見つめ合わないと出られない部屋

「花巻?」

ふわふわとした微睡みから目が醒めると、見慣れない天井にシミひとつない壁、不自然なほど真っ白い空間に、見慣れた男がひとり。

「あ、起きた」
「おやすみ?」
「待って」
「いひゃい」

夢か、と思って布団をかぶろうとしたら、残念ながら現実だ。と、ほっぺたをつねられた。

「見つめ合わないと出れない部屋?」
「見つめ合う?」
「おー」

ちなみにドアも壁も全っ然ダメ。ビクともしねえわ。なんて、力尽くでは脱出出来ないと諦めたのかベッドに潜り込んでくる。花巻がそう言うのならそうなんだろうな、と少しだけキョロキョロしてみると、こつん、と肩と肩が触れ合って、ぶわっと自分の顔が赤くなったのがわかった。

「ちょっ、近い!」
「ほれ、とっとと終わらせてこっから出んぞ。」
「わかっ、わあった!」
「動揺しすぎデショ」

動揺も何も、好きな人と閉じ込められて、挙げ句の果てに見つめ合わないと出れないなんて冷静でいられる方がおかしい。っていうか閉じ込められたってなに、事件というには呑気な脱出条件に、ろくでもないことを考えそうな主将が浮かんだ。それにしてもわたしたち、さっきまで何してたっけ?あぁそうだ、部活が終わって着替えて、お腹が空いて、

「だめ、牛丼食べたい…」
「…じゃー、早く出んべ」
「うん…」

そうだ、見つめ合うくらいなら簡単にできる。ベッドに寝っ転がっていれば、30センチ近くある身長差も、ないも同然。見上げすぎて首が痛くなることだってない。よし、早く出て牛丼食べに行こう。と、花巻の方を向いてみる。
すると、この男はニヤニヤしながら「手貸してみ」って、わたしの両手をかっさらった。おー、やっぱお前ちっせえな、なんて確認するように言うから、花巻もそれなりに緊張したりしてるのかなって思う。
でも、花巻ってちょこちょこ彼女いたりしたし。こういうの、わたしより断然慣れてるんだろうな。うーん、もやもやする。

「ね、これ、手握る必要ある?」
「あれだよ。仲良しアピール、な?」
「へ?あ…」

突然、するりと指と指が絡み合う。わたしよりひと回りもふた回りも大きい花巻の手は、細くて長いのにゴツゴツしていて男らしい。見つめ合うだけなのにこんな恋人まがいなことをされて、耐えられるわけがなかった。耳まで熱くなるのがわかる。こんなんじゃ花巻の顔、見れない。

「おーい。名前サン、聞いてる?」
「聞いてる、聞いてるよ。あの、だから…」
「うっせ、つべこべ言わずこっちみろ」
「うう…」

もし、閉じ込められた相手がわたしじゃなくて、わたしじゃない他の女の子だったとして、それでも花巻はおんなじようにベッドに入ったり手を握ったりしちゃうのかな。
あぁ、だめだ。せめて花巻が気持ちよく部活を引退して、わたしもマネージャーとしての引き継ぎを全部終えた後、この気持ちをどうにかしようと思ってたのに。

「なあ、お前さ、」
「うん」
「もしここにいたのが俺じゃなくて、及川とか、岩泉とか松川だったとしても今みてえに手繋いだりすんの?」

ばくん、と心臓が跳ねる。おんなじこと考えてた。不安そうでいて、しかし目の奥に宿っている感情は、痛いほどよく知っている。花巻に彼女ができるたび、花巻が女の子と笑いあってるたび、もやもやする気持ち。花巻が、嫉妬してるなんてそんな夢みたいなことあるわけないのだろうけど、ちょっとだけ期待しちゃうなあ。

「しないよ」
「だよな、お前ほんと流されやす……は?」
「花巻、だけ、」
「え、マジで?」
「マジ…ですね」

あー、とかうー、とか。呻いてる花巻が珍しくて、チラッと様子を伺ってみるけど、あんまり期待しすぎるのもよくない。お前ほんと俺のこと好きだな!って、いつもみたいに冗談でからかってくるオチだったら立ち直れないかも。でも、もう止まれない。女は度胸、と脳内で何度も唱える。

「なあ、それって自惚れていいってことなの」
「自惚れるも何も、わたしはずっと花巻がっ…」
「まて、待て待て待て!」

焦った声に顔を上げる。やっぱり気持ち悪いって思った?友達だもんね、わかってたよ。って言い直そうとして、やめる。耳まで真っ赤にして、俺が言うから、待て。といった花巻と、かっちり目があった。



「好きだ。」



ガチャリ。開錠した音が部屋に響いたのに、花巻は視線を逸らしてくれない。握り締められた両手の感覚と、花巻から送られる熱視線にわたしの脳内はショート寸前で、わたしも。と、頷くので精一杯だった。

あ〜〜、よかった。マジか、超嬉しい。抱きしめてもいい?って言う花巻をみて、わたしも嬉しいって笑う。すると、がばりとわたしを包み込んだおっきな身体、どちらの音かわからないくらいバクバク鳴っている心臓たちをやべえな、って二人で笑って、めちゃくちゃ幸せだなあと思った。





 ▽ △ ▽ 




「ちょっとマッキー!鍵空いたの聞こえたでしょ!?出てくんの遅…!」
「グズ川入り口で止まんじゃねえ……っ!?」
「お、うまくいったじゃん。」

それから鍵が開いたことも忘れて二人で喋っていたら、突然、バァン!と大きい音を立てて扉が開いた。勢いよく扉を開けるや否や固まってしまった主将と副主将。わかってたけどね、と言わんばかりの余裕顔で現れた松川に思わず固まる。

「え、」
「まあ、お前らしかいねえよな。」

見つめ合うって言ったよね!?なにあれ!ハグまでしてんじゃん!と叫ぶ及川の肩に手を置くと、岩泉と松川はニヤリと笑った。この笑みはあれだ。わたしたちもベッドから降りて、首謀者であろう及川の肩をポンポン、と叩いた。

「醤油で」
「担々麺な」
「牛丼」
「わたしも」
「バラバラじゃん!せめてまとめなよお前ら!」

恨めしそうに財布を確認する及川と、おめでとさん、ってニヤつく松川。

「ラーメンにしたらひとつは俺がトッピング代出してやる。」
「とんこつ」
「俺も」
「岩ちゃんズルい!100円とかじゃんそれ!」
「岩泉ィー、替え玉は?」
「出さん。」

いつも通りの騒がしくて心地いいやりとりがなんだかくすぐったくて、ああ、浮かれてるなって自分でもわかる。
じゃあ牛丼は今度、二人で食べに行こうねって笑った。
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