「主様! では、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「それで、あの、いつものお願いしてもいいですか?」
「もちろん」

 出陣前。部隊の見送りに来れば短刀の五虎退にそう言われ、私はしゃがむ。お互いに小指を差し出して、絡めて、そのままお約束の言葉。

「指切りげんまん。嘘ついたら」
「どうする? 針千本は嫌だよね」
「えっと、えっと、ま、毎日内番やります!」
「ふふ、意地悪言ってごめん。無事に帰ってきてくれればそれでいいよ」

 指切り。それはなにか約束するときに行う。神様相手に約束なんて、と思わなくもないけれど、これは言わばおまじないのようなものだ。彼らが無事に帰ってきますように。そして、これをすることで彼らの気持ちの負担を減らせるのならば。いくらでも指切りしようと思うのだ。

 指切りを終えて、そういえば部隊の人がまだ足りていないなと周りを見回せば、ちょうど後ろに大倶利伽羅がいた。

「……」
「えーと、倶利伽羅も指切りする?」
「しない」
「ですよねー」

 馴れ合うことはない彼。それでも最近伊達の刀や他の刀とも会話するのは見る。会話というか、あれはいじられてることの方が多そうだけど。それを遠目から見守るのは楽しい。なぜ混ざりにいかないか、それは本丸にやってきたときに言ってた、馴れ合うつもりはないを守ってるだけだ。
 それでも時々彼と話したい、近づきたいと思ってしまうのは、彼のことが好きだから。でも私たちは審神者と刀剣男士。ただの主従関係で、それ以外の関係になることはないだろう。それで良いと思う。無理に近づいて嫌われる方が辛い。……そうだとしても、いつか指切りくらい出来たらいいな、なんて、思うくらいは許されるだろうか。

 日は過ぎ、あれから無事に出陣を終えた彼らを迎え、今日は出陣がなく、遠征部隊が出てるくらいの、穏やかな日。お茶の時間を美味しい和菓子と抹茶で過ごしていると、外からバタバタと足音がいくつかしてきた。

「主!」
「あぁ、いきなり襖を開けるなんて」
「気にしなくていいよ平野。皆どうしたの?」

 粟田口含め短刀が何人も同時に部屋に来るとは珍しい。なんだかとてもそわそわしているから、きっと楽しいことなんだろう。

「あのねあるじさん! ボクたち、はろうぃんぱーてぃーがしたい!」
「はろうぃんぱーてぃー……トリックオアトリート?」
「そう! それ!!」

 並んで座ってる彼らのなかでも最前に座ってた一人の乱が身を乗り出す。その横で厚が一冊の雑誌を出してきた。受け取って中身を見れば、なるほど、ハロウィン特集。この前友人からもらったのを彼らが見つけたらしい。
 それを読んだ彼らは、仮装してお菓子をもらうというのに惹かれたらしく、目をキラキラさせながら話してきた。ここに来るまでにも色々考えてきたようで、衣装もお菓子も短刀たちが用意する!と張り切っている。ただ日程とそもそもやっていいかの確認をしに来てくれたらしい。

「日にちかー。ハロウィン当日にできたらいいけど、難しそうだったら前後してもいいかな?」
「えっ、やっていいの!?」

 楽しそうだしオッケー!って言ったら乱を中心に短刀たちに抱きつかれ、なるほどここが天国か。とかやってたら通りすがりの歌仙に呆れた顔をされた。手厳しい。

 それから短刀を中心に色々進めていき、ハロウィンパーティー当日がやってきた。もちろん本丸に全員いる日。
 朝起きると、枕元に季節的には少し早いサンタが来てたようで、衣装が置いてあった。開けてみればそこには魔女の衣装。派手すぎず、でも所々レースやらがあって可愛らしい。いや少しスカートの丈が短い気がする。けど今日はパーティーだ。見てるのはうちの刀剣だけ。大丈夫だよね?
 衣装を着るか着ないかは自由で、着ててもお菓子ちょうだい!を言われることがあるとか。せっかく用意してくれたのだから私は着るけど、他のみんなはどうだろう。というか、何を用意されたんだろう?それも楽しみにしていれば、気づけば夜になり、お菓子を用意すればパーティーの始まりだ。

