ボスはたいそう不機嫌でした。ボンゴレの会議だか何だか知りませんが、あのボスを外出させる理由にはなりません。それなのに、沢田綱吉はわがままなのでわざわざボスを本部まで呼んで会議をしたのです。普段動きたがらないボスはそれだけでとっても苛々していました。それなのに。
キキィーッ
アジトへ帰る途中、車が急停止しました。苛々していたボスはますます苛立ちます。運転手であるスクアーロが乗っている方向を睨みながらボスは手の中をコォォォ…と光らせました。

「おい、カス鮫」

地を這うような低音がボスの口から放たれます。大きくない声でしょうが、しっかりとスクアーロに届いていました。

「ち、ちげぇ、ガキが飛び出してきたんだぁ!」

だから俺は悪くねぇ、という意味合いでしょうが、ボスの怒りはそんな言い訳ではおさまりません。自分から近い窓のガラスを割りました。1台数億もする車だというのに、やはり御曹司のやることは違います。舌打ちしながらボスは車を降りました。飛び出してきた子供を注意するのでしょうか。…いえ、ボスの注意は殺人に近いでしょうね。

「おい、テメェ」

ボスは道の真ん中でぺたんと座っている女の子に声を掛けました。ボスの目は間違いなく殺戮者のような目です。女の子はボスのギラギラした目とも目を合わせないまま俯いていました。ふるふる震える肩がとても小さく、まだ幼い少女だということが分かります。女の子の嗚咽が聞こえました。

「おい、無視してんじゃねえ」

ボスはプライドが高いので無視されると少し傷つきます。ズカズカと女の子の近くまで歩みを進め、その長身を屈めることなく女の子を見下ろしました。女の子は急に周りが陰ってしまったことにびっくりしてガバッと顔を上げます。女の子は泣きじゃくっていました。

「ふ、ぅえ…っ、やぁ、こわいぃ…っ」
「あ?」

ボスは女の子の顔を見てびっくりしてしまいます。女の子はとっても可愛い子だったのです。大きくてくりくりの目にたっぷり涙を浮かべ、不安そうに眉を下げています。小さな鼻にぷくりとした唇、ボス、ストライクです。

「て…っ、テメェ…」

ボスは動揺します。俺はロリコンになったのか、いや、ちげぇ、じゃあ何故。真紅の目がちろちろ忙しなく動いています。

「テメェは、どこのもんだ」

相変わらず身を屈めることのないボスをじーっと見上げる女の子もまた相も変わらず立とうとはしません。

「わからないの…ままといっしょにここにきて、それで、ままはきえちゃったの…」
「あ?」

何を訳の分からないこと言ってやがる、とボスは眉を顰めます。大体ボスはどこから来たのかと訊いたのです。どうやってきたのかなんて興味ありません。するとそのとき、車のドアが開いてスクアーロが乱入してきました。

「う゛ぉぉい、何だそいつ、日本のガキかぁ?」
「…、何故日本人だと分かる」
「さっきから日本語で喋ってるじゃねえかぁ」

先程までツナと日本語で喋っていたことや、女の子が可愛すぎて動揺していたことで言葉の感覚なんて忘れてしまっていたのです。ボスはショックを受けました。まさかスクアーロに気づかされるなんて。もちろんショックを受けたってボスは無表情です。

「フン、カス鮫が」

ボスは吐き捨てるようにそう呟くと、女の子の背中の服を引っ張り、そのまま持ち上げてしまいました。母親に運ばれる猫のようです。女の子はびっくりして地面につかない手足をじたばたさせますが、ボスにとってはそんなもの抵抗なんかにはなりません。ボスはスクアーロを睨むように見つめました。

「母親が来るまでこのガキを保護するぞ」




***




スクアーロの言葉にベルとフランは真顔のまま口を開けていました。レヴィとルッスーリアは何だか嬉しそうな顔をしていますが、言った本人も少し気まずそうな顔です。

「は?今なんて?」
「だ、だからよぉ…」
「ヴァリアーでその子を保護するって聞こえたんですけどー」
「だからそう言ってんだろぉ!」
「ボスがそんなこと言うわけねーじゃん、ばかじゃねえの」
「俺も耳を疑ったけど本当なんだよぉ!」

スクアーロはちらりと自分の膝を見ました。彼の隊服の裾をきゅうと握りしめていたのは先程の女の子です。女の子は上目遣いをしたままその目を忙しなく動かしています。不安げに、しかし好奇心の混ざった視線を幹部全員に飛ばして落ち着きのないようにスクアーロの裾を握りしめるのです。

「で?」

ベルはズカズカと近づいてくると自分よりずっと小さい女の子と目線を合わせるようにしゃがみました。急に目の前に現れた金髪にびっくりしてしまい、女の子は大袈裟に肩を上げてスクアーロの陰へ隠れてしまいます。

「お前、術師なんじゃねーの?」

ベルは隠れることを許さないとでも言うように女の子の手首を掴み、自分の方へ引き寄せました。怯えた瞳が潤んでいます。

「や…っ、はなして…!」
「!こいつ日本人かよ」

子犬のように可愛い瞳でベルを見つめる女の子はベルから逃れるために掴まれていない方の手でベルの腕をぺちぺち叩きますが効果はありません。ベルはにやりと笑います。

「へぇ、よく見ると可愛いじゃん」
「あれー、先輩ロリコンになったんですかー?」
「ちげぇっての」
「それに、その子は術師でも何でもないですよー」
「何で分かんだよ」
「ミーの勘ですけどー…」

ベルの隣にフランが並び、同様に身を屈ませました。フランの被り物を見て女の子は少し目を輝かせます。感動したように頬を紅潮させてフランへ手を伸ばします。

「んー、これは…」

フランは自分の被り物を女の子に触らせながら顎に手を当てて何やら考えている様子です。何だよ、と言いたげなベルはそれをじっと見つめます。

「幻覚で惑わされてるわけじゃなさそうですー。ヴァリアーの平均年齢を考えればこの子が可愛く見えても仕方ないってことですねー」

皆いい歳したおじさんなんですからーと付け加えるフランにベルが急かさずナイフを刺しました。背後でそうよとルッスーリアが笑います。

「もう皆お父さんになってもいい歳だもの、ボスもこの子を放っておけないくらい大人になったってことよぉ〜」

ルッスーリアはくねくねと腰を揺らしながら女の子を見つめていました。女の子はまだフランの被り物を触って無邪気に笑っています。フランは相変わらず素直に触らせながら考え込んでいます。

「ミーだって幹部の中では最年少のはずなのに何で可愛がられないんですかー」
「それはお前が可愛くないからだっての」
「げろっ」

再びナイフを刺されましたが大して痛そうにしていません。スクアーロはやれやれというように女の子の体を持ち、ひょいと浮かせます。

「とりあえずてめえら、こいつの面倒を見てやれよぉ」

スクアーロはそれだけ言うと女の子を持ち上げたまま解散を告げ、部屋を出ていってしまいました。幹部達は尚も賑やかに女の子のことを語ったりボスの変化を語っていましたが、レヴィは黙り、女の子が出ていった方向をじっと見つめていました。
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