輪廻転生。この世の魂は常に廻されていて、冥界によって厳密に管理されている。前世の記憶が消えるまでゆっくりと魂を鎮め、浄化されたら再び新たな命として転生していくのだ。しかし、何世紀も前から幾度とその魂を見てきた彼にも、ふと記憶のない魂に出会うことがある。

「あれ? 彼女は──……」

彼が首を傾げると、秘書が資料へ視線を落とす。明記された氏名を読み上げても彼にはさっぱり記憶がない。どういうわけか、目の前の少女の魂を初めて視るというのだ。

「ねえ、鬼男くん。おれが知らない子っていると思う?」
「何を寝惚けているんですか、貴方が知らない魂なんているわけないでしょう。しっかりしてください、閻魔大王」
「う、うん、そうだよね。でも、やっぱり知らないんだよ」

彼が立ち上がると、少女は怯えるように背を丸め、忙しなく視線を泳がせた。今から天国か地獄かを判決する彼がじろじろと上から下まで眺めるのだ、無理もない。どんどん縮こまる少女に彼は、優しく声を掛ける。

「綺麗な髪だね。それから美しい目。きみはどうして死んでしまったの?」
「最愛の人を追ってきました……、死んでしまえば彼と一緒に居られるから……」
「……そう」

そんなことはないのに。彼は少女を哀れんだ。冥界に来てしまえば生命として在った頃の記憶はどんどん薄れていってしまうのだから。

「彼はどんな人だったの?」

宥めるように問うと、彼女はふるふると首を横に振る。

「もうあまり覚えていません。確か、黒い髪だったと思います。それから、閻魔様のような赤い眼を。でもそんなこと有り得ないって思ったんです。記憶が薄れて何かと混ざっているのかも──……」

彼は息を飲み、少女に穴が開くほど見詰めたが、やはり少女の魂は視たことがなかった。それこそ、有り得ないこと。ぼんやりと見掛けた記憶すらないなんて、何か意図的に記憶が消されているような感覚に違和感を覚える。

「きっと彼はおれに似ていい人だったんじゃないの? それじゃあきみは天国! 彼に会ったら思い出すかもね」

ぱん、と明るく手を叩くと、少女は嬉しそうに笑って御礼を告げ、足早に閻魔庁を去っていった。姿が見えなくなるまでその背中を見詰めてから、彼は秘書に視線を遣る。

「……鬼男くん、彼女の情報をなるべく多く集めてくれる? 死因と交際関係、それから前世も。おれは彼女を知ってると思うんだけど、視たことがないんだよ」

真剣なトーンに秘書は目を細めた。彼の記憶にない魂など、在ってはならないからだ。秘書の口端が僅かに引き上がる。

「御意。もしかして、大王が彼女の『最愛の人』なんですか?」
「ふふ、そうだとしたらおれにも春が来ちゃうなあ」

照れ臭そうに頭を掻く彼を軽く引っ叩いて次の魂を迎え入れる。閻魔庁は忙しいのだ。普段ふざけている二人の目は、今日はやけにぎらついていた。

END
-------------------
前作とちょっと似ている、冥界に昇るとどんどん記憶がなくなっていく人間のお話と、冥界では閻魔様の記憶もなかったバージョン。名前様、お付き合いありがとうございました。
20190211
(  )
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -