「鬼男くーん、ちょっと休憩しようよー」

べたっと机にへばり付く彼に鬼男は苛々と書類を叩いた。

「じゃあこの書類はどうするんですか」
「えー、だって疲れたもん。名前ちゃんだって疲れたって言ってるし鬼男くんだけ張り切っちゃって恥ずかしいよー」

ねー、と彼女を見る彼。彼女はフッと微笑んで鬼男にはっきりとした声で告げた。

「私は疲れてません。このイカ刺して起こしてやってください」
「ラジャー」
「ちょっとぉぉお!俺こう見えても閻魔だいお…ぎゃー!刺さないでお願い!」

冥界は今日も大忙しでちょっぴり煩い。




(( 休憩タイム ))




長いこと山積みになっていた書類がやっと片付いたと思って背伸びをする。嬉しさの余り彼の顔からはにこにこと笑顔がこぼれていた。お疲れさまです、と言おうかと思い、彼女もつられて笑顔になっていると。

バササーッ

「…鬼男くん、何これ」
「次の書類です」

ファイルの山が机の上に雪崩れ込む。彼が白目を剥いた。

「何これ!めんどくさいよ!ああもう!セーラー服になりたい!」
「あらかじめ僕が仕分けておいたので、大王は下の欄にサインするだけでいいですよ」

さらりと吐いたとんでもない発言も見事にスルー。鬼男はこれ以上ない眩しい笑顔で彼にペンを握らせた。

「早くやらないと殺るぞ」

にっこり。
鬼男の笑顔に彼女までもが顔色を変えた。





それから20分。いつもからしたら意外なほど黙々とサインを書く彼。鬼男もそれに安心して次の書類の仕分けをしだした。彼女はというと彼の隣で書類チェック。有能な秘書が仕分けをしたとは言え間違いがあっては困るのでひたすらサインをする彼の横で書類に目を通していた。

「…つっかれたー」

ふと彼がこぼす。彼女はチラッと彼に視線を向けた。

「なんかつまんないよね。人間ってこんな書類に収まるだけの人生じゃないはずなのに、この人はこうだから天国、この人はこうだから地獄、なんて勝手に決められて。今じゃあ何をしたら天国へ行けないだとか考えてる宗教もあるみたいだし、そんなのつまんないよ。せっかくの人生なのにね」

鬼男は手を止め、床に視線を落とした。人間だった頃の記憶はなくなっているはずなのに、それを思い出すような目をしている。彼はなおも続けた。

「あーあ、つまんない。俺ならさ、人生思いっ切り楽しんじゃうな。自分がやりたいことやって人に迷惑かけない程度に楽しんで、それで地獄なら仕方ないって思うし。でも閻魔とか名乗る変態に勝手に生き方評価されるのもやだなー」
「変態って自覚あったんですか」
「人を書類で判断してる時点で十分変態だよ、普通ならできるわけない」

彼は悲しげに視線を落とした。鬼男は目を細め、ため息をつく。

「くだらないことに頭を使ってないで手を動かしてください」
「うん…」

悲しそうな彼に思わず触れたくなり、彼女は彼の肩にポンと手を置いた。見上げた彼の顔が子供のようで、思わずきゅうと胸が苦しくなる。

「大王は綺麗な心を持ってると思います、私」
「え…?」

きょとんとした目。彼は不意打ちをくらったように口を開けている。それににこりと笑顔を見せていると、彼もまたにこりと笑顔を見せて。

「じゃあこんな書類やめちゃおうよ」

えへ、と可愛く笑われる。瞬間、バサァッと落ちた書類。

「ちょ、何やってんですか!」
「いいじゃん別にー。もう俺書類で人の今後判断したくないしー」

慌てて拾う彼女にチラッと目を向けると鬼男は自分の仕事を再開させながら彼に言った。

「何言ってんだ、だめに決まってんだろイカ。お前も拾え」
「ひっ…鬼男くんこわぁい」

ピシリと額に青筋を浮かべる鬼男に彼は素直に従う。しゃがむとちょうど鬼男から死角に入り、彼はにやあっと笑って書類を拾う彼女の手を握った。

「だ、いお…?」

それから頬に手を添えられて顔を近づけられる。優しく頬を撫でられたかと思えば、次の瞬間唇に温かいものが当たって。

「!?」

ほんの一瞬。唇が離れると彼はニヤリと悪戯に笑っていた。

「仕方ないなー。でもこれが終わったら休憩入れてねー?」

彼は書類をまとめて立ち上がり、何事もなかったかのように仕事へ戻る。鬼男には見えていなかったので、赤面して突っ立っている彼女が不自然だった。

「名前?」
「は、はいっ?」
「顔赤いけど…何かあったんですか?」
「えっ、あ、いえっ」

カァッと下を向いたらちょうどニヤリと笑っている彼と目が合った。彼女は慌てて目を逸らして席につく。

「ふふ、なんかやる気出ちゃった」

彼は満足げに彼女に微笑むと彼女は一層赤面するばかりで。

「…何故です?」

怪訝そうな顔の鬼男は2人の顔を行ったり来たり視線を動かす。彼はにこにこと彼女に微笑むのを止めず、上機嫌に頬杖をついた。

「えへへ、なーいしょ」

にへらーっとだらしない顔に鬼男はだんだん苛々してきた。それに気づいた彼は慌てて口元を引き締め、ペンを手に取る。

「でもちょっとした休憩になったね、名前ちゃん」
「大王っ」
「えへ。さてもう一頑張り!」

彼はまたサインを書き出した。


END
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終始ほのぼのにするはずが中間に若干シリアスっぽい雰囲気が…(笑)自分の発言で主と鬼男くんにつらい過去を思い出させちゃうと気づいた閻魔が空気を和ませようと思ってやった行いということにしておいてください。でも1番いい思いをしたのは閻魔なんですけどね。鬼男くんは和ませてもらってないけど赤面な主にもやもやして気は紛れたと思います(笑)
名前様、お付き合いありがとうございました。
20120718
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