「そこの魔女さん」
「あ、鯰尾と骨喰。それは吸血鬼? 二人とも似合ってるよ」
「ありがとう。主も似合っている」
「ふふありがとう」
「さて、魔女さん? 俺らが言うこと、分かりますよね? トリックオアトリート!」

 はいはい、とお菓子を差し出せばお礼をいって彼らは次のお菓子を求めて去っていく。そのあと短刀たちに会えば、もちろんお決まりの台詞。主催した彼らが楽しそうで何よりだ。
 短刀たちにお菓子を渡したところで、そろそろ手持ちがなくなってきたから補充しにいかないと危ない気がする。それか誰かにお菓子をもらう……?なんて考えてたら、いつの間にかあまり人がいないところに来ていたことに気づく。ここじゃ誰にも会えなさそう。あ、そういえば光忠がかぼちゃプリン作るって張り切ってたな。そろそろ出来ただろうか。様子を見に行ってみよう。
 そう思って、その場で方向転換して人気の多いところに向かおうとしたら、私の真横で襖が開いた。そちらを見れば、あぁうん、君は参加しなさそうだよね大倶利伽羅。部屋にいたんだ。

「あーえーっと」
「……」
「な、何かな」
「そちらが言うことがあるんじゃないか」
「えっ、あっ、トリックオアトリート……?」
「あぁ。お菓子はないが」

 ないの!?って言いそうになったのを我慢する。なんで言わせたんだろう。私を見てもそのまま襖閉めてしまえばよかったのに。

「そ、そういえば衣装渡されてなかった? 着ないの?」
「……見てないな」
「そっか。短刀たちがそれぞれに合うの選んでたみたいだし後で見るだけでもしてみたらいいんじゃないかな」
「あぁ。……それで、俺はお菓子を持ってないわけだが」
「そうだね……?」
「悪戯とやらは、しないのか」

 その言葉に思わず、目の前の彼をじっと見てしまう。今倶利伽羅の口から悪戯って単語が聞こえた?本当に?

「……して、いいの?」
「それが決まりなんだろう」
「そうだけど」

 どうしよう。何も考えてなかった。そもそも会うとは思ってなかったし、さらに私がお決まりの台詞を言うことになるなんて。悪戯。悪戯か……。考えてる間にも感じる静かな視線に耐えられなくなりそうになる。あっ、そういえば私今魔女の格好してる。うわ……引かれてないといいな……って違う、そうじゃなくて!
 ふと、腕を組んでる倶利伽羅の手元に目がいく。倶利伽羅とは、したことなかったっけ。

「じゃあ、ええと、手というか、小指だしてくれる?」
「こうか?」
「うん」

 出してくれた指に自分の指を絡める。形だけの指切りげんまん。彼に面と向かって言えるような約束はないけれど、こちらが勝手にするくらいはいいだろう。

「……はい、指切りー! なーんて」

 心のなかで願って、いつもよりちょっとテンション高く言ったらすぐに離す。

「それじゃ私はいくね。倶利伽羅も出るならお菓子持ってないと大変だよー」
「待て」
「なんでしょ、ってわぁ!?」

 なるべく距離をとって早々に去ろうとしたのに、先を読まれたのか手首を掴まれ、そのまま引っ張られた私は倶利伽羅の部屋へと入ることになった。
 入るとすぐに後ろ手で襖を閉められ、出ることが叶わなくなる。電気もついてない、もう日が落ちてしまったこの部屋では、私には倶利伽羅の綺麗な琥珀色の瞳しか色がないように思えた。
 その綺麗な瞳で見つめられて、まるで金縛りにかかったような気持ちになる。気持ちになるだけで、動けないわけではないから、逃げようと思えば逃げられるのかもしれない。……倶利伽羅が、この手を離してくれれば。

「あんた、今何を考えた?」
「たいしたことじゃないよ」
「それなら俺に言えるだろう」
「……倶利伽羅にこれ以上嫌われたり鬱陶しいって思われたくないから言いたくない」

 ただでさえ好かれていないだろうに、これ以上マイナスな印象をもってほしくない。私が考えてたことは、倶利伽羅が一人で良いと言う気持ちを無視するものだから。

「嫌わない。から言え」
「そ、そんなの聞いてからじゃなきゃわからないじゃない」
「いいから」
「…………倶利伽羅が幸せでありますようにって願った」
「俺が?」
「うん。できれば一人じゃなくて、伊達の刀とか、近くに誰かいますようにとも。それで私は君がなに不自由なく過ごせるように審神者として務めを果たしますって約束を、したの」

