「あのね、バレちゃった」

会議から帰ってきた主に呼び出しを受けたときから嫌な予感はしていた。政府から何らかの圧を掛けられたのか、重い任務を課せられたのか、いくつか予想はしていたけどどれも外れ。へら、と無理に笑う主が俺を見つめる。

「、え…?」
「だから、わたしと清光のこと。演戦のときに噂されてたんだって」
「バレたって、政府に?」
「うん」

えっ、それって、まずいんじゃないの。
何と返せばいいのか解らなくなる。俺が焦れば主を困らせる。そう、と一言吐いてから畳へ視線を落とした。審神者が特定の刀剣男士を贔屓することがないように、平等令に則り審神者と刀剣男士の恋愛は法に反する。それを違反すれば審神者の解任、または刀剣男士の刀解。
そして、俺と主は、恋仲だ。

「主は、」
「このまま駆け落ちしちゃおっか!」

主が明るい声色で俺に笑い掛ける。そんな顔するなよ。今日1日、政府に何と言われたか、他の審神者達にどんな目を向けられたか、どんな噂を流されたか、俺には解らないけど主は嫌な思いをしたはずだ。なのに主は、いつでも俺に笑顔を向ける。

「主」

ワントーン下げた声で呼ぶと、主の目からはぼろっと涙が溢れる。まだ無理矢理笑ってるくせに、目に涙の膜を張って眉を寄せている主を見ていられない。笑うな。俺の前では、泣いていいのに。

「お疲れさま。今日、大変だったんでしょ?」
「わたしは、別に…清光が居ればいいの…」
「うん」
「清光が居れば何でもいいのに…っ、もう、居られないの…?」

「…うん」

返せない。そんなことないよ、これからもずっと一緒だよ、言ってあげたい言葉が返してあげられない。禁忌を犯した俺達がこのまま仲良く暮らせるはずがない。主を宥めるにはどうしたらいいだろう。抱き締めて、唇を重ねて、それから、別れるんだろうか。別れたら、もう主には触れられないんだろうか。

「清光、あれ見せたことあったっけ」
「あれ?」
「うん、ちょっと待ってて」

抱き寄せようとしたら主はするりと俺の腕から逃れ、立ち上がってしまう。上手く思考が回らないままぼうっと主を眺めていると、戸棚から一枚の書を俺に差し出した。少し埃を被っている。

「これは…、」
「確か前に見せたよね。就任書。初期刀の清光にだけ、見てもらったんだ」

あぁ、確かに見たことがあるかもしれない。
ぼんやりとそれを眺めると、主が就任した証として記された文字が綴られている。あの頃はこの本丸には誰もいなくて、主とふたりきりで試行錯誤していた。一振り、二振り、刀剣が増えていっても主から受け取る愛情は変わらないどころか増すばかりで、俺はそれが嬉しくて、主しか要らないとさえ思ってて、でも、こうして刀解されるかもしれないってなると少し寂しいものだなあ。主と会えなくなるのも勿論寂しいけど、本丸に集ったあいつらともう関われないって思うと、胸が苦しい。仕方ないんだけどね。

「もう主が就任してこんなに経つんだ。これがどうしたの?」
「うん」

顔を上げたら主はぼろぼろ涙を流しながら俺を見て微笑んでいた。だから、何で笑うんだ。

「清光、愛してる」
「…俺も愛してるよ」
「わたしは清光と出会えて本当に幸せだったよ。いつも頼りになって、不器用だけど優しくて、面倒見が良くて、嫉妬深くて、お洒落で、わたしを守ってくれる、そんな清光が大好きでした。本当に大好き、でした」

主がしゃくり上げながら俺の手を握る。胸が潰れそうだ。大好きな主が目の前で泣いているのに、俺はどうすることもできない。気の利いた言葉ひとつ掛けられない。抱き締めてやりたいのに、体が動かない。

「清光…っ、清光、大好き、清光…っ」
「主、俺も、俺も大好きだよ」
「うん、大好き、清光のことが、大好き…っ、」

握られた手から力が抜けていく。俺から逃れるように手を解く主に不安を覚えて、掴み直そうとしたら拒まれた。俺、もう、解かされちゃうのかな。

「主、」

喉がからからで声が出ない。見上げると、主が就任書を俺に持たせて微笑む。

「大好きだよ、清光」
「主…?」

主は返事をしない。

「…加州清光に命ずる、当本丸に就く審神者の就任書を処分せよ」

…は?
喉が張り付いて、声は出なかった。いつもより荒い息遣いが苦しくて、やめたくても勝手に体が動く。まさか、まさか主は、審神者を降りようとしてる? 理解もしないうちに俺の両手は主の就任書を握り締めていた。これは"主命"だ。主から下る絶対的な命令には言霊が宿り、俺達刀剣男士は逆らえなくなる。それを解っていて、俺にさせようとする。

「待って、嫌だよ主、俺を解けばいいじゃん、っ」
「清光を刀解するなんて、できるわけないでしょ」
「でも、だってさあ、主が審神者を降りたらどうするの? 本丸の皆がばらばらになっちゃうよ」
「政府が回収してくれるから、何処かの本丸へ移送されるはずだよ。だから大丈夫」
「大丈夫じゃ、ないよ。俺達から主の記憶がなくなっちゃうじゃん…」
「うん、それでいいんだよ」

いいわけない。嫌だ。嫌だ嫌だ。俺の中から主を消すなんて、嫌だ。それでも抗えない。就任書を裂こうとしている両手が憎い。俺の体なのに言うことを聞かなくて、俺の手で主が消されてしまう。嫌だ。嫌だよ。

「主、こんなの狡いよ…っ」
「ごめんね」
「何で俺にさせるんだよ…、主のこと愛してるのにっ、こんな酷いことさせるなよ…!」
「わたしも愛してるよ、清光」

主が俺を抱き寄せる。背中に腕を回したいのに両手が就任書を離さない。こんなの今すぐやめさせて主の唇を貪りたい。俺がどれだけ主を愛しているか、俺がどれだけ主を求めているかを教えてやりたい。主がいない世界に残されたって、俺は嬉しくない。

「主…、お願い、取り消して」
「清光愛してる」
「お願い…っ、主、嫌だよ、何で…、主、ねぇ主…、」
「愛してる」

就任書が音を立てて破れる。主は俺にしがみついたまま、額に軽く唇を触れさせた。主、主、いかないで。声にならないまま主を見つめても、もう手遅れだった。主はすうっと姿を消し、俺の手元に残ったのは俺が破った紙切れだけ。

「俺だって、愛してるのに…っ」

何で、最後くらい守らせてくれないんだよ。こんなに愛してるのに、主の為なら何だってするのに、俺だけが残される。主。大好きな主。主がいた毎日がどうしようもなく幸せで、この先の俺は、きっと。

「あれ…?」

頬に涙が伝い、手で拭う。あんなに痛かった胸が徐々に楽になっていき、不思議と心地好い気分だった。次から次へと溢れる涙が俺を楽にしてくれる。

「俺、何で泣いてるんだっけ」

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もう既に審神者の記憶が消されてしまった清光。切なくてしんどいですが、こういう設定が大好きです。
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