こうして名前ちゃんは転生に成功しました。鬼男くんが言った通り、名前ちゃんの転生に気づく者は誰もいませんでした。閻魔様と鬼男くんは思わずにんまり。水晶玉を覗く2人はとても幸せそうです。名前ちゃんはおぎゃあ、と産声を上げて元気に誕生しました。

「あー、名前ちゃんかーわいい」
「本当ですね」

母親に頬を撫でられて名前ちゃんはいっそう泣きわめいて自分を主張します。閻魔様ははふうとため息をつきました。

「名前ちゃん可愛いなあ。おっきくなったらもっと可愛いだろうなあ」
「そうですね。でも下界ばかり覗いていないで仕事中はこちらに集中してくださいよ」
「分かってるよー。…それにしても、本当に可愛い。名前ちゃん可愛いよ」

それは初めて孫の顔を見たおじいちゃんのような喜び方でした。何度も同じことを繰り返しながら顔全体を緩ませています。閻魔様は本当に幸せそうです。

「…、良かったですね、大王」
「うん。鬼男くん本当にありがとう。俺本当は幸せになっちゃいけないのに、すごく幸せだよ。どうしよう」
「幸せになっちゃいけないわけないでしょう。大王だって幸せになっていいんです。でも、あまりにも調子に乗ってたら僕が刺してあげます」
「ええええひどい!」

爪を伸ばして見せると、閻魔様はびくっと肩を上げました。鬼男くんはふふ、と笑顔を見せます。

「冗談ですよ。…良かったですね、大王」

鬼男くんもとても幸せそうな顔をしていました。長年仕えていた閻魔様が初めて自分に見せた心の底からの笑顔だと感じたからです。名前ちゃんを転生させ、感謝される以上に嬉しいことです。

「うん。ありがとう」

閻魔様はもう1度、水晶玉に視線を戻しました。




それから、閻魔様は毎日毎日水晶玉を見つめていました。朝1番、仕事の合間や休憩中、仕事が終わった後、そして寝る前、いつも水晶玉を見つめて幸せそうに目を細めていました。

とても、幸せそう、でした。




今日は名前ちゃんの16回目の誕生日です。閻魔様が期待していた通り、名前ちゃんは大きくなるにつれて可愛らしく美しく成長しました。性格はやや大人しめですが、優しく暖かい心を持った女の子です。閻魔様はとても嬉しく思っていました。

「………」

しかし、水晶玉を見つめる閻魔様は、今はもう笑顔ではありません。あんなにきらきら輝いた目で水晶玉を見つめていた閻魔様はどこにもいません。閻魔様は冷たい目をしたまま水晶玉を見下ろすように名前ちゃんを眺めていました。

「あれ、大王。今日は早いですね」

開庁にはまだ早い時間ですが、真面目な鬼男くんは朝早くから判決室に顔を出しました。まさか閻魔様がいるとは思っていなかった鬼男くんは意外そうに目を開いたまま閻魔様に近づきます。そして閻魔様の異変に気づきました。

「…どうしたんですか?」

鬼男くんは薄々気づいていました。最近閻魔様に元気がないのです。名前ちゃんを可愛い可愛いと言わなくなりましたし、むしろ名前ちゃんのことを話題に出せば表情が暗くなります。それでも、今日は比ではないくらい落ち込んでいるように見えました。閻魔様は切なげにふふ、と口元を引き攣らせます。

「今日、名前ちゃんの誕生日なんだ」
「へぇ、おめでとうございます。何歳になったんです?」
「16歳。…早いもんだよね。あんなに小さかったのに、もう高校生かぁ」

4月生まれの名前ちゃんは皆より一足先にお誕生日を迎えますが、それでもまだ高校1年生。鬼男くんは眉を顰めます。

「どうしたんです、まだ高校生ですよ?寿命だってまだまだあるんですよ?何をそんなに悲観的になっているんですか?」
「うん。そうなんだけどね…うん。名前ちゃんが死んでくれた方がまだ許せるんだ」
「え?」

