※夫婦設定

彼女は彼の肩から手を退かすと、彼の背後から彼を覗き込むように顔を近づける。

「他痛いところない?」

彼女が優しく訊くと、彼は頷きも返事もしないが片手を少しだけ上げて見せた。彼女はにこりと笑ってソファに座っている彼の隣へ行き、腰を下ろす。

「今日もお疲れさま」
「あぁ」

毎晩の日課であるマッサージを終えた彼女は甘えたように彼の肩に体を凭れ掛け、体重を預ける。家事を熟した後だというのに毎日健気に彼を労る彼女に彼はちらりと視線を投げた。

「おい」
「ん?」

彼は彼女の首根っこを掴むように彼女の服の襟を掴み、自分に背を向けさせるように座らせ直した。

「俺にもやらせろ」

いつも通りの声だが彼女にはすぐ機嫌がいいのだと分かる。彼は幾分か好奇心があるような手つきで彼女の肩へ手を伸ばした。




(( 肩揉み ))




「ッいたたただ!」

彼女が悲鳴のような声を上げると、彼は少々鬱陶しそうに手を止めた。彼女は肩を押さえながら振り向く。

「加減って言葉知らないの!?」
「強い方が良いだろ」
「ザンザスはね」

彼女は口を尖らせながら続きを催促した。滅多に怒らない彼女が声を荒げたことが気になり、彼は恐る恐る手を伸ばす。先程の10分の1程の力で触ってみると彼女は大人しくなった。

(こんなもんで満足できるのか…)

自分の握力を把握していない彼はやや驚きを隠せない表情だ。

「気持ちいい」
「そうか」
「ザンザス上手いね」
「…」

それは彼にとって揉むと言うよりも“撫でる”や“触れる”に近い。やんわりとした刺激だが彼の指は彼女を翻弄させていく。暫く続けると彼女はとろんとした目つきになっていった。彼も彼女も言葉を発しないので部屋の中はしんとしている。微かに彼女の息遣いが聴こえるだけだ。彼から受ける圧力で押し出されるように短く息を吐く彼女はまるで息切れでもしているように聴こえる。彼はいつも彼女にやってもらっているような丹念なマッサージとは言えないが丁寧な手つきで凝りを解していった。

「…ザンザス、」

ふと、彼女が声を漏らす。弱々しい声だが熱を帯び、それがどんなときに出される声なのか長年の付き合いで分かっている彼は手も止めずに耳を傾ける。

「何だ」
「だいぶ、よくなった、から、もう、だいじょうぶ、だよ」

ぐっぐっと彼からかかる圧力で途切れ途切れになる言葉に彼は目を細める。付き合っていた頃は相手の言葉をそのまま受け止めていたのだが、夫婦にもなればだんだん変わってくる。彼女の言葉の裏に隠された気持ちも読み取れるようになってきたのだ。素直に手を止めることもなく彼は相も変わらずマッサージを続け、彼女の首筋に唇を近づけた。

「体が温まってきたな、このまま寝るか?」
「う、ん」

わざと彼女が好きだという低音で囁けば彼女もぴくりと僅かに肩を震わせた。お互いそんな気はさらさらなく、このまま寝ることを望んでいるわけではない。血行が良くなったからではないその体の火照りに気づきながらも彼はやっと彼女から手を離すと、自分を見上げる彼女をじろりと見つめながら口を開く。

「本当に寝ていいんだな」
「え」

彼はソファから立ち上がり、彼女を見下ろす。彼女はきょとんとするが、暫くするとやっと意味を理解したようにボンッと顔を赤くした。同じく赤い彼の目は彼女を鋭く見つめている。

「あ、の、ザンザス、気づいて、?」
「さぁな。寝るぞ」

そう言って彼女の腕を引っ張って無理矢理立たせた後、彼女の腰に腕を回して乱暴に担ぎ上げた。向かう先は寝室なのだろうが、彼女は慌てて引き止める。

「ちょ、ちょっと待って、ザンザス、」
「寝るんだろ?」

ずかずかと長い脚で運ばれてしまえばすぐ寝室に着く。担ぎ上げられたときと同様に乱暴にベッドの上に降ろされる。いつもなら上に乗っかってくる彼も今日は大人しく彼女の隣に寝転がり、寝る準備をしていた。

「ざ、ザンザス…」

彼女は弱々しく彼の肩を引っ張りながら声を掛けるが、彼は意地悪くちらりと視線を飛ばすだけ。彼女は羞恥で今にも泣きそうだ。

「ねぇ…分かってるなら、意地悪しないで…?」

彼女がそう言っても彼はじっと彼女を見つめるだけ。深紅の双眼で射抜かれるとどうしても追い詰められているような感覚に陥ってしまうせいか、彼女はもじもじと体を動かした。

「は、う…」

ちゃんと言わなければ彼は何もしてくれないと分かり、彼女はぎゅうっとシーツを掴む。カタカタ震える手を見て彼は僅かに口角を上げた。

「あの、さ、ザンザスに触られて、あの、熱くなっちゃったの、」

だから何だと言い返してやろうかと思ったがこれ以上虐めたら間違いなく泣き出すと判断し、彼は彼女の方へ寝返りをうつ。自分から誘うという経験が殆どない彼女は未だ言葉を探すようにちろちろ視線を泳がせていた。彼は愛しさに目を細めながら何も言わずに彼女へ腕を広げて見せる。彼女は真っ赤な顔で彼に抱き着き、彼の首筋に顔を埋めた。

「カスが、最初からそう言え」
「は、う…もう、いじわる…っ」

彼は笑いを必死に堪えて彼女の耳にキスを落としながら、彼女の体を自分の上から退けると、逆にその上に自分が乗った。欲情的な視線で彼を見上げる彼女は火照りすぎてまるで熱が出ているようで。

「口開けろ」

彼は素っ気なくそれだけ言うと、素直に口を開いた彼女に口づけた。


END
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やらしい気持ちもないただのマッサージに勝手に欲情しちゃう主を書きたかっただけのお話。ザンザスの指で撫でられたい願望が激しいです。いい夫婦の日なので甘くしてみました。名前様、お付き合いありがとうございました。
20121122
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