーザーは観念したかのようにわたしの額に自分の額を重ねた。

「今すぐ抱きたい。もうムードなどどうでもいいから…」
「ふふ、シーザーじゃないみたい」
「何が可笑しいんだ。お前のせいだろう」
「うん、ごめんなさい」

ちゅ、と口付けられる。今度は薄く唇を開いて招くと、シーザーの舌が中に入り、わたしの粘膜を愛撫した。それからゆっくりとベッドに押し倒し、宝物に触れるかのようにわたしの髪を撫でるのだ。

「シーザー、愛してる」
「今更ご機嫌取りか? もう遅いぞ、お姫様」
「ち、ちがう…っ!」

そんなつもりじゃないと続けようとするが、言葉を遮るように口付けられる。やはり今夜のシーザーは少し強引だ。丁寧で優しい手つきの彼はゆっくりと服を脱がせ、わたしの体を時間を掛けて愛撫する。今夜は成る程最高の夜にされてしまうのかもしれない。
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ベッドの上ではスケコマシスイッチが入ったのか?というほど甘い言葉を吐いてきたら可愛いですよね。いつかそっちも詳しく書きたいです。
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