コンビニに行くと伝えると当たり前のように付いてくるリオン。わたしの周りをうろちょろしてくれるのはペットのようで可愛いけど、まだ夕方だし、いくら何でも過保護すぎる気がするなぁ。飲み物を買うついでにアイスを買い、パキッと半分こしながら手を繋いで帰る。リオンは嬉しそうに鼻唄を歌っていた。

「リオン、そのアイス好きなの?」
「うん好きだよ。何で?」
「すごく上機嫌だから」
「あぁ、俺の機嫌がいいのはあんたと一緒にいられてるからだよ、決まってるじゃない」

ニコッと微笑まれる。リオンは常にわたしにストレートな言葉で愛情表現をしてくれるが、これが気恥ずかしくてどうも苦手だ。ドキッと高鳴った心臓を落ち着かせるために目を逸らすと、リオンはさほど気にした様子はなく再び鼻唄を歌い出した。

リオンとこうして出掛けるのは好きだ。リオンは外に出ると周りに威嚇を始めるから、しっかり手を繋いで、わたしが他の男の人に興味がないことを分からせる為にも手っ取り早い。と、勝手に思ってる。でもたまに失敗しちゃうこともある。

「すみませ〜ん!」

例えばこんな風に。目の前にサッカーボールがコロコロ転がってきた。それを追い掛ける小学生に遠くから声を掛けられる。ボールを取ってほしいのだと理解してリオンと手を離し、ボールを投げてやる。ボールを追ってくるなんて危ないなあ。小学生は大きな声でお礼を言うので笑って手を振ってあげた。

「ちょっと」

隣から聞こえるのはリオンの不機嫌な声。振り向くと案の定ムッとしていた。

「何?」
「誰あいつ」
「え?知らないけど」
「名前に馴れ馴れしいんじゃない?生意気」

リオンが眉間に皺を寄せながら歩き出すからギョッとして腕にしがみついた。

「だめだめ何考えてるの!」
「離して、ちょっと懲らしめてくるだけだよ」
「だめだってば!まだちっちゃい子じゃない!」
「小さくても男は男だよ、小さいうちに分からせておかないと…」
「リオン!」

リオンは唐突に機嫌のスイッチが変わる。さっきまで鼻唄を歌っていたのに、今は目を光らせて遠くを睨み付けていた。わたしが関わるとどうしてこうなっちゃうんだろう。今日も、昨日も、一昨日も、リオン以外に好意を持ってないし明日も明後日もそうだ。それを分かってほしいのに、どうして伝わらないんだろう。

「ねえリオン、本当は分かってるんじゃないの?」
「何が?」

だんだんリオンが分からなくなる。わたしはリオンが不安定になる度に言葉にして伝えてるはずだし、リオンだけなんだと行動でも分からせているはずだった。それでもわたしを信じられないリオンは、本当は分かっててわたしを困らせたいだけなのではないかと思ってしまう。こうやって疑ってしまうのは性格が悪いと自覚はしていても、幾度と繰り返されている行為にわたしも疑問が出てきてしまうのだ。

「はぁ…分かんない。リオンの本心が分からないよ。本当はわたしに構ってもらいたいだけじゃないの?」
「…何でそんなこと言うんだよ」
「だって分からないんだもん。リオンと同じ立場になってみたいけど、わたしはリオンじゃないから無理でしょ。リオンのことを完全に理解することなんかできないよ。リオンの心が読めるものなら読んでみたいし、本当はどう思ってるのか知りたい」

一息でべらべらと捲し立ててリオンを見上げた。今までの不満や疑問をぶつけただけで何の解決にもならないが、それでもいい。リオンは少しだけ嬉しそうに穏やかに笑っている。

「俺と同じ気持ちになりたいの?」
「できるものならね」
「確かめてみる?」

リオンの笑顔が少し怖かった。こうして穏やかな笑顔を見せてくるときは大抵良くないことを仕出かす。わたしを何度殺したいと呟いたか、何度死にそうな思いをしたか、思い出すだけでぞっとする。

「あ、の、」
「おいで」

リオンの声は優しく、甘く、わたしの鼓膜を揺すぶった。心地好い低音で囁くように言われると素直に体が動いてしまう。これも悪魔の力なのだろうか。リオンに肩を抱かれ、寄り添う。これからどうなってしまうのかも分からないのに。

リオンに誘導されたのはわたしが全然知らない土地だった。山道に入ったところでリオンがわたしを抱えて飛び出したから人目のない場所なのだろうということは予測できたが、どんどん山奥に入っていくと一旦森が途切れ、そんなところにぽつんと公園があったのだ。リオンはそこにわたしを下ろすと、わたしからどんどん離れていく。

「えっ?リ、リオン、どこ行くの?」
「ちょっと待ってて」

リオンは地上に下りても羽を隠さないようだ。角も剥き出しのまま、わたしからだいぶ離れていってしまった。リオンの考えていることが分からない。

「リオ、ン…?」

あんなに遠くにいってしまっては声は届かないと分かっていても呼ばずにはいられなかった。怖い。リオンは豆粒ほどの大きさになるまで遠くにいくと、ざりざりと足で土を掘っていく。ざりざり、ざりざり、リオンは少しずつ移動する。一定の距離を取られているので何をしているのか分からなかったが、暫くその光景を眺めていてピンときた。リオンはわたしの周りに大きな円を描いていたのだ。

