知らなかった。確かに薬研はいろんな人から頼りにされてるし、わたし自身すごく薬研に甘えてるけど、薬研があそこまで兄弟想いで素直に甘えられない子だったなんて、想像つかなかったなあ。ふむむ、観察が足りなかったみたい、反省しよう、なんて思っていたら襖の向こうに影ができた。直ぐにそこから声が届く。
「大将、ちょっといいか?」
「!…どうぞ」
ちょうど考えている人が来るなんて思ってなかったから一瞬心臓が高鳴った。落ち着いた声に不釣り合いな小柄な影、薬研で間違いない。静かに襖が開いて、やっぱり薬研が戦装束のまま立っていた。
「あ、そうだ、池田屋に行ってたんだっけ」
「おう、戻ったぜ」
「おかえり」
わたしが笑うと薬研も優しく微笑み返してくれる。池田屋に行くのは何度目か分からないほどで、薬研もすっかり慣れていた。報告の仕方も随分慣れてすらすら要点だけ教えてくれる。こうしてると本当に頼りになるから、つい頼りすぎちゃうんだよなあ。
「大将」
「、ん?」
すっかり見惚れていたら、薬研は小さく息を吐いてわたしの頭を抱き寄せた。その力強さもまた短刀らしくなくて心臓が激しく鳴る。
「う、わっ!?」
「んー…熱はないみたいだな。頭でも痛むのか?」
「えっ、え、え…?」
「悪い、ぼうっとしてたから体調でも崩したのかと思ったんだよ。違ったようだな」
薬研は優しくわたしの肩に触れて体を離すと、ニッと微笑んでくれる。いつもこうして細かいところに気付いて心配してくれるのも、皆から頼られる理由なんだろうなあ。胸が熱くなって、思わず自分から薬研を抱き寄せた。
「っ、大将?」
「薬研、あのね」
「…おう」
「わたしには、甘えていいから…!」
「は?」
ぎゅううっと腕に力を込めると、薬研はすっかり言葉を失った様子で暫く大人しくしてたけど、すぐに小さく笑い始めた。そしてわたしの耳許に唇を寄せる。
「ほんとに甘えていいのか?」
「あ、あれ…」
甘く鼓膜を揺らす低音に思わず間抜けな声が出る。やけに、素直。花丸の薬研はもっと嫌がったから手こずると思ったのに。
「なぁ大将、いいんだな?」
「え、あぁ、うん」
「じゃあ遠慮なく」
耳に息が当たって擽ったかったけど、さらに距離を詰められてちゅっと耳に口付けられる。びくっと肩を上げると薬研はわたしの首筋に顔を埋めた。
「はぁ…」
薬研の息が首筋にかかる。薬研の熱を感じてびくびくしてしまうのに、薬研は構った様子もなく唇を首筋に這わせた。
「やっ、げん」
「柔らかいな、大将の肌は」
薬研の腕が腰に回り、さらに抱き寄せられて体を密着させられる。すすす、と背中をなぞる手つきがやけにいやらしい。
「ね、ねえ薬研っ、ちょっと、」
「ん?どうしたんだ?」
えっ、そんな。どうしたなんて言われると意識しちゃってるわたしの方が恥ずかしくなってくる。これはただのスキンシップだってこと?頭の回転が追い付かない。
「なぁ大将、」
薬研の声が甘く切なく艶やかで、その声を聞くだけで耳が敏感になったように酔いしれる。ふ、あ、なんて情けない声を出してしまった。
「こうして抱いてるのも悪くないが、大将に子供扱いされるのはどうもなぁ」
「は、」
「俺っちはいいから、たまにはいち兄を甘やかしてやってくれや」
ぽん、と頭に手を置かれて体を離される。温もりが離れていくことに僅かな寂しさを感じつつまだ戸惑いを隠せなかった。撫でられた頭を思わず自分で擦る。
「は、はい」
「じゃあな、弟たちの稽古をつけてくる」
薬研はにやりと悪戯な笑顔を浮かべながら部屋を出ていった。な、な、何だあの短刀は!心臓がもたない。
「そうか、一期さんね…」
そういえば一期さんだって兄として毎日頑張ってるよね。薬研はよく気が回るなあ。感心しながら部屋を出るとわたしはまだ高鳴っている心臓を鎮めるように胸元を掴みながら一期さんを探しに行った。
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アニメのようにはいかない本丸。ちなみにこの後一期さんにも素直に甘えられ(悪戯され)、花丸のようなツンデレが見れなくて残念だったとのことです。
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