「…さて」

下界に下りてきた閻魔様は自分の能力を使って人の記憶を捏造し、他人に成り済ますことができます。しかし閻魔様は敢えてありのままの自分の姿で下界に下りてきました。黒髪が肩につかない程度の長さで外ハネになっており、ハーフアップに結ばれています。服装は現代人風にしようと思いましたが今日のところは黒のシャツにジーパンというラフな格好です。目の色が赤というのはさすがにまずいと思ったので魔法を使って黒目に変身しました。ただし能力を使っているときに赤くなってしまうのは避けられないようです。

「こんなもんかな」

自分の体を確認しながら閻魔様は呟きました。今は夜9時くらい。ぼんやり月を見上げます。

(人間の体って久々だなぁ…どういうことまでできるんだろう…)

閻魔様は行く先もなくてくてく歩きます。名前ちゃんの住んでるところの近くにマンションを借りようかな、などと考えながらひたすら足を進めるだけです。…ふと、見覚えのある顔に出くわしました。

「…あいつ、」

塾の帰りなのでしょうか。参考書を読みながらイヤホンをして夜道を1人で歩く男がいました。男はただ黙々と参考書を読み進めながら家路を急ぎます。今の世の中は物騒ですから、何が起こるか分からないからです。

(名前ちゃんのこと好きって言ってた奴だ)
(図々しいなぁ、俺の名前ちゃんなのに、)
(人間の体ではどんなことまでできるんだろう)

閻魔様はふわりと笑いました。

「ねぇねぇ、きみ、」
「、はい?」

閻魔様が近づいていくと、男はイヤホンを外しました。長身の閻魔様をちらりと見上げ、それからふっと気を緩ませます。閻魔様の笑顔があまりにも完璧すぎて安心してしまったようです。

「きみ、名前は?」
「…何故ですか?」

しかし閻魔様の問い掛けにより、男はまた警戒をはじめました。見知らぬ男に名前を聞かれて名乗る者などおりません。閻魔様は静かに拳に力を入れます。

「まあ、どっちでもいいか。何してたの?塾かな?今から家に帰るの?帰ったら何するの?明日の授業の予習?それとも名前ちゃんにメール?毎日メールしてるよね?何で?好きなの?名前ちゃんがフリーだと思ってるの?名前ちゃんをどうしたいの?」
「え、ちょっと、っ」
「…名前ちゃんは俺のだよ?だから、あげない」

閻魔様はもう1度とびきりの笑顔を浮かべてから、男の頬を拳で殴りました。油断していた男の頬に綺麗にヒット。その瞬間にごきんと聞こえたのは何の音でしょうか。男はどさりとその場に倒れます。

「…あれ、?」

倒れてからなかなか起き上がらないな、と閻魔様は不思議に思いました。ただ軽く殴っただけなのにどうしたのでしょう。閻魔様は男の傍にしゃがみます。すると、何ということでしょう、男は息をしていませんでした。眠っているようにも見えるそれですが、首の骨は不自然に曲がっています。

(殴った勢いで首の骨がイッちゃった?…うそ、人間って、すごく弱い)

殴った拍子にごきんと鳴ったのはこれだったのでしょうか。首の骨は折れ、男は死んでしまいました。眠っているように安らかに、それでもあっという間に逝ってしまったのです。

(とりあえず、隠さなきゃ…、)

閻魔様は立ち上がり、はあ、と大きなため息をつきました。面倒臭いことをしてしまったと今頃になって反省です。人間にバレたら犯罪者扱いですし、冥界にバレても禁忌ですからいっそう強い呪いをかけられてしまうでしょう。閻魔様はふと自分の拳に目を向けました。

「あ」

すると自分の拳も歪に変形していました。きっと殴ったときに折れたのでしょう、拳の骨の形が歪んでいます。人間の体は脆いのです。

(人間の体、慣れるまで大変そう)

閻魔様は困ったように眉を下げました。とにかくこの男を処理しなければ。魔法を使って自分の拳を治療しながら、ぎらつく真っ赤な目で男の死体を見つめていました。
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