「私、分かったよ!」

嫌な予感がする。
笑顔で俺の部屋へ入ってきた名前。機嫌がいいときはクソボスが絡んでいるなんて分かりきっていることだ。だからこそ、嫌な予感。俺の幸せが崩れる、予感。

「入ってきて早々何だぁ?」

平静を装って笑いかけると、名前は甘えるように俺の手をとって、そこへ自分の頬を押し付けた。

「スクの手が好きな理由」

えへへ、と微笑む名前にちょっと、いや、かなり胸が高鳴った。理由なんかどうだっていい。俺は好きって言われるだけで幸せだ。

「…なんだぁ?」

すりすり擦り寄る名前が可愛くて、つい訊いた。別に理由が聞きたかったわけじゃねえのに、話を繋ぐために。

そしたら、予感は的中。

「スクの手、ザンザスに似てるんだよねぇ」
「……は、」

ほら、やっぱりそうだろ?こいつの機嫌がいいときはクソボスが絡んでやがんだ。

「ごつごつしてて大きくて、不器用なんだけど優しくて、あったかい」
「…クソボスと一緒にすんなぁ」
「でも似てるんだもん。好き」

すりすりと幸せそうな笑顔を浮かべる名前。結局のところ、こいつは俺のことなんか見ちゃいねえ。俺の手が好きだって言っても俺の手なんか見ちゃいなかったんだ。くそ、痛え。予想以上に痛えぞ。

「…そうかぁ…」
「スク?」

ショックがでかすぎて声が震えたか?名前が心配そうに顔を覗き込んでくる。情けねえ。こいつに俺の気持ちがバレるわけにはいかねえんだ。堪えろ、俺。堪えろ。

「…っ」

やっぱり無理だ。心臓がちぎれそうに痛え。これ以上会話を続けていたらバレる。そう感じた俺は名前の唇に自分の唇を押し当てた。

「、なに急に」
「俺んとこ来たってことは抱いてほしいってことだろぉ?さっさとスるぞぉ。俺は今日忙しいんだぁ」

そうだ、こいつはセックス以外で俺を求めねえ。分かっている。なのに、俺、

「…分かってんじゃんスク。シよ」

こんなときにも、こいつの笑顔にときめいている。







「熱心ですねー」

名前とシた後、部屋にいたくなくなって俺は談話室へ来た。ちょうど任務のことでフランに忠告もあったから、フランがいそうなところを探してここに辿り着いたんだが。

「…何のことだぁ」

見つけたフランは煎餅を食いながら俺を見つめていた。

「彼女ですよー。毎日毎日ミーの部屋まであんあん聞こえますー」
「き、こえんのかぁ…」
「まあ、耳を澄ませばですけどー。術師は耳が良いんですよー」
「わりぃ…」
「いいですけどー、本命じゃないんでしょー?」

ふとそんなことを言われた。本命じゃない?名前が本命じゃないわけねえだろ。

「何でだぁ?」
「だっていつも体だけじゃないですかー。普通ならもっといちゃいちゃするんじゃないですかー?」
「会話まで聞こえてやがんのかぁ!?」
「違いますよー。ただ、部屋に入ってから喘ぎ声までの時間が短いなーって思っただけですー。喘ぎ声が止んだらすぐ出てっちゃいますしー」

でもどっかで聞いたことある声ですねー、とフラン。ザンザスの女なんだから皆知っている。バレたら命はねえ。

「見たことあんのかぁ?」
「見たことはないですー。この人が隊長と、なんて考えたら気まずいですしねー。見られちゃマズい相手なんですかー?」
「…いや、そうじゃねえ。誰にも見せたくねぇだけだぁ」
「独占欲強いんですねー…」

墓穴を掘ってしまったと感じてすぐに繋げた嘘。フランは引いたようにげんなり口を開けたが、この際それでもいい。

「ただのセフレなら、本命彼女作ればいいじゃないですかー。下に隊長狙いが多いの知ってますー?」

フランはまた煎餅をかじる。知らねえわけじゃねえ、けど。

「要らねぇ」
「何でですかー?」
「そんなもんがいたら気持ちがフラフラして仕事にならねえだろぉ」

何で要らないのか、それは名前がいるから。フランの言うとおり、俺と名前はただのセフレだ。名前は俺の女じゃねえ。束縛もされてねぇ。俺が女を作ってこの関係を終わらせても名前は俺以外の男と寝るようになるだけだ。今だって他の男と寝てるような奴だしな。だが、俺が作りたくねぇんだ。名前を自分の中で特別にしておきてぇ。他の女を特別になんか考えられねぇ。

「…そうですかー」

フランは残念そうに煎餅を噛み砕いた。


(( 愚かでも、愛しい人と ))
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