縦にも横にも幅がある承太郎が覆い被されば、わたしの視界は完全に遮断される。影を落としながら鬼の形相を見せる彼を見上げ、冷静にもこれが壁ドンかあ、とぼんやりと思った。承太郎が精一杯腰を屈めてくれているのがちょっぴりかわいいけど身長差は然程埋まらない。

「テメェ、どういうつもりだ」
「な、何でしょう……」

思わず敬語。前言撤回、かわいいなんて大嘘だ。地を這うような低音でわたしを責めようとしているということは、わたしは何かやらかしてしまったに違いない。今日1日を振り返っても何ら思い当たる節がないのがまた怖い。

「わたし、何かしたかな……?」

恐る恐る聞いてみると、承太郎はチッと舌打ちをした。自分の威圧感を理解していない態度にさすがの彼女もびびる。この先何年一緒になってもびびってると思う。

「テメェは何もしちゃあいねーぜ。むしろそれが問題なんだ」
「何もしてないことが、問題……?」
「いつもしていることを忘れているわけじゃあねーだろうな」

何のことかさっぱり分からず、首を傾げる。何もしていないこと。いつもはしている行為を今日はしていない…? 本当に何のことか分からなくて承太郎を見上げると、承太郎は壁から手を離してプイと背を向けて歩き出してしまった。完全に怒っている。でも、本当に何のことか分からない。

「待ってよ承太郎、わたし本当に……っ」

咄嗟に承太郎の腕にしがみつくと、ちらりとこちらに視線を遣った承太郎がフンと鼻を鳴らして帽子のツバを指で触れた。落ちつきなくそこを何度か往復する。

「分かったんなら早くしな」

承太郎は満足気に歩き始める。どういうことかさっぱり分からないままわたしは隣に続いた。ハテナマークで脳内が支配されそうになりながら承太郎の腕に自分の腕を絡めて歩き出したところで、ぱあっと顔が明るくなってしまう。正解が分かって愛おしさに顔が緩みそうだ。

「ふふふ」
「……何を笑ってやがる」
「ううん、何でもない」

あんなに怖い顔をしていた承太郎もいつも通りポケットに手を入れながら涼しい顔で歩いている。すっかり機嫌が直ったようだ。いつものように、わたしが承太郎の腕に自分の腕を絡めて身を寄せているから。

「承太郎って結構甘えんぼだよね」
「あ?」
「うんうん、わかったわかった」

ぎゅううう、と腕に抱き付くと承太郎は小さく舌打ちをして帽子を深く被り直した。嫌がらないどころか、少し嬉しそう。そんな彼がやっぱりどうしてもかわいいのだ。

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腕組んでも拒絶しない子ですよね、承太郎くん。
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