ボスの部屋から聴こえる音には変化がありました。キャッキャと賑やかな笑い声と騒がしい足音が絶えないのです。今まで生きてるのか死んでるのか分からないほど静かだった部屋からこんな音が聞こえてくるのです、隊員が動揺しないはずもありません。

「ムゥ…」

レヴィは眉をしかめました。これからボスの部屋へ報告書を提出しに行くのですが、タイミングが掴めません。絶えず愉しげな部屋へ自分が入っていいものなのか分からないのです。しかし報告書を提出しないわけにもいきません。レヴィは意を決してボスの部屋をノックしました。
コンコン
返事はありません。部屋の中は相変わらず愉しげです。こんなことに負けてはいられません。

「ぼ、ボス!報告書を御持ちしました!」
「あぁ、入れ」

ボスの低い声が届き、レヴィはごくりと唾を飲みました。ゆっくりとドアを開きます。中が見えてくると、レヴィは驚いてしまいました。名前ちゃんとベスターが無邪気にじゃれあって笑っているのもびっくりしたのですが、何よりボスがソファに座ったまま名前ちゃんの様子をじっと見つめていたことにびっくりしたのです。ボスは今までに酒と肉以外に興味を持つことがなかったので、レヴィが驚くのも無理はありません。レヴィは申し訳なさそうに中へ進み、ボスに報告書を差し出します。

「報告書です」
「あぁ」

ボスはレヴィを見ようともしません。面倒臭そうに片手で受け取ると出てけとばかりに無言を貫きます。レヴィ何だか面白くありません。

「ボス、あの…」
「…」
「あの!」

レヴィは急に大きな声を出すものですから、ボスは勿論名前ちゃんも動きを止めました。ふたりの視線がレヴィに集中します。名前ちゃんはベスターの尻尾を手放すと、レヴィの許へ走ってきます。

「申し上げにくいのですが、この部屋ではボスがゆっくりできないのではないですか…?」

レヴィがそう言うと、ボスは下からレヴィを睨み上げました。さすがは暗殺部隊のボス、目力だけで人が殺せてしまいそうです。

「あっあの…」

レヴィの額からは汗がだらだら出てきました。言ってしまったのです。勿論ボスを思って言ったことですがボスが望んでいる言葉ではありません。レヴィは死を感じました。

「ねえそれみせてー!」

そのとき、レヴィの足に名前ちゃんが抱きつきました。名前ちゃんの目はキラキラ光っています。レヴィは訳が分からずにしゃがむと、名前ちゃんは手を伸ばし、レヴィのピアスに触りました。チラリとボスを見るとボスも名前ちゃんの行動に驚いている様子です。レヴィはこの際言いたいことを言ってしまおうと思いました。

「もしボスがお嫌でなければ俺が代わりに子守りをします!」

ボスの睨みが先程よりきつくなっているのは気のせいではありません。怒りのあまりボスの眉間の皺は深く刻まれ、手の中が光っていきます。レヴィは再び死を感じました。

「ドカスが…」

ボスは殺意を隠そうともしていませんでした。が、名前ちゃんはそれを感じていないようです。

「わたしこのひととあそぶ!」

名前ちゃんはレヴィに抱きつきながらボスの方を向きました。きょとんとしたボスの顔は貴重でしょう。レヴィは命拾いをしたようです。

「ねえぼすいーい?」
「…好きにしろ」

ボスはショックを受けているようにも聞こえました。わーいとはしゃぐ名前ちゃんはレヴィの背中によじ登り、勝手におんぶをさせました。

「ではボス、ゆっくりお休みください…」

レヴィはボスに一礼し、部屋を後にしました。




***




レヴィは自室に名前ちゃんを連れ込んだ後、その場にずるずると座り込みました。あのボスに出過ぎた真似をしてしまったのです、明日からの命は保証されません。どうしたのーと背中から声がしますがレヴィの耳には届いていないようです。がっくりと項垂れているレヴィを見て、名前ちゃんは少々心配になってしまいました。ずるずる背中から床へ着地し、レヴィの正面へ回り込みます。

「ねえおじちゃん、大丈夫?」
「ム…」

おじちゃんと言われたのがショックでレヴィは顔を上げました。くりくりのおめめと目が合います。白くて滑らかそうな肌に長い睫毛で影が落ちていました。レヴィは思わず息を飲みます。

「おじちゃん、かなしいの?」
「何故だ」
「げんきがないから…」

名前ちゃんはとても優しい子でした。背伸びをして手を伸ばしたかと思えばレヴィの頭を撫でてあげたのです。小さくて少し湿気のある手のひらに撫でられる感触は何とも心地好く、レヴィは頬を染め上げます。

「な、何をするのだ!」
「いいこいいこってすると、あんしんするでしょ?」

名前ちゃんはレヴィに笑って見せました。白い歯はまだ小さな乳歯で、ぷっくりとした唇に不釣り合いな気がします。レヴィはその手を払うこともできず、困った様子で受け入れていました。

「あなたおなまえは?」
「レヴィ・ア・タンだ」
「れ、れび…?」
「ム…レヴィで構わん…」

名前ちゃんが難しそうな顔をしながら手を止めてしまったのでレヴィは一瞬慌てましたが、名前ちゃんが膝に登ってきたので嫌われたわけではないと安心しました。名前ちゃんはレヴィの首へ腕を回します。

「よろしくね、れびー!」
「あぁ…」

れびー、なんと愛らしい呼び方だ…。レヴィはうっとりとしてしまいますが流石に幼い子にときめいてしまうのは犯罪です。いかんいかんと首を振りました。ころころ変わるレヴィの顔色を、名前ちゃんは大変面白そうに眺めていました。

「れびーまだかなしいの?」
「そ、そうではないが…」
「じゃあ、おまじないしてあげる!」

名前ちゃんはレヴィの顔のピアスを弄りながらレヴィに笑いかけると、そのままほっぺへキスを落としました。ちゅっと可愛らしいリップ音にレヴィは完全にフリーズしてしまいます。

「ままによくやってもらうの!」

名前ちゃんの言葉はレヴィに届きません。真っ赤な林檎のように頬を染め、レヴィはその場へ倒れました。その衝撃からなのか、あるいは…、兎に角レヴィは鼻血まで出しています。

「きゃー!れびーどうしたの!?」

名前ちゃんは慌ててレヴィの膝から飛び降りてレヴィの顔をぺちぺち叩きますがやはり反応はありません。レヴィは薄ら笑いを浮かべながら白目を剥いていたのです。

(明日ボスに殺されるなら…ここで死んでも悔いはなし…)

名前ちゃんはレヴィの嫌らしい下心にも気づかず、助けを呼ぼうと大急ぎで部屋を出ていってしまうのでした。
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