アテナ





桜の大樹に独りの青年が誰かを抱えたまま座り込んでいた。


桜がヒラヒラと舞い散る。


…あの後ろ姿には見覚えがある。


あれは…


(アローン兄さん…?)


確かに兄だ。髪もだいぶ伸びてはいるが直感で分かった。


(泣いているの?)


血の涙がポタポタと兄さんの頬から滴り落ちている。


(兄さん、誰が倒れているの…?)


覗き込もうと近づいた私にゆっくりとアローン兄さんが振り返った。


その瞬間、兄さんがハーデスの姿に変わる。



(コレット…?)


兄さんが抱えていたのはコレットだ。



するとアローン兄さんは静かに闇に溶けてゆく。


待って…!!


腕を伸ばしても私の手は彼らには届かない。

「待って…!!」


ハッと気付くと私は寝台で寝ていた。


天井に伸ばされていた手を下ろして花輪を見る。


(…嫌な夢を見た)


だが不思議と違和感がない。


嫌な予感がする。


「アテナよ報告が御座います」


「牡牛座のシオン…天秤座の童虎」


扉越しからシオンと童虎の声が聞こえてきた。


「只今イタリアより帰還致しました」


「この度の戦いは恐れながら敗北を喫しました。白銀三名、青銅一名負傷、青銅二名は死亡したものと思われます」


続けてシオンが言う。


「森の聖堂近くにあった街は壊滅し聖堂の周りはハーデスの結界が敷かれました。…ハーデスの依代に選ばれた者の名はアローン。それと−−」


言いづらそうにシオンは口を閉ざす。





「…構いません、言って下さい」


「ペルセフォネの転生者の名はコレット」


「彼女は今、ハーデスの許にいます。…恐らくハーデスによって軟禁されているものかと。」



「…っ…、」


やはりあの夢は正夢だった。


「死亡した青銅聖闘士の名は…?」


「…はい。一角獣星座の耶人、天馬星座のテンマ。遺体は崩壊する街に飲まれ回収は困難でした。」



「…そう…ですか」



結局私は何も…守れなかったのですね。


「わかりました…これからすぐに冥王軍の進軍が予想されます。教皇の指示を仰いで聖域の防御を固め、迎撃の準備をするのです…それと童虎とシオン」



「は…はっ!!」


「ご苦労でしたね。他の白銀や青銅も次の戦いに備えて今はゆっくり休んでください」



「ありがたき御言葉…」


彼らの悲しみと悔しい気持ちが伝わってきた。


私も…落ち込んでいられない。


私よりもきっとコレットは辛い筈だ。


誰よりもテンマや兄さんの傍にいたのだから。






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