「リオン…」

円を描き終えたリオンは小走りでわたしの許へ帰って来た。やはり穏やかな笑顔だ。慌ててリオンに駆け寄ると、リオンはわたしを優しく抱き止める。

「おいで、名前」
「リオン…」

なんて甘い声なんだろう。わたしの思考を狂わす、魅惑的な声。優しく吐き出されると酔いしれてしまう。見上げるとリオンはわたしの頬を愛おしそうに撫で上げた。

「俺のことを見て、俺だけを見てて」
「うん、見てるよ」
「俺はね、あんただけを見てるわけじゃない。あんた以外が見えてないんだよ」

リオンがそう言った瞬間、ゴオッと凄い音が響いた。リオンだけを見てと言われたばかりなのに音に気をとられて視線をそちらに遣る。リオンが描いた円から激しい炎が吹き出て、わたし達を囲っていた。

「リ、オン」
「あはは、その顔本当に大好き。ねえ、これで俺しか見えないよね?」

炎の先は成る程何も見えない。ここはわたしとリオンのふたりだけの空間だった。景色も人も、見えるものは何もない。

「ねえ、名前、好きだよ。大好きだ。その顔、本当にたまんない。大好き、大好きだ。俺だけを見てるね。可愛い。大好きなんだよ」
「リオン、わたしも好きだけど、」
「怖い?怖いんだよね?」

うっとりした視線にこくりと頷いた。リオンがこうなってしまうと、やはり怖い。リオンは相変わらずわたしの頬を撫でている。

「名前は俺と同じ気持ちになりたいって言ったよね。どうしてそう思ったの?」
「だって、何度好きって言っても信じてくれないんだもん。わたしにはリオンだけなのにそれを信じてもらえない…。あんなに言ってもまだ分からないなんて、そっちの気持ちが分からないよ」
「そっか。そうだよな。あんただって俺の気持ち分かってないのにな」

リオンはわたしの首筋に指を這わす。ぞっとした。太い血管が通っている部分を何度も何度も撫でられて、何をされるか分からなかった。

「…俺が怖い?」
「こ、怖いよ…」
「どうして?俺があんたを殺したいと思ってるから?」
「うん…」
「殺しちゃうと思う?こうしてさあ、ここを、引き裂いちゃうと思う?」

リオンの指に力が籠る。ぐっと血管を押された気がして全身から汗が吹き出してきた。怖い。本当にされてしまうかもしれない。

「ねえ、やだ、リオン…っ」
「あはは、変な話だよな。今のあんたには俺しかいない。俺しか見えてないんだよ。なのに、俺が何を考えてるか分からないんだろ?」
「リオン…っ」
「俺はあんたを殺さないよ。いつも言ってるよね。あんたの怯える顔は最高だけど、殺すつもりはないって。もっと怯えさせたい、血を見たいって衝動はあっても、俺はそれを抑えられる。間違って殺したりしない。あんたと生きていきたいからだよ」
「あ、あ…っ、」
「分からないよな。何回言い聞かせたって、あんたに俺は分からないんだよ。あぁ、可愛い。俺を理解できなくて繰り返し怯えるあんた、最高に可愛いよ。大好き。でも、これで俺の気持ち、少しは分かったかな?」
「リオンの、気持ち?」
「俺にはあんたしかいない、あんたしか見えてない。でもあんたの気持ちは分からない。あんたが他の男を好きにならないか不安だし、何度聞いても落ち着かない。あんたを俺でいっぱいにしたい。他のことを考えられないくらい俺で埋め尽くしたい。そうでもないと不安で、あんたを誰かに取られるなんて、考えたくないんだよ」

リオンは首筋から手を離し、再びわたしの頬を撫でた。宝物のように、慈しむように、心地好い体温を分けてくれる。ホッとすると視界が滲み、リオンに抱きついた。

「何で泣いてるの?そんなに怖かった?」
「リ、リオン、好き…」
「え?」
「好き、好きだよ…、分かって、ねえ好きだよ」
「ち、ちょっと…」

リオンもこんな不安なんだと思ったら口からすらすら言葉が出てきた。泣き付くように唱えながらリオンにしがみつくと、リオンは軽くはにかんでわたしの後頭部に手を回して自分の胸へ押し付ける。

「ありがとう、俺も大好きだよ。今は大丈夫、分かったよ。伝わったからね」
「うん、好き…リオン好き」
「ありがとうね、伝わったからね」

押し付けられた胸からは、とくん、とくん、と心臓の音がした。悪魔にも心臓はあって、人間と同じように動いている。生きている。それが無性に安心する。

「これからはもっと言葉にするね…、ごめんねリオン」
「ふふ、どうしたの?言ってもらえるのは嬉しいけど、俺はあんたを怯えさせるのはやめてあげられないかもよ」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「ふうん?」

わたしが伝えればきっとリオンも応えてくれるはず。何より、リオンをあんな気持ちにさせたくなかった。この先どうなってしまうか分からない恐怖で泣かせたくはなかった。

「リオン、愛してるよ」
「もう、いつもは俺から言う言葉なのに。でもありがとう。俺も名前のこと世界一、いや、宇宙一愛してるんだからね」


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Twitterよりリクエストで、リオンに「確かめてみる?」を言わせました。相変わらず病ませています。
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