ペガサスが降りたった場所は白百合の咲き乱れる丘だった。 アローンの創った箱庭とは違った神秘さがある。 「ここは…」 コレットはペガサスの背から眺めて周りの情景を見渡す。 初めて来たはずなのになぜだか懐かしいような、不思議な気持ちに支配されて胸が苦しい。 「どうぞ、お后様」 先に降りたメフィストフェレスが恭しく頭を下げて手を差し伸べた。 コレットは自然と手を重ねる。 メフィストフェレスは握りしめた手を引いて丁寧にコレットを地面に下ろした。 「ここが久遠の箱庭、別名"ミントの庭"」 「ミント…?」 「百合と交えて足元にミントが生えてるだろ?」 言われて足下を見るとミントが百合と混じって生えていた。 「な!あんな薄暗い城よりはだいぶいい場所だろ?コレットちゃん」 「…はい。…ですがどうして私を連れて来たんですか?」 「んー、まぁ俺も気分転換ってやつがしたかったわけよ」 首根っこを掻きながらメフィストフェレスは失笑する。 その様子にコレットは首を傾げるが、気にせず目線を百合に向けた。 手入れの届かない場所なのに百合の花は綺麗に咲いている。 「なァ、コレットちゃん」 「はい?」 呼ばれて、メフィストフェレスを見上げた。 「他の人に見つけられず、ただ咲いているこの花に意味ってあると思うか?」 メフィストフェレスは視線を前に向けてただ、淡々とした口調でコレットに訊いてきた。 無気質に近い今の彼の表情は冷然としている。 「私は…この世に生を受けたことに、意味のないものなどあるはずないと思います。必ずその場所や環境で生を授かった意味はあるはずです」 (そう、私だって…) 目を閉じて静かに風を感じる。コレットもこの世界に堕ち、人間として生きてきたことに意味などないとは思わない。 きっと最後に何か解るはずだ。 冥界の女王である自分が何故、人間の少女としてこの世に生を受けたのか。 そして幼なじみとしてアテナとペガサスに出会ったのかを。 「……」 (あぁ、そうか。) メフィストフェレスは悟った。 自分の¨生¨の意味を探すことで彼女は¨自分という存在¨を保っているのだという事を。 コレットは百合の花を手折り、鼻に当てた。 ほんのりと甘い香りがする。 ふと、小さい頃にサーシャ達と丘の上で花束を作ったことを思い出した。 (あの場所には百合なんて咲いてなかったけれど…) すごく楽しかった。 時間さえも忘れてしまうほど。 悠久の記憶。 (もう戻れない) (わかってる) (だから…過去の記憶に留めさせて) 人間としての苦悩が心を、身体を蝕んでゆく。 視界が滲んで見えた。 . [mokuji] [しおりを挟む] |