清光

ぼろ、と涙が落ちた。紙がじんわりと濡れていき、慌てて袖で叩く。一滴落ちてしまえばその跡を辿るように次から次へと涙は零れ、何故急に涙が出てくるのか理解する前にわたしはパニックに陥った。とりあえず書類を濡らさないように文机から距離を取ると、隣で書類分けをしていてくれた清光がこちらに視線を遣る。
「あ…、」
言い訳を、しなくちゃ。
手で顔を覆いながら頭を働かせる。この忙しいときに彼の憂慮を増やすわけにはいかない。何か言わないとと思っても唇が震えて言葉が出てこない。彼が見ているのに。
「ねぇ、主」
穏やかで、甘い声。彼の声に顔を上げると、優しく細められた目と視線が合った。艶やかな紅に染められた指先がこちらに伸びて、目尻を拭う。
「今日はここまでにしよ」
「え、」
「頑張ったね」
涙を拭った手でわたしを抱き寄せ、彼は胸の中にわたしを収めた。そのまま髪を優しく撫でられる。彼の掌は温かくて、それが何故かわたしの涙を誘った。ぼろぼろと止まらなくなる涙で彼の肩を濡らす。
「なん、で、まだ終わって、な、」
「いいよ。明日少しだけ早く起きて進めとく」
自分に体重を掛けさせるように少し体を傾け、彼はわたしの体重を受け止めた。温かい。甘えてはいけない体温に、甘えたくなる。
「主はいつも頑張ってるよ」
「…うん…」
「俺たちの、自慢の主だよ」
「…っ、うん…」
嘘だ。わたしは皆に何も出来ていない。書類すらまともに纏められない。実際、期限ぎりぎりになってこうして近侍に頼らなければ仕上げることすらできない。それなのに、この体温に甘えたくて首筋に鼻先を埋めた。彼の掌が頭皮を優しく撫ぜる。
「主、いつもありがとう」
「っ…わたしも、ありがとう…」
「うん」
彼は嬉しそうに笑い、涙が止まるまでわたしの髪を丁寧に丁寧に撫でていた。
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