「誰あいつ」

玄関のドアを開けるとそこにリオンが仁王立ちしていた。眉間に皺を寄せながら腕を組んでるのが妙に怖い。違う、だの、誤解だ、だの言い訳をしようと頭の中で必死に考えるけど、リオンはわたしを睨み付けたままわたしの腕を乱暴に掴んだ。

「い、痛いよ、っ」
「俺の方が、痛いよ」

リオンが冷たい目をしている。言い訳のタイミングを逃したまま、きっとこれからもさせてもらえないと察した。リオンの目が悲しそうに揺れて、そのままわたしを引き摺っていく。わたしは大人しく足を動かしてリオンについていくしかなかった。




(( 過重な愛 ))




ドンッと突き飛ばされたのはベッドの上だった。リオンには出会ったその日から熱烈に告白されて、何だかんだでわたしもリオンに好意を抱いている。半ば脅迫じみたように気持ちを聞かれたときはわたしも好きだと伝えたけどそれ以来リオンに気持ちを伝えたことはないし、リオンは毎日好き好き言うわりにわたしを大切にしてくれて手を出されたこともなかった。だから、この状況に頭の整理が追い付かない。

「リ、リオン…?」

震える声で名前を呼ぶと、リオンはわたしの顔の横に手を付いてぐっと顔を近付けてくる。鼻が触れ合ってしまいそうなくらいに近い。

「なぁ、俺はあんたの何なんだよ」

リオンの目には涙が張っていた。思わずギョッとするけど、リオンはその目を悲しそうに揺らしながら言葉を続ける。

「あいつ誰だよ、何で一緒に帰って来たんだよ。いつもひとりで帰ってくるだろ。俺よりあいつのこと好きになった?」
「あ、の…、リオン」
「聞きたくないっ!」

リオンが声を張り上げる。ひぇええ、ほんとに言い訳させてくれない…。困ってリオンを見上げると、リオンはわたしの唇を塞ぐように上から押し付けるようなキスをしてきた。慌てて目を閉じるけどムードも何もない、リオンの嫉妬丸出しのキス。

「ん、んん」

リオンの腕を掴むと、リオンが唇を離す。目に溜まった涙はいよいよ零れてしまいそうでリオンが傷付いているのが痛いほどに伝わってきた。

「リオン、聞いて…」
「嫌だ」
「違うの、あれはね、」
「嫌だ!やめろ!」

リオンがまた声を張り上げる。余程感情が荒ぶったのか、その瞬間に普段隠されている角と羽がバサァッと飛び出てきた。この姿のリオンを見るのは久しぶりだ。

「やめてよ……俺、あんたのこと…」

ぱた、と頬に水滴が落ちてくる。リオンの目からぼろぼろ涙が零れ出して、リオンの唇が震えていた。どうしたらいいのか分からなくてリオンの言葉を待っていると、リオンが震える手でわたしの手首を押さえつける。

「い、今から、おれ、殺すから」
「、え?」

ワンテンポ反応が遅れる。

「俺にはずっと名前しかいない。ちゃんと説明したでしょ…?だから、あんたが嫌がっても俺の傍にいてくれなきゃ困るんだよ。なのに、他の男と浮気なんて」
「ち、ちがう、リオン違うの」
「好き、なぁ好きだよ、俺言ったよな?ずっと名前だけが欲しかった。嫌がられても、俺はこの手を離せないよ」
「ちが、」
「違わない!俺のことが信じられないのかよ!」

そうじゃないのに…。リオンは一旦こうなると気が立っていて何を言ってもあまり通じない。ぼろぼろ泣きながらわたしを睨み付けるように見下ろす。

「言っても、分かんないんだろ。俺がどんだけ好きなのか、どんだけ愛してるのか、分かんないよな。でも好きなんだよ。好き、好きだよ…、おれ、もう名前がいなきゃだめなんだよ」
「わたしもだよリオン」
「嘘だ、じゃああの男は何なんだよ!」

リオンはわたしの左手首を掴むと、薬指を摘まんでわたしの目の前に掲げる。前にリオンに噛み付かれた痕がくっきり残っていて、何だか痛々しい。

「これじゃ名前のこと縛れなかった…?こんなのじゃ足りない?もっと名前のこと傷つければ良かった…血が滲んだあんたを俺は綺麗だと思ったよ。食べちゃいたかった。か弱い人間が俺に抵抗できるはずないもんな。今からでも食べちゃおうかなあ…?」

リオンの牙が口の中から覗いている。薬指に噛み付かれたときも食い千切られるかと思ったくらい痛かったのに、あれを別のところにされたら今度こそ血肉が飛び散る気がする。ゾッとして眉を下げるとリオンが自嘲気味に笑い出した。

