(( 殺害願望 ))




「何怒ってるの?」
「怒ってない」

リオンはさっきからこの調子で、声は絶対怒ってるのになかなか口を割らない。後ろからわたしを抱き締めたままだんまりを決め込むから顔を見ることもできなくて何を考えてるか読み取れなかった。せっかく今日は1日楽しくデートしてたのにな。

「ねえリオン、どうしたのか言ってよ。デート楽しくなかった?」
「それは…楽しかった」
「じゃあどうして怒ってるの?帰ってきてからずっとこうじゃん」
「だから怒ってないってば」

帰宅と同時に抱きつかれてどうしたらいいのか分からずに身動きが取れなかったけど、ずっとこのままではいられない。お腹に回ってる腕を掴んで離させようとしたけどすごい力だし全然離してくれる気がない。わたしのうなじあたりに顔を埋めて自分を抑えるように呼吸を繰り返している。

「リオン、話さなきゃ分からないよ」
「分からなくていい、分からないで。俺のこと、もう知らないで」
「え?」
「ただ今はこうさせて」

ますます訳が分からない。何を言っても話す気も離す気もないみたいだから諦めて体の力を抜いた。リオンに体重を預けるとリオンがさらにわたしを抱き寄せ、顔を埋める。首筋に息が当たって擽ったい。

「…ごめんね」

リオンがぼそっと言葉を落とした。何に対しての謝罪か分からずに反応が返せない。今日はわたしの我が儘で外に出掛けたし、1日楽しくデートをしてもらった。振り回したのはわたしなんだから強いて謝るならわたしの方だと思うんだけどなあ。返さないままでいるとリオンがわたしの髪を掻き上げて首筋を指で辿る。

「白くて綺麗だね」
「リ、リオン?」
「ここ…噛んでいい?」

えっ、と声が出たか出ないか分からないうちにリオンの熱い舌がわたしの首筋をなぞる。ねろ、とぬめる感触が未だに慣れなくて肩を揺らした。リオンの腕から逃れようと体を捩ってもがっしりお腹に回されたまま、首筋に牙が当たる。

「名前、お願い、噛ませて」
「い、いやっ、やめてリオンっ」
「何で?俺のこと嫌い?」
「違う、好きだよ、でも噛むのはやめて」

薬指にくっきり残っているリオンの噛み痕が痛々しくて、これ以上増やされては困る。キスマークならともかく一生消えない傷を体にいくつも抱えたくはない。

「俺だけの印、くれないの?」

リオンの声が震えていた。ああそうか、分かった、読めました。わたしは抵抗をやめてリオンの名前を呼んだ。このヤンデレの考えることはいつでも複雑そうでとっても単純だ。

「ねえリオン、今日は楽しかったね」
「っ、やめてよ」
「わたしがデートしたいって言うから我慢してくれたんだよね。ごめんね。頑張ってくれてありがとう」
「や、やだ…やめろ…っ」

リオンの腕の力が少しだけ緩む。

「わたしだってね、リオンとふたりきりでいるのは好きだよ。リオンのこと大好きだし、ふたりの時間もとっても大切。でもたまにはああやって外に出掛けるのも楽しいでしょ?」
「楽しいよ、俺も楽しかったけど、でも…、」
「わたしにはリオンだけだよ」

力が緩んだのをいいことに、体を捻ってリオンと向かい合うように体勢を変えた。やっと離してくれる気になったのか、リオンが動揺してわたしから手を離す。リオンはわたしに言いたくないことがあると目を合わせてくれない。

「リオンは心配性だなあ。よしよし」
「やめ…ろ、子供扱いでもする気なの?」
「違うよ、リオンのことが好きだからしてるんだよ」
「俺の方がずっと好きだよ。こんな…、こんな汚い感情、見られたくない。俺のこと、何で分かっちゃうんだよ…っ」
「リオン、今はふたりきりだよ」
「足りない、まだ全然足りないよ。今日1日中ずっと他の男に見られてたんだ…もっと、もっと俺だけを見て、俺のことだけ考えてよ…」
「考えてるよ」
「だから、足りないんだよ!」

