自らを殺めることを禁忌としていた時代とは違い、今は多くの人間が自身の命を絶っている。辛いこと、苦しいこと、負の思いを抱えながら死んでいく魂は幾つもあるが、わたしは違った。これから最愛の彼と永遠を誓えるのだから。
「何で俺の言うことが聞けないの!?」
声を荒げる彼を宥めるように微笑む。もう人間を装うのをやめたのか、深紅の双眼でわたしを睨み、それを潤ませていた。わたしの死を本気で叱り、本気で泣いてくれる彼だからこそ永遠を共にしたいというのに。
「だって今度こそ一緒に居られるよ」
「どうして解ってくれないの? 俺は君に幸せになってほしいんだよ。俺に縛られて、死人になる必要はない。冥界に囚われるのは死よりも不幸なことなんだって、説明したよね?」
可笑しなことを言う。他人の幸福感を自分の物差しで語られても、ひとりひとり感じ方は違うのだ。彼と一緒に居られるのなら転生だって望まない。わたしという魂がこの世から消滅したっていい。彼が冥界に囚われて動けないのなら、わたしが冥界に逝けばいいだけだ。彼とわたしの不幸こそ、最大の幸福と成り得る。
「本当に愛してるわ。心の底から。貴方を独りにはさせたくない」
「君の死ほど残酷なものはないんだよ。俺を不幸にさせたいんだね」
「ええ、それがわたしの幸福なの」
真っ白な肌に涙を伝わせ、彼はわたしの死を嘆いた。再び逢えるのに何故泣く必要があるのだろう。わたしはもう、一生彼の傍に居られるというのに。
「俺だけが君を覚えていても、君の魂は浄化されて転生される。抗えないんだよ。君の中からは軈て俺の記憶が消える」
血志吹が辺りを濡らした。力の抜けた掌から落ちたナイフは安っぽい音を立ててわたしの命の終わりを示す。彼の許へ向かう為に、寂しがり屋の彼を独りにしない為に。再会する彼は喜んでくれるだろうか。愛し合ったわたし達なら、何だって乗り越えられるはずだ。冥界に昇っていく感覚が、心地好い。
閻魔庁に着くと、秘書が資料を読み上げて文机に座る男がその魂に相応しい判決を下していた。ああ、愛しい彼。艶やかな髪を見ると胸が高鳴る。しかし、名前が思い出せない。先程まで一緒に居たのに。
列がどんどん彼に近付いていく。秘書は鋭い目付きで魂を品定めしていった。わたしの番が遂にやってくる頃には、彼の目には涙が溜まっていた。
「……やっぱり死んじゃったんだね。ようこそ冥界へ」
「初めまして、閻魔様。歓迎の御言葉、有難う御座います」
わたしの言葉に、彼の白い肌は血の気が引いて更に白くなる。きっと何か不思議なことを口走っているのだろうと思ったが、自分では解らない。ぼろぼろと涙を溢す彼に、秘書は優しく手を添えた。
「人間は貴方のように創られていないんですよ、大王。判決をしましょう。また必ず転生しますから」
「うん……、そうだよね、また出会って、また恋をして、また忘れられちゃうんだよね」
だってこの子はただの人間なのだから。彼の言葉は上手く理解出来なかったが、わたしは彼の下した判決に従って世界を分けられる。わたしはさっさと閻魔庁を出て外の空気を吸い込み、指定の場所へ向かっていった。
END
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8年ぶりに書きました。冥界に昇るとどんどん記憶がなくなっていく人間のお話。名前様、お付き合いありがとうございました。
20190205
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