過去……




サラサラと血で湿った筆を走らせてアローンは絵を描き続けている。

だが、反対の手はコレットの手を強く握りしめており、その力は決して緩むこともない。


「…コレットは知らないかもしれないけど、テンマはね、いつも君の事ばっかり話していたよ」


たおやかな微笑を浮かべてアローンは口を開くが描く手は休むことなく動き続けている。


「僕はそんなテンマの話をいつも聞いていたけど、本当はずっとテンマが羨ましいと思っていたんだ。だって彼には持ち前の明るさと君を守れる強さを持っていたから」


笑顔をしているが、本心では笑っていない事にコレットは気づいた。


「だからこそ僕は無意識に彼の強い瞳に惹かれていたのかもしれない」


(アローン……)



後ろ姿が酷く寂しげに見える。



(分からない…)



彼は本当に身も心も…ハーデスになってしまったのだろうか。


「ハーデス様、全ての準備が終わりました」


アローンの側近だと思われる冥闘士の男が部屋に入って来るとコレットを一瞥し、膝を折った。


「……そうか」



「手始めに如何なされますか?」


アローンはコレットを横目で一瞥すると再び目線を部下に映す。


「街を燃やせ。後はお前に任せる」


「…っ!?」


(街を……、燃やす…!?)



「……御意に」


「ま…っ!待ってっ!!街に火をつけるって…っ!!」


動揺し、愕然としたコレットはアローンの腕を掴み悲痛な声を上げた。


「そのままの意味だよ」


「そ、そんな…っ」


孤児院の友達、そして小さい子供達の姿が映る。


「あぁ…君は孤児院の子供達の心配をしているんだね。でも大丈夫、もう彼らは既に死んでいるよ」


「え……」


“僕が殺した”



その言葉を聞き、ゆっくりと目を見張ったコレットはよろめきながら絶望から両手で口を覆う。


「コレット…死には階級なんてないんだ。飢えた子もお金がない子も死を迎える事で安らぎを得ることが出来るんだよ。」


「だからっ…だから次は街の人達を殺そうとしているの!?」


「そうだよコレット」



「−−−っ、そんなの間違ってるっ!死が安らぎだなんて…!…そんなの…自分の人生を否定しているのと同じだよッ」


アローンは…テンマや孤児院のみんなといた時間が幸せではなかったのだろうか。


「−−ねぇコレット、君にも僕の気持ちが分かる筈だよ。大聖堂のあの絵に描かれた本当の意味を理解している君なら…」



大聖堂の…絵


ドクン、と心臓が高鳴った。


そして同時に大聖堂の絵が頭に浮かぶ。




あの絵は…アローンで



あの女性は…

私……?



するとアローンは静かにコレットの頬に手を伸ばした。


「…コレット、僕はテンマに会いに行くよ」



「テン、マ……?」


「彼は約束通り聖闘士になって帰って来ている…だから僕も約束を果たしに行くよ。テンマに似合う赤が見つかったからね」


「っ…!?」


(その色って…まさか…)


「−−っ!」


足を後ろに滑らせると聖闘士の血がピチャリと跳ねて足に付着した。


−−テンマが危ない。


頭が…いや、本能が告げる。


アローンはテンマを…殺すつもりだ。


その瞬間、何かに弾かれたコレットは部屋から飛び出した。







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