「あは、もしかして俺のことが怖いの?何で?もう俺がこんな姿でも、手から火を出しても、悪魔でも、怖がらなかったじゃない。俺のこと優しい悪魔だって言ってたよね?でも俺は所詮悪魔なんだよ。名前のこと大切にしたいけど、めちゃくちゃに汚したいし食べちゃいたい。殺してやりたいくらい好きなんだよ。なぁ、何で怖がるんだ?人間だって好きなものを食べたくなるだろ?名前は、俺のこと好きって言ってくれたよね」

リオンがぶっ飛んでいすぎて上手く言葉が思い付かなかった。ただ体が勝手に動いて、リオンの頬を両手で包みながら自分からキスをした。こんなこと1度もしたことないのにごく自然に体が動く。

「!…、ん」
「は、ぁう…、」

唇を重ねるとリオンは首を下げてわたしにしやすいように動いてくれた。目を閉じてリオンの唇を感じると、リオンもまた唇を食みながらわたしの頬に手を伸ばす。リオンはわたしの下唇を幾度か舐めて唇を離し、潤んだ瞳をますます揺らしながらわたしの頬を愛おしそうになぞった。

「名前…」
「リオン、愛してるよ」

目を見てしっかり伝えると、リオンがまた涙を溢す。は、嘘だ、やめてよ、なんてぼそぼそ言ってるけど、リオンの目尻を拭いながら笑いかけた。

「あのね、誤解させてごめん。あの子は実習先が一緒で、そこまで一緒に帰って来ただけの子。浮気でも何でもないよ」
「うわき、だよ。一緒に帰って来たならそれは、っ」
「ごめん、リオンにとっては浮気だったんだね、じゃあもうしない。ごめんね」

リオンを抱き寄せるとリオンは戸惑った様子で体を重ねながらわたしに体重がかからないように手を付いている。可愛い。足を絡めてリオンの頭を撫でると、リオンがビクッと肩を揺らした。

「リオン、わたしリオンだけだよ。こんな痕付けられて浮気なんかできない」
「なに、言ってんだよ……じゃあ俺、あいつのこと、殺さなくていい…?」
「殺しちゃだめだよ」
「名前のことも、殺さなくてもいいの…?名前は俺といるの嫌じゃない?あの男の方がいいなんて言わない?」
「言わないよ。リオンだけだから安心して」
「名前…っ」

リオンの肩が震えて、あーあ泣き虫だなあ、なんて思う。いつもリオンがわたしにしてくれるようによしよしって頭を撫でると、リオンは震えた涙声で「ありがとう」と一言呟いた。ぐすぐす鼻をすする音が可愛くて何だか胸がぎゅうっとなる。毒されてるなあ。

「ねぇ名前、俺ほんとに幸せだよ。大好き。名前のこと本当に、本当に愛してるんだよ」
「分かってるよ。わたしも大好き」
「ありがとう……俺名前に出会えて本当に…、」

リオンが体勢を変えようとしたのか動いた拍子に脚の間に固いものが当たって息を飲む。え、え…?リオンさん、こちらは一体…?びっくりしてリオンを見上げると、もう泣き虫リオンはどこにもいなくて、艶っぽく潤んだ瞳でわたしを見下ろしていた。

「名前、このままもっと俺と繋がって…、俺の名前だってこと身体に刻ませてよ」
「な、なん、ななな、」

口が回らない。と思えばリオンがわたしの脚に腰を擦り付けながら耳元に唇をくっつける。

「名前、すき、愛してるよ…っ、ん、すげ、好き…名前も言って…?はぁっ、俺のこと、好き…?」
「す、好きだけど…リオン…」
「もっと、俺で満たされてよ…、俺が足りないから浮気なんてしちゃうんだろ?もっと、もっと俺でいっぱいにして、んっ、心も体も、おれの、俺の名前にしたい…っ」

あ、やっぱり浮気扱いなんだ。リオンの独占欲には本当にびっくりさせられる。前に近所のおばあちゃんが亡くなったときも物凄い独占欲をぶつけられたっけ。リオンの唇が耳に付いたまま吐息や掠れた声に鼓膜を叩かれる。ぞわぞわ腰が浮くとリオンのモノに当たってしまってどうしたらいいのか分からない。リオンの手がわたしの顎を掴んだ。

「名前、いいよね…?」

今日は噛み付かれることはないだろうけど何ともギラギラした目で本当に食らい尽くされそうな感覚に陥る。否定をさせないような圧力掛かった瞳に大人しく頷くと、リオンを一瞬嬉しそうにはにかんでからわたしの唇を貪るようにキスをしてきた。

「ん、あ…っ、んん」
「っむ、ぁ…」

リオンがわたしの髪を掻き乱し、もっと深くと舌を絡めて何度も角度を変えていく。悪魔と人間が交わることができるのだろうかとぼんやりと考えながらもわたしはリオンの背中に腕を回した。


END
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気付いたら書いていました。ご存知の方はいらっしゃるでしょうか…、あのCDです。名前様、お付き合いありがとうございました。
20160823
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