「使用人のみんなが騒いでて……聞いたらカレンと平がいなくなったって……」

 結局夜が明けるのを待ち、全員で再びロビーに戻ってきた。紺野は今までの二人同様気絶しているだけらしく、何度か呼びかけなどしてみたがしばらく目覚める事はなさそうだ。

「えっと……つまり、昨日の夜にあの二人もいなくなった……そういうことだね」

 こくりと頷く宇賀神を見、蓮見は今までの情報を頭の中で整理し始めた。
 迷い込んだ初日の夕方以降、自分たちのいる客室棟と宇賀神のいる本棟は基本的に行き来出来ないようになっていた。使用人は複数名おり、そのうちカレンと平の二人が彼ら七人の世話をするようになっていたという。
 だが紺野が発見されるよりだいぶ前の時間から二人と連絡がとれなくなっていた、と宇賀神は続けた。

「心配になって、こっちに来たら、……」
「……そうなんだ……」

 確かに蓮見たちがロビーに待機するとなってから、「何が用があれば」と言って二人は姿を隠していた。どのタイミングでいなくなったのか分からないが、今までの事件と無関係ではないだろう。
 不安がる宇賀神を本棟まで送り、再び思考を巡らせる。宇賀神と他の使用人は昨日の深夜までこちらの棟には来ていないらしく、一度目と二度目の犯行は不可能だ。何より不思議なのが、全員が同じ場所にいたあの状況で、どうやって紺野を気絶させることが出来たのか。

「……一度調べる必要がありそうだね」





 設楽の部屋は事件当時のまま置かれており、案の定床一杯にたんぽぽの綿毛が散っていた。

「たんぽぽ、か……」

 どれもが白くふわふわと丸まっており、重さはないが結構かさばる。一つを指先に取ってみるとほろりと種が剥がれおち、中空を舞った。その多さに驚き、思わず「うわ」と手で払いのけてしまう。
 犯人はこの綿毛で視界を悪くした上で設楽を襲った、ということも考えられる。だが。

(そういえば……)

 最初の被害者となった設楽の姿を見た時、何か違和感を覚えていた。今思えばその気絶した体勢にあったのだ。

(被害者はどうして『耳』を塞いでいたんだ……?)

 視界を塞がれたのであれば、先程蓮見がしたように手で払えば良いだけの話だ。だが気絶していた設楽は両手で耳を塞いだ姿勢のまま。これでは犯人から襲ってくれと言っているようなものだ。
 疑問を残したまま今度は新名の部屋へ。ほぼ同じようなつくりの客室だが、こちらは当然のようにたんぽぽのたの字も見当たらない綺麗さだ。

「えっと、この被害者も外傷はなかったんだよね……」

 後から聞いた話によると第二の被害者である新名は柔道の経験者だったらしく、そう簡単に裏は取らせないと不二山がしごく真面目に語っていた。「もし取られてたらまた鍛えなおさねーとな」とも不二山談。他人事ながら頑張れ。
 心の中で合掌しつつ、室内を物色する。なるほど几帳面な性格らしく、ベッドもテーブルも実に綺麗に整頓されていた。

「あれ? なんか足りないような……」

 物足りなさを感じ、ベッドの周囲を探る。するとそれだけ放り出されたような位置にテレビのリモコンが転がっていた。拾い上げ電源を入れる。真っ黒だった画面に古い屋敷の映像が流れ、壊れていないことが分かった。

「寝る前にテレビを見ていたのかな…?」

 チャンネルを変えるが、軽快に切り替わっていき幽霊の特集や全体的に暗い画面ばかりが流れた。一通り変えた後、特筆すべき点はないと再び電源を落とした。チャンネルをテーブルに戻そうとした瞬間、聞き慣れた声にびくりと背筋が伸びる。

「あ、蓮見君こんなところにいた!」
「あっ、ご、ごめん、どうしても気になって……」

 見ればやや困惑していた様子で彼女が蓮見を探しに来ていた。

「何か分かった?」
「ダメだ。全然分からないよ。犯人が使った凶器も、誰がこんなことしたのかも」
「そっか……」

 珍しく殊勝な態度になる彼女がめずらしく、しばらく無言のまま微笑む。すると前を行く蓮見の袖を掴み、小さく呟いた。

「蓮見君……」
「なっ、なに!?」
「私……怖い……」

 普段と違うその儚げな声に、蓮見は振り向くことが出来ず硬直する。く、と引かれた服の感覚だけに意識が集中する。廊下の窓から見える景色は相変わらず雨のただ中だったが、西の空にうすらとした青空が見え始めていた。
  
