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恋バナをしないと出られない部屋「うーん」
「うーむ」
真っ白で何もない部屋に私と木兎の声が同時に響く。
扉には「恋バナしないと絶対に開きません」とでかでかと書いてある。
恋バナしないと出られません?恋バナするの?恋愛よりバレーですを体で表すこの木兎と?
ちらりと木兎を見てみれば、扉の前に腕組みをしながら座り込んで首を傾げている。いやあ無理でしょ。そもそも恋バナって女の子同士男の子同士でするもんじゃないの?私はそうでしたけど。
まあでも同じクラスであるこの木兎光太郎はなかなかモテる。さすがエースというやつ。付き合ってるって話は聞いたことはないけど。
「ねえ木兎、なんか恋バナないの?」
「恋バナって言われてもなあ…」
「そうだよねぇ…」
とりあえず木兎の隣に座ってそう聞いてみると、傾げていた首を元に戻して今度は顎に右手を当てて「うーん」と唸る。
「バレーが恋人! とかでいいんじゃない?」
「バレーが恋人ぉ? バレーはバレーだぞ?」
「……そうだネ」
私の一言に、まるで「何言ってんだ?」とでも言いたげな顔で返してきた。ムカつく。ムカつくけど、残念なことに私はこの男に好意を抱いているわけで。でも当の本人はこんな感じだし、バレーしてる木兎を見ていられたらそれでいいかなって思ったりもしてる。
「木兎って結構告白されたりするじゃん? 付き合ったりしないの?」
「エッ?」
恋バナ、を重く捉えすぎなのかも。そう思って今まで疑問に思ってたことを聞いてみた。こういうのが恋バナだよね?だからこういう話してればそのうち出られるよね?と、思ったんだけど。
なぜか木兎の視線は右へ行ったり左へ行ったりと忙しい。明らかに動揺している。ああ、なるほど。
「あー、周りが知らないだけでほんとは付き合ってる子いるんだ? 隠すなんて寂しいじゃーん」
声のトーンはそのままに。それと、ちょっと茶化す感じで。こうでもしないとさすがにショックが大きかった。じんわり涙腺が緩んできて涙が溢れそうだ。見られるわけにはいかないので違和感のない程度で顔を木兎から逸らした。
「あー、いや、そうじゃなくて…」
「なにその言い方! ちょっと誰よ? 何組の子? いつからなの〜?」
普通を装って、なんとか話を続ける。
そっかあ、木兎付き合ってる子いたんだなあ。きっと可愛い子なんだろうな。うわあ、もう心臓が痛い。心臓が痛くなるほど私木兎のこと好きだったのかあ。自覚するのが遅すぎ。なーにがバレーしてる木兎を見ていられたら、なんだか。全然良くないじゃん。でも遅いよ私。
なんて、虚しい自問自答を繰り返す。心からおめでとうが言えるようになるには時間がかかるだろうなあって、そう思ってた時。急に腕を引っ張られて、逸らしてた顔を思いっきり見られた。
「エッ、なんでそんな泣きそーな顔してんだ!?」
「…いくらバレー馬鹿でもそこは気づいてほしいなあ」
「……どーいう意味?」
苦笑いしながらそう言うと、私と目を合わせたままさっきと同じように首を傾げる木兎。そのまん丸の目は私から逸らしてはくれないようなので、もうヤケクソだ。恋バナしろって書いてあるしやってやろーじゃないの。未だにぽかんとした顔してる木兎に、意を決して口を開く。
「木兎が好きってこと」
「……エッ?」
「好きだから、付き合ってる子いるって知ってショックだったの。泣きそうな顔はそーいう意味。だからいくらバレー馬鹿でも気づいてそっとしておいてほしかったなってこと」
そこまで言って、私は目の前の男がバレーに一筋なことを思い出す。まあ木兎じゃ無理かあ。木兎だもんなあ。ここは惚れた弱みってことで許してあげよう。それにしても全然鍵開かないんだけど?もう散々恋バナしてるんだけど?ドア壊れてるの?
仕方ない確認するか、と思って立ち上がると、今度は手をぎゅっと握られた。そしてまた引っ張られて立ち上がったはずなのに座らされる。驚いて私よりも少し高い位置にあるその顔を見上げると、ほんのり頬の赤い木兎と目があった。
「勝手に話進めんな!」
「…は?」
「俺付き合ってねーよ!」
「え、そうなの?」
ぐいっと身を乗り出して、握っている手に力を込めて大声でそう言った木兎。
待って待って、じゃあ私墓穴掘ったの?恥ずかしいことこの上ない。やってられない。でもさっき木兎すっごい動揺してたじゃん?なんで?
そんな私の思考は、握られたままの手にさらに力が加わったことで簡単にストップした。
「じゃあ俺も言うけどな」
「え、うん」
「俺は苗字が好きなの」
「……うん?」
「だから他の奴に告白されても付き合わなかったの」
「……そ、そうなんだ」
一瞬だったかもしれないし、数秒、いや、数分だったかもしれない。暫く沈黙した後、私は我に帰った。いやいやいやそうなんだじゃねーよ。私は馬鹿か。両想いじゃん。めでたいじゃん。なのに私がそうなんだとか言うから気まずいじゃん。私は馬鹿だ。ほら木兎めっちゃ困ってるじゃん。眉間にしわ寄っちゃってる。
「……俺と」
「えっ」
「俺と付き合って…ください…?」
「……なんで疑問系なの?」
「いやいやいや! 苗字がそうなんだとか言うからだろ!」
「それはごめん」
繋いだ手をバタバタさせながら真っ赤になってそう言う木兎に、なんだかおかしくなってきた。堪らず吹き出すと木兎も一緒に笑い出して、2人でゲラゲラ笑ってしまった。
なんだか締まらない展開だけど、これからは遠くで見てただけの木兎を隣で見られるんだ。嬉しい!とか幸せ!とかに飲み込まれそうだけど、あやふやにしたくない。繋がったままのあったかい手に、私もぎゅっと力を入れる。
「これからよろしくね、木兎」
「…おう、俺もよろしくな!」
そう言葉を交わして、目を合わせて、だんだんと木兎の顔が近づいてきて。ああこれは、ついにしちゃうのかと目を閉じたその時。
ガチャリ。
鍵が開きました。ドアも開きました。近づいていた私たちの距離はそこでピタッと止まりました。
なんてタイミングで開くんだ。おかげでこっちはお互い顔が真っ赤だよ。
無言でゆっくり離れて、先に立ち上がった木兎に引っ張られて私も立ち上がる。そして木兎がドアに向かって歩き出して、あれからずっと繋ぎっぱなしの手に引かれて木兎についていく。その時視界に入ったその手と「やっと出られる〜!」なんて言ってる木兎の背中を見て、そういうことはゆっくり経験していけばいいかな、なんて考えて、木兎にバレないように小さく笑いました。
(
戻 )