「うわ、なんスかこの料理の数!」
「コウ見て、肉あるよ肉」
「おお。まじか」
二人の世話人の勧めで結局全員この館に泊まることとなったその夜。十人掛けはあろうかという食卓にずらりと並べられた夕食に、設楽を除く全員が驚愕していた。赤ワインの香るビーフシチューにごろりとしたサイコロステーキ、季節野菜のサラダ、白身魚のムニエル。焼き立てのパンまで揃えられており、この短時間でどうやって準備したのか分からないレベルだ。
「これ全部食べていいんか?」
「あっまずは女の子が先だから! はい、バンビ好きなの食べていいからねっ」
「あ、ありがとうございます……」
賑やかに、だが楽しく食事の支度が進められていく。そんな最中、先程玄関で見かけた少女がドア越しに顔をのぞかせた。その姿に気付いたのか平が慌てて食卓を手で示す。
「あ、丁度よかった。今呼びに行こうと……」
「……いい」
「宇賀神様?」
「……いらない」
きょとんとする平を残し、宇賀神はすぐに姿を消してしまった。わずかな時間ではあったが、その少しだけ不穏な空気にその場にいた全員が気付いた。花椿はやれやれといった風に手の平を見せる。
「あの子はいっつもああなんだから……」
「ええと、今の方は」
「宇賀神みよ。氷室様の姪っ子よ」
「へ〜なんか不思議な感じの子ッスね」
そんな事を話しながら食卓の食事は見る間に片付いていく。そんな中、他の客人とは違い豪華な食事に一切の動揺を見せなかった設楽が静かに口を開いた。
「おい。そこのお前」
「えっ、ぼ、僕…?」
「お前じゃない。そこの地味な奴」
「……平です……」
慣れた様子で手を上げた平に、設楽はその赤い目を向けた。
「……『あの事件』って何だ?」
「――!!」
その単語に平と花椿が息をのむのが分かった。先程も口にし、すぐに制止されたその言葉。言うべきかと逡巡する平が花椿を見、その視線を受けた彼女は仕方ないとでも言うように首を振った。
「それについては私から。――実は二年前の今日、この屋敷である事件が起きました」
それは奇妙な『事件』だった。
今日と同じような突然の豪雨に見舞われたその日、歳若い六人の男性がこの館に迷い込んだのだという。
「私たちは今日と同じく、氷室様の指示通り誠心誠意おもてなしさせていただきました。それがまさか……あんなことになるなんて」
「あ、あんなコトって……?」
「――消えたんです。一晩のうちに」
夕食を終え、全員が各々の個室で寝静まったのを確認した翌日。彼らのうちの五人が姿を消していたのだ。全員荷物も無くなっており、唯一残った一人は何やら事情をしっているようだったが、頑として口を割らなかったらしい。その彼も「頼むよ、耐えられないんだ!」と叫ぶと三年目の一月、違った翌日すぐに館を後にしたとのことだった。
「警察に届け出て、すぐに見つかったそうなのですが……全員がここから離れた場所にある灯台にいたそうです。何故そんなところに行ったのか、真相は依然として分からないまま、みたいですね」
「それがあいつの言ってた『あの事件』か」
「はい。お客様の不安を煽るような事を言うべきではないと、止めたつもりだったのですが……まあ、あれ以降そんなことはないし大丈夫ですって!」
モデル顔負けの端正な容姿に、笑みを浮かべながら語る花椿の明るい様子に設楽もそれ以上追及することが出来なくなり、食事を終えた各人はそれぞれ宛がわれた部屋へと戻っていった。
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