涙色





ハーデスの部屋は立体視できる天使の絵で埋め尽くされていた。


どれも美しく、それでいて髪の一線一線でさえも細かく描かれている。


だがこの絵のモデルは既に死んでしまったのだと思うと…何とも言い表せない気持ちになる。


「………」


コレットは滑らかに筆を走らせているアローンを静かに眺めていた。


こうしてアローンの描いている姿を見ていると小さい頃に戻ったような気がする。


「…そういえば」


ふと、アローンが口を開いた。


「初めて会った時からコレットは僕が絵を描いているところをずっと見ていたよね。」


アローンは筆を止める。


「あの日…コレットが僕の絵が好きって言ってくれた時…すごく嬉しかったよ」


「アローン…?」


筆を握っている指先が微かに震えている。


「僕は…君の存在があったからもっと頑張ろうってそう思えたんだ。幸せになってもらえる、喜んでもらえる、そんな絵を描こうって…」


だけど、描けなくなってしまったんだ。


「僕の絵は死を描いてしまうって分かった時は絶望したよ。こんな絵では誰も笑顔にならないって…」


感懐しながらコレットを見返るアローンはそう言って憫笑した。


あの日、神父を殺してしまったと泣いていたアローンを思い出したコレットは胸が締めつけられる思いに駆られる。


「でも気付いたんだ。この力でもみんなを幸せにできる事が出来るんだって…そう言ったらコレットは悲しむってわかってたけど…止められなかった」


「アローン……」


思えば−−


いつだってアローンは優しかった。


虐められている子犬を身を張って助けたり、孤児院の子供達の為にと頑張って働いたり。


コレットは筆を手にしているアローンの手を優しく握りしめた。


コレットの白い頬から大粒の涙が幾筋も流れ落ちる。


「コレット…?」


アローンがコレットの顔を覗き込む。



「ごめんね…アローン…」


(…気づいてあげられなくて…)


もっと早く気づいてあげられたらアローンが苦しまないでいられる方法があったかもしれない。


だけどもう…何もかも遅すぎたのだ。


悔恨と無力さと悲しみと怒りと苦しみがコレットの全身を駆け巡った。


「コレットのせいじゃないよ。だから泣かないで」


アローンの手が伸びてきてコレットの涙をそっと拭う。


「だってアローンはずっと…辛い思いに耐えていたのに…私、気づいてあげられなかったんだよ…」


涙が止まらない。いつから泣き虫になってしまったんだろう。


「でも今は…今はアローンの声…ちゃんと…私に届いて…いる、から」


「…っ、…もう取り返しがつかないとわかっても…?」


咽び泣きながらコレットは頷く。


「ありがとう…コレット」


アローンはコレットを抱き締めた。


蒼白い月光の下、静寂と嗚咽だけが残っていった。






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