リオンが声を荒げる。あーあ、これはもうスイッチ入ってる。今日は多少乱暴にされてもしょうがないね、リオンも1日頑張ってくれたしね、と呑気なことを考えていたらリオンがわたしの手首を掴んで窓を開ける。

「えっ、リオンちょっとどこ行くの?」
「…」
「リオン?ねえっ、靴…、」

わたしの声を聞かないままリオンがわたしを抱き抱えた。ひえっと息を飲むと、そのまま内臓が宙に浮くような感覚に驚きを隠せない。あれだけ人間にバレたらまずいって自分で言うくせに、リオンは怒ると簡単に翼を出す。

「リオンっ」

一気に空高く連れてかれて、高い鉄塔の上にやっと足を付けた。わたしはリオンに抱えられたまま。

「お、降ろしてよ…」
「やっぱりここがいいね。ふたりきりになれるし、くっついていられる」
「やだ、こわいよ、お家に戻ろ?ふたりきりじゃん、ね?」
「嫌だよ、俺のことちゃんと見てくれないくせに」

見てるじゃん、なんて返せない雰囲気だった。リオンはわたしを抱えている腕を離し、わたしの両手首を掴んで一気にわたしを降ろす。

「ひゃ、あっ!?」

足は付かず、宙ぶらりんにされた。リオンだけ涼しい顔して鉄塔にしゃがみこみ、わたしの手首を掴んでいる。怖くてリオンを見上げると、リオンは嬉しそうに微笑んだ。

「嬉しい、やっと俺だけを見てくれるね」

リオンの目がキラキラしてて泣きそうだった。

「やだ、こわいよリオン、やだ、やだ!」
「ずっと俺だけを見てて…俺はいつだってあんたのことだけなんだからさ」
「見てるっ、見てるからリオン、こわいよ…っ」
「あんたを独占できるなら恐怖でもいいよ。こうでもしないと生きてる心地がしないんだ。ずっとずっとあんただけが好きで、これからも俺にはあんたしかいない。あんたも俺だけになって、俺に溺れてよ」

足がスースーしてそれどころじゃないのにリオンはうっとりしながらわたしを見下ろしていて、涙を溢すのも忘れてしまった。リオンはわたしが死を恐れてるときの顔が本当に好きみたい。

「リオン、リオン…っ」
「もっと俺を呼んで、俺だけ求めて…」

リオンがうっとり目を細めて片手を離す。短く叫びを上げてリオンに両手でしがみつくと、リオンはさらに嬉しそうな表情を見せた。

「はあ、名前…好きだよ…」
「リオン…っ」
「このままこの手を離せば、俺のことだけを考えて死ねるんだね」
「い、いやっ」
「もちろんそんなことしないよ、もっと名前と過ごしたいからね。でも、殺しちゃいたいほど好きだってことなんだよ…」

リオンがぐいっとわたしを引き上げ、やっと抱き締めてくれる。足はがくがく震えてリオンに力一杯しがみついた。リオンは宥めるように頭を撫でてくれるけど短く浅い呼吸を繰り返すわたしは何も考えられない。

「名前、愛してるよ」

リオンの声が穏やかになっていた。やっと満足したように何度もわたしを撫で、こんなの狂ってるって分かってるけどここまで愛してくれるリオンを拒絶することもできず、いつか本当に殺されてしまうかもしれない恐怖を抱きながらリオンの胸に擦り寄る。

「本当に可愛い…愛してる。愛してるよ名前…」
「リオン…」
「だから、ごめんね…」


END
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例のCD2作目です。こんな俺に捕まってて可哀想だけど離してやれなくてごめんね、と常に思ってるリオン。でもきっと幸せにしてくれるはず。名前様、お付き合いありがとうございました。
20161028
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