「クリスマスに競馬ァ!?」
「そーそー、だって有馬記念だよお?行かないなんて選択肢ある?」
「行かない選択肢しかない!」

バッカじゃないの!?ほんっと信じらんない!なんて今にも噛み付いてきそうな勢いで吠えてくる末弟を受け流しつつ、もちゃもちゃと咀嚼していたメシを飲み込む。

「じゃあトッティーだったらどこ行くよ。」
「んなもんサプライズでパスポート渡して夢の国行くに決まってんでしょうが!」
「で、でたよ〜夢の国。言っとくけど競馬だってパスポートあるしファストパスだってあるよ?お馬さんのパレードだってあるし!一緒一緒。」
「ハア!?入場券と馬券とレースだろうが!上手いこと言ったみたいな顔すんな!」

久々に力一杯怒鳴る末弟を撫でて、競馬だって夢に満ち溢れてるしだいじょぶだいじょぶ〜〜と寝癖を直しに立つ。振られても知らないからね、という憎たらしい声は聞かなかったことにする。

名前ちゃんと付き合って1年ちょっと。彼女ができたからって特に何かするでもなく、おれは今まで通りニートを続けている。
今日のデートだっておれが競馬に行きたいって言ってたのを覚えてて、優しい名前ちゃんがわざわざ競馬がいいって言ってくれた。もっと他に行きたいところないの?って聞いても、おそ松くんが楽しいところが楽しいよ!の一点張り。

そんなおれのことが大好きなんだなって一目でわかる行動とか視線とか、わがまま言えない性格も丸ごと可愛いとは思うけど、やっぱ少しくらい甘えて欲しいしわがままだって言って欲しい。と、思ったりする。

髪の毛を軽く濡らして整えて、トッティーが選んでくれたデート用のおしゃれ着に袖を通す。いつもなら遅刻常習犯のおれだけど、さすがにクリスマスくらいは良いところを見せたくって待ち合わせの30分前には家を出た。


* * *



「えっ」
「あっ」
「きょ、今日は、はやいね。」
「ま、まあ?」

もう少しで公園ってところで、反対方向から歩いてきた名前ちゃんとバッチリ目があった。パタパタと駆け寄ってきてめずらしいねって照れながら、おれを見上げてふにゃ〜って笑う。え、なにいまの、スッゲーかわいい。どこで覚えて来たのそれ、びっくりした〜〜…。


ニヤつく顔を隠しながら切符を買って、タイミングよく到着した電車に乗り込む。
中には子供連れの家族と競馬新聞を読んでるおじさんがちらほらいたけど、混んでるってほどじゃない。二人で並んで座ると、ふわって名前ちゃんのいい匂いがして、またドキドキする。
こんなんじゃもたない!って頭をブンブン横に振って、邪気を払う。や、そんなことしても脳内は邪気で満タンのままなんだけど!

未だに童貞を拗らせて肝心なところで一歩踏み出せないおれは、密かに今日勝てたら頑張っちゃおうなんて作戦を立てている。
そんなこと言ったって、勝てないとお金ないんだけどね〜。思ってるだけならタダじゃん!童貞卒業したい気持ちは誰にも負けないし、世界一童貞卒業したいし!
でも、そんな下心でいっぱいのおれだけど、っていうかそんなおれだからこそ?今日はめちゃくちゃ緊張しちゃってしょうがない。

隣で必死に競馬について調べる名前ちゃんに馬券の買い方はこうしてこうって教えようとするだけで、もともと密着してた体がもっと近くなる。それがもどかしい一方で、緊張で爆発しそうにもなりそうだった、ちゃんと説明できてたかわかんない。どうせ今から行くんだし、あとでもっかい教えればいっか〜なんて思っていたら、電車が目的地についた。

「やっぱ混んでんねー」
「毎年来てるんだっけ?」
「あったりまえだろ〜!?これに来なきゃ年越せないって!」
「じゃあ来年も来なくちゃだね!」

そのためにも今日頑張らなくちゃ!と、にこにこ笑う名前ちゃんに見惚れながらも、はぐれないようにって手を繋いで入場券を買う。
来年も競馬でいいの?とか、来年も一緒にいてくれるの?とか、色々聞きたいことはあったけど二人分の券をもぎってもらって、通路を進む。
すでにじんわり手汗が出てきてるのを、ひっこめ〜って念じたり、歩くペースがはやくないか、とか歩き方は変じゃないかとか、普段絶対気にしてないようなことまで気になってきちゃって、こうなったらきりがないし、なんかかっこ悪い。

繋いだ手から思ってることが全部伝わってるんじゃないかって思うと気が気じゃなくて、必死に心を無にしようとした。


* * *



「負けたあ〜〜。」
「最後抜かされちゃったんだね…」
「な!?!時空超えなかっただけマシだよ〜」
「時空超えたりもするの!?」
「するする〜。あー、も〜おれだめ、落ちこんだ!なにもしたくない!」
「よしよし頑張ったね、かえろうね。」
「雑!もっとちゃんとなぐさめてよぉ〜」
「三連単にほぼ全財産つぎ込んだのは初心者のわたしでもびっくりだよ。」

えー!だっていけると思ったんだもん!いつもは犬みたいに見えない尻尾を振っておれを見上げる名前ちゃんだけど、おれが甘えると急に対応が雑になる。そのくせ顔は嬉しそうで、そこが本当に可愛い。でもこれを言っちゃうと喋ってくれなくなっちゃいそうだから絶対に言わない!

換金してくるから待っててね、と人混みにとけていった名前ちゃんを見送る。頭の中は少し前の自分に謝ったりお説教したりで忙しい。今日は無難に攻めすぎた!三連複だったら勝ってたのに、なんて後悔も今更で、結局財布には帰りの電車賃くらいしか残ってない。

「ただいま!赤塚着いたらケーキ食べて帰ろ!」

名前ちゃんがパタパタと靴底を鳴らして駆け寄ってくる。この足音が聞ければ、それだけで幸せな気持ちになってしまうおれも大概だなあって思う。だけど、あと数十歩が待てない足音が、大好きで、愛おしい。それにとびっきりの笑顔が付いていたら大袈裟かもしれないけど、他になにもいらないー!って思っちゃうくらい嬉しい。

「あーなんか、セックスとかしなくても幸せだわ、おれ。」
「せっ…!?!」
「あ"っ…声に出てた…?」
「でてた…。」

誤魔化すように、はやく帰ってケーキ食べよ!おれショートケーキ!ってヤケクソで手を差し出したら、「きょう、泊まって、いきますか?」って真っ赤な顔ではにかんできた。つられておれも真っ赤になっちゃう。その顔はずるいよ、名前ちゃん。なんかおれ、本当にかっこ悪いとこばっかじゃない?これから挽回できることを祈って、名前ちゃんの手を握りしめる。

「泊まる!」

相変わらず真っ赤な顔の名前ちゃんを横目に、来年はやっぱり二人で旅行にでも行けたらいいなって思った。
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