ボスは大変苛々していました。あれから何日も名前ちゃんから隔離されて過ごしていたのです。あんなに可愛い天使を急に取り上げられたら誰だって苛々してしまうでしょう。ボスは耐えられなくなり、スクアーロを呼び出しました。

「おい、あのガキを連れてこい」
「テメェ仕事しねえだろぉ!」
「るせぇ」
「きっちりやることやってればいいんだがなぁ、やんねえから問題なんだぁ!」

スクアーロはボスを恐れることもせずお説教をします。ボスはもうこれ以上ないくらいに苛々しているというのに、トドメを刺されたようです。手元にあった瓶をスクアーロに投げ付けました。ガシャンと派手な音を立てて瓶が割れますが、スクアーロは慣れっこです。

「ゔぉぉい、物に当たるんじゃねえ!」
「カス鮫が…カッ消す」

ボスの目は本気でした。連れてこなければ殺される、今回はいつものようなぬるい暴力ではない、と伝わってきます。スクアーロは大きく舌打ちをした後、渋々といった様子で部屋を出ていきました。




***




ドアが開いた瞬間、名前ちゃんは走って部屋に入ってきました。ボスは嬉しくて思わず立ち上がります。とてとてと危なっかしく駆ける名前ちゃんを見守るボスの目は先程と打って変わって優しい目です。

「ぼす!ひさしぶり!」

名前ちゃんはボスの許へ辿り着くと迷わずその足に抱きつきました。なんて可愛いのでしょう。ボスは口端がひくりと動き、名前ちゃんを抱き上げました。足の浮いた名前ちゃんは目を輝かせながらボスを見つめます。

「ぼす、べすたーは?」
「…」

部屋の隅ではブハッとスクアーロが吹き出す声が聞こえました。名前ちゃんが目を輝かせながら楽しみにしていたのはボスに会うことではなくベスターと遊ぶことだったようです。ザンザスは静かに名前ちゃんを降ろします。

「今はいねぇ」
「おさんぽしてるの?」

名前ちゃんはベスターが匣兵器だなんて勿論知らないので首を傾げます。ボスは面白くないようでプイッと顔を背けてしまいました。部屋を見渡してもボスの言う通りどこにもいないようなので名前ちゃんは諦めて俯きます。

「ぼす、だっこ…」
「…」
「ぼすー…?」

名前ちゃんは甘えん坊です。何日も厳しいスクアーロと生活していたので余計寂しかったのか、そっぽを向いているボスのズボンを引っ張りました。その行動を叱ると思ったのかスクアーロはごくりと生唾を飲みましたが、ボスはあっさりこちらを向き、名前ちゃんを再び抱き上げました。

「フン…ドカスが」
「たか〜い!」

名前ちゃんはキャッキャと喜びながらボスの首へ腕を回します。ボスは名前ちゃんのおしりへ手を回して落ちないように固定すると、スクアーロに視線を移しました。

「いつまでそうしてやがる」

今すぐ出てけという意味合いなのでしょう、スクアーロに言い放ちました。スクアーロはびっくりです。まさか今日1日そうしていて仕事を投げ出そうとしているのではないかと焦りますが、止めても無駄だという顔をしています。ボスは頬に擦り寄る名前ちゃんに目を細めながらソファへと移動しました。すっかりまったり幸せモードに入ったふたりにスクアーロは居心地の悪さを感じます。

(何なんだぁ…俺が悪いみてえじゃねえかぁ…)

スクアーロは真面目さんなので大変許しがたいのですがボスの我儘では仕方ありません。諦めたように溜め息をつきました。と、その時です。

「失礼します!」

ノックもなしにガチャリとドアが開き、ひとりの隊員が入ってきました。ボスは勿論スクアーロもピシリと固まりました。なんと命知らずな者でしょう。幸せムードが凍り付き、ボスは膝の上から名前ちゃんを優しく退かすと隊員を睨み付けながら立ち上がります。

「何だ」

声の低さに隊員はびくりと肩を揺らしますが、命知らずな行為には訳があったようです。隊員は気を付けをしながらボスに声を張り上げました。

「大至急報告したいことが御座います!」
「だから何だ」
「そ、それは…ちょっとここでは…」

隊員は口ごもりながらソファに座っている名前ちゃんを見ました。ボスは気づかない様子で舌打ちをします。

「いいから早く言え、カス」
「は、はい、ではあの……探していました例の者ですが…」
「ゔぉぉい!」

隊員の言葉にボスとスクアーロはピンと来ました。隊員が報告したいというのは名前ちゃんの母親のことなのでしょう。スクアーロは即座に遮り、ボスを睨み付けました。

「場所を変えるぞぉ、クソボス」
「…」

ボスは一瞬名前ちゃんを見ると、少し寂しげな目をして部屋を出ていきました。




***




「…そうか」

話を終えたボスは珍しく視線が床に落ちていました。普段感情を表に出さないボスとしては大変珍しい光景です。スクアーロは慰めの言葉も見つからず、隊員にもういいと手で示します。隊員の遠ざかる足音を聞きながらもボスは何の反応も表しませんでした。スクアーロは下手なことを言ってプライドを傷つけるよりは敢えて何も言わないことを選びました。重苦しい空気を引きずったまま息を吐きます。

「ガキはこれからどうすんだぁ」
「…」
「母親が死んだことは伝えるのかぁ?」

ボスはやっと視線をスクアーロへ移します。その目はもう落ち着いていて普段と変わらず無表情でした。

「何も言わずに保護してろ」
「保護ってどういうことだぁ」
「…あいつはヴァリアーで育てていく」

ボスは名前ちゃんの待つ部屋へ向かいます。その足取りは重く、後ろをついて歩くスクアーロの表情も曇りました。あの暗殺部隊に育てられるのですから、幸せに暮らすなんて叶わないかもしれません。しかしボスは名前ちゃんを幸せにしてあげたいという気持ちでいっぱいです。ボスの思いも知らず、名前ちゃんは部屋で独り寂しく膝を抱えていたのでした。
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