ベルベッドの絨毯地に豪奢な布張りのソファ。蓮見たち四人の訪問者が通されたロビーには、既に四人の客人が座っていた。
 奥には眼鏡をかけた青年と色素の薄い髪の彼。手前の椅子には蓮見達と同い年くらいの学生が二人座っていた。こちらはどちらも明るい茶色の髪をしている。

「そうか、君たちも迷ったのか。大変だったろ?」
「こっちは紺野のせいで迷ってんだけどな」
「だから悪かったって……」

 温和そうな物言いの紺野。そして気難しそうに濡れた髪を拭いている彼は設楽と名乗った。二人は大学のチェスサークルの仲間らしく、合宿所に行く途中道に迷ってしまったらしい。

「えっと〜俺らはトレーニングの途中だったんですけど……そのー」
「山を間違えた」
「山!?」
「道じゃなくて!?」
「……そうなんスよね〜」

 ヤダヤダ、と肩を落とす若い男は茶色の髪を左右に跳ねさせた、いわゆる現代風の若者、という感じだったが、隣に座る体育会系の男性と同じく柔道部の強化合宿に参加しているそうだ。新名と不二山と名乗った二人は、練習メニューにあった走り込みをしていたところ、なんと山を間違えてこの最奥に迷い込んでしまったらしい。ここ迷子多過ぎだろ。
 蓮見もまた、送迎車の故障でここに辿りついたことを説明し、最後はあの扉を壊しての闖入者二人。
 彼らは兄弟らしく、濡れた黒髪を撫でつけている方が琥一。滴の零れる金髪を、無造作に肩に流している彼は琉夏と名乗った。

「な……なんだか迫力ある人ばかりだね……ハハ」
「ほんとだね。それに格好いい人ばっかり」
「えっ!?」
「ドキッとした?」
「……ハハ、まさか……」

 心拍数が跳ねあがったなどと言えるはずもなく、蓮見はつとめて冷静なふりをして正面に向き直った。付き合い始めに弱く出たのがまずかったのか、彼女の小悪魔発言にいつもひやひやさせられてしまう。本気で言っている訳ではないと分かっていても、心臓には良くない。

「はーい! 良かったらお茶どうぞー!」

 自己紹介が終わって少しした頃、白銀に磨き上げられたワゴンと茶器を引き連れてカレンが部屋に入ってきた。後ろにはもう一人見慣れぬ執事を連れている。

「やった。俺喉乾いてたんだ」
「ンだこりゃ、茶か?」
「うっわすげー有名なとこのじゃん。飲んでいーの?」
「あーもう! あたしが淹れるからアンタたちは触らないで!」

 どうやら男性陣への対応は面倒らしく、勝手に茶器を触ろうとする手を叱咤するようにカレンが立ちまわっている。そんな様子に思わず笑いを零した彼女の前に、そっと白磁のカップが差し出された。中には温かそうな琥珀の液体が注がれている。

「えっ!?」
「……あ、その、良かったらどうぞ」

 受け取り、白い手袋の先を辿る。先程カレンの後ろにいた執事が、穏やかな笑顔を浮かべてそこに立っていた。黒い髪に人の良さそうな笑みがよく似合っている。

「あ、ありがとうございます……」
「俺――あ、いや、僕は平といいます。何かあればいつでもおっしゃってくださいね」
「あー! ちょっとタイラー! バンビにはあたしが出そうと思ってたのにー!」

 遅れて花椿が紅茶を運んでくるが、一歩遅し。何故か渋々蓮見に回ってきたそれを苦笑して受け取る。みれば他の六人も各々カップを傾けているようだ。一人遅れて紅茶を口に運ぶ。

「ええと、平――さん? 随分大きいお屋敷みたいだけど、いつもは誰かいるんですか」
「いえ、普段は別邸として使われているので旦那様も宇賀神様もおられません」
「そうなんだ、なんかもったいないですね」
「はい。……ただ明日は『あの事件』があった日なので……」
「――タイラー!」 

 あの事件? と蓮見が問い直すのを遮るかのように花椿が声を上げた。先程紅茶を出し損ねた時以上に焦る様な、制止させる声。

「……! す、すみません」
「いや、あの、――うわっ!」

 しどろもどろになる二人。だが突如として部屋の中を照らしだした稲光に、全員が言葉を失い息を飲んだ。一拍置かずに中空を引き裂くようなけたたましい雷鳴が続く。雨は一層強く窓ガラスを叩き始め、どうにもやむ気配がない。

「うーん……これじゃしばらくやみそうにないな……」
「良かったら今日は一日ここに泊まっていきませんか?」

 紺野の呟きに花椿が明るく返す。

「空いている部屋は沢山ありますし、この雨の中お客様を放り出したとあっては旦那様に怒られてしまいますから」
「そ、それは助かるけど……」
「やった。コウ、宿代浮いたかも」
「バカ、いーわけあるか。こいつが止んだら帰っぞ」
「ですが、今夜にかけて更に悪くなるそうなので……」

 再び雷鳴が薄暗い空を裂く。深い森には霧がかかり、とても出ていける状態でないのを全員が察したようだった。
 偶然居合わせたはずの八人。
 ――だが、実に奇妙な必然のもとに集められたことに気付くものは、まだ誰もいなかった。 





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