 倶利伽羅を見ていられなくて話しながら俯く。向こうからの反応はなく、訪れる沈黙。だから言いたくないって言ったのに。
 向こうの力が緩んだ隙に振りきって逃げてしまおうと思ってるのにいっこうに緩まない。それどころか少し掴む力が強くなった気がする。いっそのこと誰か来ないだろうか。

「その誰かは、あんたじゃないのか」
「えっ?」
「俺の幸せを願っておきながら、何故俺から距離をとる?」

 思わぬ問いに顔をあげる。何故距離をとる、それは君が出会ったときに言ったことを守ってるだけなんだけどな、と言う前に倶利伽羅がその結論に辿り着く。

「そうか、なら、そうだな。そんなこと約束しなくていい。距離をとるくらいなら俺の傍にいろ」
「えっ、いや、だって」
「馴れ合うつもりはない、か? 確かにそう言ったし今もそうだが、あんたは違う」

 どういうことだろう。倶利伽羅はいつも見てるのと変わらない表情で、何を考えてるのか、何を言いたいのかが分からない。

「そりゃ私は主だから他の刀剣たちとは違うけど」
「そうじゃない。あんたが傍にいるのは気にしない。構わないと言っている」
「なんで……?」

 反射的に返してしまえばため息が返ってくる。そんな反応されても必要以上に会話しないようにしてたんだから、ちゃんと言ってくれなきゃ私には分からないよ。

「あんたが好きだ。だから傍にいてほしい。これで伝わるか?」
「…………嘘」
「嘘じゃない。全部本当だ」
「今までそんなそぶりしたことなかった」
「俺がそういうことをすると思うか?」
「そ、それもそうですね」

 いや、ちょっと待て。私は今なんて言われた?好きと言われた?好きな人に?好きと?
 好きな人に好きと言われ、つまり私たちは両想いで、そして今ここは彼の部屋で。

 状況を理解した瞬間、反射的に距離をとろうとしてもまだ離してくれてなかった手が許さない。

「何故逃げる」
「この状況に耐えられる気がしない」
「は?」
「いやだって好きな人に好きって言われてそして今ここはその好きな人の部屋でってことに気づいたら混乱するでしょ。私はする。だから距離をとりたいし逃げたいです」
「あんたも俺が好きなのか」

 言われて気づく。私はバカか?言うつもりなんてなかったのに。あぁどうしよう。何て言おう。穴があったら埋まりたい。

「……あ、えっと、忘れてください」
「無理だな」
「じゃあせめてこの手を離して」
「それなら、一つ約束をしてくれ」
「約束?」

 何を、と言う前に小指が差し出される。さっきのは私が悪戯としてやったもの。まさか、向こうから提案される日が来るなんて。

「さっきの約束はなしだ。そして、俺はあんたの傍にいるし、あんたも俺の傍にいると約束してくれ」

 わかった、と絡めてお決まりの言葉を言う。ゆっくりと離せば、本当に手も離してくれた。

「……嘘ついたら針千本だよ?」
「その心配はない。離れるつもりはないし、離すつもりもない」
「……そうですか」
「あぁ。これから俺がどれだけあんたを好きか教えてやる。覚悟しておけ」
「が、頑張ります」

 あぁ何て日だろうか。今起こったことを整理しようとしても頭がパンクしそうだ。約束はした。手も離れた。私はここから離れても大丈夫だよね?
 じゃあ、と下がった私の手をまたも倶利伽羅は掴んできた。ねぇ離してくれるって言ったよね??

「これからまた出るんだろう? あんたが変な悪戯されないように俺は傍にいる。そう約束したからな」
「するような人はいないはずだけどな……」
「針千本飲むか?」
「それは嫌、です」
「なら行くぞ」

 ぐいぐいと引っ張られるがまま着いていくことになる。さっきと違うのは、掴む位置が手首でなく掌で、お互いの指が絡み合う所謂恋人繋ぎであることに私たちの関係を物語っていて。どうしてもにやけてしまう自分の顔は、誰にも見られてなかったと思いたい。
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