ミスタ

「呼吸を乱すなよ。止めてもダメだ。静かにゆっくりと、一定の呼吸を繰り返せ。じゃないと手元が狂う」
銃口を向けられた相手に対してなんと冷静な態度だろう。それどころか、最愛の彼を手にかけなければならないわたしを同情する素振りさえ見せている。今からわたしに殺されるというのに、自分が教え込んだ銃で撃たれてしまうというのに、何も臆していない。涙で視界が滲むと、彼は自分の位置を解らせるかのように銃口に自分の胸を押し当てた。
「で、できないわ…、ミスタ、わたしはあなたを…っ」
「上からの指令なんだろ? 殺れよ。じゃねーと次はお前が狙われる」
「構わないわ、わたし、あなたと一緒に逃げたっていいの…」
喉から絞り出される声は酷く小さなものだった。彼に届いたかすら怪しい。こんなにも愛している彼を、こんなにも生き甲斐としている彼を、自らの手で失うくらいなら何に逆らっても怖くはない。彼は切なそうに眉を寄せ、わたしの額にキスを落とす。
「いい女だなァ、ますます惚れちまう。上に背くってことは俺に命を預けるってことだぜ。…俺に殺される覚悟はあんのか?」
ないなら引き金を引け、という意味なのか、胸板を更に押し付けられた。彼より大事なものなんてこの世には存在しない。それなのに、そんな彼に銃口を向けてしまった自分にさえ血の気が引く。
「ええ、貴方と一緒ならどんな死に方だって本望よ」
「Va bene.(上出来だ)」
彼は漸くわたしの銃から自身を退かした。銃を握っていた掌は力が入っていたせいで真っ白になっている。彼はそれに自分の掌を重ねると、もう逃がすまいとわたしを拐っていくのだ。
「プロポーズより重てェ誓いを交わしちまったな」
ニッ、と笑う彼は何だかとても幸せそうに見えた。
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