名前ちゃんが生きていることが俺の幸せだといつか閻魔様は言っていました。鬼男くんは嬉しく思いました。名前ちゃんが生き続けていたら閻魔様の幸せそうな笑顔を見られると思ったからです。でも今はそれとまったく反対のことを言っています。鬼男くんは閻魔様を見つめ、怪訝そうな顔をしました。

「もう高校生かぁ…」

閻魔様はもう1度呟きました。これには訳があったのです。名前ちゃんは閻魔様の期待通りに成長しましたが、そのせいで周囲にモテはじめてしまったのです。高校生となればそろそろそういうお年頃。今まで恋をしていなかった名前ちゃんもだんだん恋愛に興味が出てきます。閻魔様はそれがとても心配でした。名前ちゃんの幸せは自分の幸せだといくら言い聞かせてもだめなのです。名前ちゃんが他の男となんて、と閻魔様は目を光らせました。幸せになってはいけないのに心のどこかでは名前ちゃんとの幸せを望んでいたのです。

「鬼男くん、怒らないで聞いて」

閻魔様はぼそりと言葉を落としました。鬼男くんは素直に頷きます。

「俺、名前ちゃんを転生させなきゃ良かったって思ってる。名前ちゃんを殺しちゃいたいよ。苦しい。見ててすごく苦しいんだ。最近名前ちゃんに言い寄る男がいるの。俺だって名前ちゃんと話したい、のに。でも俺が下界の人間を殺すのは禁忌だから、我慢して見てる。でもすごく苦しいよ。鬼男くん、ごめんね。つらい。どうしたらいいの。俺、もう、」

閻魔様はひどく苦しそうな顔をしていました。ぺらぺらと喋っていたのに急に言葉を詰まらせます。ぴくっと眉を吊り上げ、閻魔様はハッとした顔をしました。

「…大王…?」
「…ごめんね、鬼男くん」

鬼男くんの不安を感じ取ったのでしょうか、閻魔様は鬼男くんにふわりと笑いかけました。怖い顔してごめんね、鬼男くんごめんね。閻魔様は謝り続けます。鬼男くんは分かりませんでした。何故閻魔様が自分に謝るのだろうと。

「大王?どうしたんですか?謝らないでください」
「ううん、ごめんね。俺酷いことをするんだ」
「酷いこと?何です?」
「鬼男くん、ごめん、ごめんね、」
「だい、」
「ごめんね」

鬼男くんが口を開こうとすると、閻魔様の目が急に見開かれました。申し訳なさそうに下げていた眉も真剣な様子で吊り上がっています。深紅の双眼で射抜かれ、鬼男くんはハッと息を詰まらせました。

「3分。…それから、迷惑かけると思う。ごめんね」

先程の険しい顔の閻魔様はもういません。また申し訳なさそうに小さく笑うと、閻魔様は鬼男くんに背中を向けて判決室を出ていってしまいました。

(だい、お、)

鬼男くんは声を出そうとしてびっくりしました。声が出ないのです。閻魔様を追いかけようとしますが足さえ動きません。指一本動かせない状況です。

(…呪縛、か)

鬼男くんは遠ざかる足音を聞きながら諦めたように体の力を抜きました。閻魔様の呪縛はとても強いものですから閻魔様の意志以外では解けないことを知っているのです。鬼男くんは思い出しました。閻魔様は3分と言っていました。

(そういうことか…)

鬼男くんは全てを悟りました。閻魔様は下界へ下りていったのです。こんな朝早くから閻魔様を監視する者はいません。閻魔様の傍にいたのは鬼男くん1人です。迷惑をかけると言っていたのは、閻魔様がいなくなった後のことを言っているのでしょう。閻魔様はすぐに戻ってくる気はないということです。

(、あのイカ、覚えてろ…)

鬼男くんはそう思いながら、静かに幸せを噛み締めていました。閻魔様が幸せに貪欲になった姿を見たのは、これが初めてだったのですから。
(  )
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -