「―― 一体どうなってるんだ!」

 昨日の設楽に続いて今度は新名。調べてみた結果やはり外傷や薬物の後はなく、綺麗に目を回した新名がベッドに倒れていたのだと第一発見者の平は語った。

「何度かドアをノックしたんですが返事がなくて……合鍵で開けたら、ええと……」
「新名が倒れてた、と」

 誰かの口から知らず溜息が零れる。
 無理もない。原因も犯人も分からないまま気絶させられる。それが二日連続で起こったのだ。

「昨日の夜、新名くんを見た人は?」
「あ、多分俺だ。ってもちっと話しただけだから、その後何してたかとかは分かんねえ」
「不二山君が最後、と……僕も昨日は一人で部屋にいたしな……」
「俺とコウも部屋にいたよ。なあ」
「……ああ。何っーか体がだるくてよ。昨日は飯食ってすぐ寝たぞ」
「僕たちもすぐ部屋に戻ったよ。つまり……」
「つまり、アリバイがある人間は誰もいない、ってわけだ」

 強く吹く雨風が窓枠を乱暴に揺さぶる。
 昨夜は酷い雷も鳴っており、目覚めた今もなお豪風雨は収まることを知らなかった。花椿によれば明日には回復するだろうとのことだったが、今日一日は留まる事を余儀なくされた。だが、二人の被害者を出した場所に留まりたくないと思うのは至極当然の話。

「歩いて森を抜けるのが無理でも、車で助けを呼べば大丈夫じゃないかな?」

 ふと思いついたように紺野が携帯を開く。だが、ボタンを二三押した後に、不思議そうな顔をしてみせた。

「……あれ? 圏外になってる……おかしいな、来た時はそんなこと無かったのに」
「……!」

 その言葉に弾かれたように花椿が部屋を後にした。数分後、戻ってきたもののその顔色は優れない。

「ヤバい、かも…!」
「は、花椿さん一体……」
「事務棟と電波基地やられたみたい……」

 蓮見も慌てて携帯を開く。確かに左上には圏外の文字が表示されており、通話できる状態ではなさそうだ。それに加えて花椿の言葉を聞くに、どうやら昨日の落雷で隣の事務棟が被害にあったとのこと。そこに館内の通話システムも集中しており復旧には時間がかかる、と落胆した口調で続けられた。

「じゃあ、明日までこのまま……?」

 彼女の怯えたような声に、蓮見は思わず視線を落とす。あと一日。だが、昨日今日と不自然な事が起き過ぎている。他のみなも口には出さないが、どこか居心地悪そうにしていたその空気を払うかのように、ソファにいた紺野が手を上げた。

「……こういうのはどうかな」





 そしてその夜。
 紺野の提案は「ロビーに全員集合して夜を明かしてはどうか」というものだった。確かに個室に入っていて襲われたのだから、全員が同じ場所にいればおのずと犯人も手出しが出来なくなる。

「雨……やまないね」
「うん……」

 彼女が発した言葉に蓮見が答え、再び沈黙が落ちた。提案者の紺野は暖炉傍の椅子で本を読んでおり、対照的に不二山は何やら柔軟や屈伸を繰り返しては暇をつぶしていた。かの桜井兄弟はというと、兄の琥一は疲れた様子でソファに横になり、琉夏もまた退屈そうに伸びをしていた。
 花椿と平は他の支度があるとかで席をはずしており、誰ともなく言葉少なになっている。

「ちょっとごめん、トイレに行ってくるよ」

 微妙な空気から逃げるようにロビーを後にする。宿泊棟にはトイレが一か所しかなく、しかも少し離れた位置にあるため時間がかかる。離れるのは心細いが、今までの事件も個室で起きていたし、五分もあれば往復できるので各々この時だけは自由に移動していた。
 用を済ませ、歩く廊下の窓越しに外を見る。針葉樹は霧に覆われ、相変わらずの強い雨。深い森の奥、ぽつんと立つ洋館に閉じ込められた七人。

(一体何が起きてるっていうんだ……)

 突然の豪雨に偶然迷い込んだ、と思っていたが、設楽の話をした時桜井弟が見せた違和感。大量のたんぽぽ。理由も分からないまま気絶していた設楽と新名。

(ダメだ……全然ダメだ。意味が分からない)

 ロビーに戻るも室内の空気は相変わらずで、蓮見と入れ替わるように不二山が廊下に出ていった。五分後、戻ってきた不二山は再び基礎鍛錬を開始し、今度は琥一がぶつくさと零しながら扉を開けた。
 ソファに腰掛け眠気を払う。見れば隣に座る彼女も眠たいのか時折重くなる瞼を擦っていた。こんな深刻な場面でなければ可愛いなあと呟いて「当り前でしょ?」とにっこり微笑まれるところだが、今はとてもそんな状態ではない。

「悪いけど僕も一旦出るよ。みんな疲れているだろうけど、頑張ってほしい」

 琥一が戻りしばらくして紺野が席を立った。年長者の不在はやはり心細くなるらしく、窓を打つ風の音が一層激しく不安を煽る。
 時刻は深夜の二時を回っており、こくりこくりと眠気が襲ってきたのか彼女も立ち上がり「顔洗ってくる」とロビーを抜け出した。すぐに戻ってきたもののやはり眠気は払えなかったらしく、再びこくりと船をこいでいる。
 やがて深夜の三時。雑談の話題も尽き、静まり返っていた深夜。ふと琉夏が口を開いた。

「ねえ。カイチョー遅くない?」
「ああ? 何がだ」
「ほら。もう一時間は経ってるよ」

 その言葉に、全員が弾かれたように目を開いた。
 顔を見合わせ、慌ててトイレまでの経路を辿る。男子トイレの中を確認するも、そこには誰もいない。

「紺野さん、紺野さんどこですか!」

 再び戻る道を警戒しながら丹念に探していく。暗がりの中、使われていない客間を一つ一つ開けていき、ようやく辿りついた一つの部屋。その壁に背をもたれるようにして紺野は座っていた。

「紺野、さ……!」

 近づいた蓮見が、伸ばした腕をびくりと止めた。
 代わりに不二山が手を伸ばすと、紺野はがくりと俯きそのままどさりと横たわった。その傍には緑色の液体が零れており、誰とも知れない声無き悲鳴が満ちる。
 だが、悲劇は更に続いた。



「……バンビ……」
「うわぁ!! って……宇賀神、さん…?」

人一倍びびり上がった蓮見の声に弾かれるように背後を見る。すると暗闇に包まれた廊下の端に、初日に姿を見せた宇賀神の姿があった。

「あ、あれ? 確か宿泊棟には来ないって……」
「カレンと平が、いないの……」
「……!」

 その言葉に、誰ともなく息を飲んだ。それに呼応するように不規則な雨が、波打つように古めかしい窓枠を叩いていた。



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