「だ、大丈夫…! みんな、じきに目を覚ますだろうし、それに……君の事は僕が、まもるよ」
「蓮見君……」
「わりぃ。ちょっといいか?」
「な、なな何かな!?」

 意を決して振り返ろうとしたその時、突然飛び込んだ不二山の声に蓮見は慌てて視線を戻した。音を荒立てる心臓を押さえ、平生を装っては笑顔を浮かべて見せる。

「とりあえず紺野さん運んだから。お前、部屋見たいって言ってたよな」
「あ、ああ、そうだね……」

 発見当時は暗くて分からなかったが、紺野が倒れていた部屋は皆が集まっていたロビーとトイレの丁度中間に位置する客室の一つだった。もちろん紺野の部屋ではない。
 ロビーから十分程度で辿りつくところにあり、紺野が犯人と対峙したのはおよそ深夜二時過ぎであることが分かる。

(でも、そんな長い時間席を外した人間はいなかった……ような)

 他でもない紺野の発案により、彼らは全員ロビーに待機していた。その間トイレに行くものや息抜きに部屋を出るものはあったが、どれも15分かからず戻っていたはずだ。
 紺野が座りこんでいたところを探る。やはり争った形跡等はなく、給仕に使う銀のワゴンと蓮見たちの部屋と同じような調度品が並んでいるだけだ。と、ふと足元に緑色の液体が落ちているのに気付き、指を伸ばす。

「……?」

 薬品だろうか。だが特に変な感じはしない。

(どういうことだ……)

 それぞれの個室と思われていた事件場所も、紺野の事件で関係ないことが分かった。そして何より謎なのが凶器の存在だ。皆目立った外傷はなく、綺麗に気絶している。
 複雑化する思考を整理するように蓮見が頭を振る。すると、たまたま通りかかったのか琉夏がどこか嬉しそうに近づいて来た。

「ね、なんか分かった?」
「えっ、いや、特には……」

 言いかけて、ふと思い出す。確か設楽が倒れた時、桜井兄弟の様子がおかしかったことを。

「ええと、君、桜井君?」
「琉夏でいいよ。何?」
「確か、設楽さんが倒れた時にキミ――『セイちゃんならあり得るんじゃない?』って言ってたよね」
「あれ? そんなこと言ったっけ」

 きょとんと首を傾げ、しばらくして「そう言えば言ったかも」と軽く笑う琉夏に蓮見は続ける。

「あれはどういう意味なのかな?」
「だって、セイちゃん綿毛未だに嫌いだし」
「未だに……?」
「うん。冗談のつもりだったんだけどね」

 聞けば、設楽は「タンポポの綿毛が耳に入ると耳が聞こえなくなる」という迷信を未だに信じている、とのことだった。おそらく幼少期の教えが残っているのだろうが、今はその犯人を責める気にもならない。
 だが、そう考えればあの大量のタンポポの持つ意味ががらりと変わってくる。そしてもう一つ気になることが。

「ちょ、ちょっと待って……キミと設楽さんは知りあいなの?」
「俺だけじゃないよ。コウも知ってる。あと――」




 琉夏から話を聞いた蓮見がロビーに戻る頃、日は既に暮れ夜を迎えていた。天気はすっかり落ちついたが、気絶した三人が目覚めるのを待った方がいいだろうともう一日の延泊を申し出たのだ。

「あ、蓮見君」

 個室の前にいた彼女が蓮見の姿に気付き、安堵したように微笑む。見ればその手に鍵をもっており、開けるのに苦心しているようだ。

「どうしたの?」
「部屋の鍵が開かなくて……」
「ああ、それなら――」

 ぴた、と蓮見の手が止まる。

「――そうか」
「蓮見君?」
「謎は――全て解けた」

 信じられない答えに、こくりと喉がなる。
 だがあらゆる可能性を消していった時、残る真実は一つしかない。




「この事件、僕が解決する。――じっちゃんの名にかけて」

 どこかで、珊瑚礁ブレンドの匂いがした気がした。



 



- 8 -


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -