過ぎ去った記憶




長い廊下を歩くと数多くの冥闘士達とすれ違った。


彼等からは生気が全く感じられないがコレットが通る度に皆、素早く膝をついて「お帰りなさいませペルセフォネ様」と口々にそう言ってくる。



(多分、このドレスを着ているから…なんだよね…?)


ペルセフォネが着ていたドレスを纏っているせいかもしれない。


これでは益々自分がペルセフォネの転生者だと言わんばかりではないか。


…恐らくこれが彼の狙いだったのだろう。


しばらくすると見覚えのある部屋に着いた。


(ここは…確か…)


アローンに連れて来られた場所だ。


そして聖闘士の死体があった部屋。


「ハーデス様、お楽しみのところ申し訳ごさいません。…ペルセフォネ様をお連れしました」


「よい。入れ」


「はっ、失礼致します」


重々しい扉を開くと上空で絵を描いているハーデスの姿が見えた。


コレットの姿を確認するとハーデスは長いローブを翻して二階の高さからひらりと着地する。


「お前達は下がれ」


「畏まりました」


背後にいた侍女達は闇のように姿を消すとひとりでに扉が閉まった。


「そのドレス、着てくれたんだね。嬉しいよ」


『コレット』


「−−!」


アローン…


彼はハーデスの筈なのにアローンのように穏やかに笑いかけてきた。


ますます分からなくなり、戸惑いが隠せない。


もしかして彼はまだアローンなのではないかと思ってしまう。


「ああ…やっぱりすごく綺麗だ。君にはそのドレスが一番似合ってるね」


ハーデスはそう言って愛しむように頬に手を添えた。


本心から言っているのかその瞳には邪気が感じられない。


むしろ純真のような澄んだ目をしている。


「貴方は…本当にハーデスなの?」


「−−!」


ふと漏れた諮問に一瞬だけ目を見張ったハーデスだが、


「どうして…そう思うの?」


すぐに冷静になり口を開いた。


「笑顔も口調も時折見せる優しさも…アローンと重なるの。それに無理にハーデスを演じているような気がする。…だってあの時の貴方は悲しい目をしていたから」



だから私はテンマや街の子供達を殺した彼を本気で憎む事が出来なかった。


「……否定したら君はアローンを嫌いになる?」


「えっ…?」


「答えてよコレット。そうでなければ君の質問に答えることが出来ない」


コレットの手を握りしめ、顔を覗かせるアローンは悲哀の表情を浮かべる。


「嫌いになんてならない。ううん…なりたくない。だけど、こんなの間違ってるって…言いたい。」


「…君らしいねコレット」


スッと手を離し、アローンは悲しげに笑った。


「…本当はねコレット、自分でも分からないんだ。たまにハーデスの意志が入ってくるけど…今の僕は君の知っているアローンだよ。」



「アローン…、じゃあ貴方がこんな世界を望んだの…?」


恐る恐る訊いたコレットにハーデス…否、アローンは頷いた。


「別に後悔はしていないよ。僕が選んだ道は正しいと…死は安らぎだって今でも信じているから。…それにこの聖戦で僕が正しいのか、アテナが正しいのか証明できる。アテナ達は僕の(アローン)可能性。そしてこれはもう一人の僕(ハーデス)の可能性なんだ」


「可能性…」





「君に僕の考えを認めてほしいなんて言わない。だけど君にはこの答えを…聖戦の結末を僕の傍で見てほしいんだ。ハーデスとアテナ、どちらが正しいのかを。」



「っ…、断ったらどうするつもりなの…?」



「君は断らないよ。いや、断る事なんて出来ない。だって君は…他の誰よりも優しい性格だから」


「……」


ハッキリと言ったアローンには迷いがなかった。


故に反論さえも出来ない。


それにどちらにせよ力の無い自分は聖戦の行方をただ黙って見ているしか出来ない。


「…わかった。この聖戦が終わるまでアローンの傍にいるって約束する」


「…だけど…」と言葉を濁してコレットは目を伏せた。


「やっぱりアローンの考えていることには…賛成出来ない」


「いいよそれで。直に分かってくれるって信じているから…」



沈痛めいた表情をしているコレットの頬を愛おしげに撫でてアローンはそう口を開いた。







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