ミスタ
一瞬何が起こったのか解らなかった。
大通りから遠く離れたそのレストランは知る人ぞ知るお洒落で小ぢんまりとしたところで、オーナーの暖かいサービスやスタッフの細やかな気遣いが気に入っていた。客数は少ないものの、その客層はとても良く、優雅で気品のある者ばかりだ。食に頓着のない私をたまに連れ出し、こうして食事をとらせてくれる彼を私は心の底から愛していたし、この時間が私達ふたりの幸せだったのだ。
しかしどういう訳か、気付けば私の体は宙に浮き、彼の腕の中へ収まっている。激しい音と共に降ってくる窓ガラスの破片。私を庇うように背で包み、彼は銃を持っていた。
「チッ、ツイてねーぜ。だから4がつくといいことがねえッ!」
目の前の彼が途端に恐ろしくなる。パンッ、パンッ、と銃声が響き、火薬のにおいに私は震えた。人が死んでいくのだ。窓の外に転がる死体が酷く心臓を動かせる。
「ミ、ミスタ…、貴方、何をしているの…?」
「あーあ、バレちまった。とにかく説明はこいつらを殺ってからしてやるよッ!」
パンッ!
大きすぎる銃声に耳を塞ぎたいのに、目の前の光景が信じられず、どうにも動けない。彼に抱えられたままレストランを出ると、外に潜む人間にも躊躇いもなく弾丸を放っていく。
「これで全員かァ? プライベートもゆっくりできねーなんて俺も有名になったもんだぜ。ここのボスカイオーラが気に入ってたのによォ」
彼の言葉を理解できない。何を言っているのか解らないのだ。彼が誰で、何をしている人なのか、何故彼は狙われる存在なのか、そして、何故彼は平然と人を殺めるのか。最愛の恋人なのにまるで他人のように、私は彼を知らない。震える私に視線を遣り、彼は不敵に笑みを浮かべる。
「俺はこういう仕事をしてんだよ。幻滅したか?」
柔らかく、穏やかな声。私に愛を囁くときと何も変わらない。足元に転がる死体なんか私達の世界にはないみたいに。
「…いいえ、どんな貴方も愛してるわ」
声が震えてしまった。こんな光景を見てしまっても、私は彼を心から愛しているのだ。しかしどうしたらいいのだろう、殺めてしまった彼らを、中でパニックになっているスタッフ達を。困ったように彼を見上げると、優しい笑顔を浮かべて私の額へ小さなキスを贈ってくれる。
「Grazie、…俺と一緒に来てくれるよな?」
彼からの視線は真っ直ぐで、私はそれにゆっくり頷いた。地面に降ろされた私の足はまだ少し震えている。
「後のことは部下に任せるから気にしなくていいぜ。デートの最中にとんだ邪魔をされちまったけどよォ、仕切り直しといくか」
手を引かれ、それを必死に追った。縺れる足を懸命に動かし、愛する彼を肯定するように。
「ねえミスタ、これから何処に行くの?」
「…さァな」
彼は小さく微笑み、私の腰を抱き寄せて歩みを支えてくれた。
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