寝息だけが浮かぶ室内。慣れればうすらと見える程度、という暗がりの中、誰かがゆっくりとベッドに歩み寄っていた。そのすぐ下には静かに上下するシーツがあり、彼はしばらく押し黙っていたがゆっくりとその手を振り上げ――



「そこまでだよ」

 寝ていたと思っていた蓮見が起き上がり、振り下ろされる前の腕を掴む。同時に部屋の電気が点灯し、一気に眩しさに包まれる。

「蓮見。こいつがお前の言ってた奴か?」
「うん……間違いない」

 蓮見はどこか悲しそうな声で笑うと、そっとその腕を離した。

「この事件、一番不思議が凶器の存在だったんだ。三人とも目立った外傷はないし、どうやって気絶させたのかずっと疑問だった。でも凶器は僕らの目の前にあったんだ。――こんな風に」

 言いながら、手を開く。小さな種子がついたタンポポの綿毛が一つだけゆっくりとカーペットに落ちた。

「綿毛?」
「そう。何でも、第一被害者の設楽さんはタンポポの綿毛に強い苦手意識があったらしい。だよね、琉夏くん」

 静かに微笑む琉夏を見やり、視線を犯人へと戻す。

「犯人は自分から襲ったのではなく、被害者たちの強いトラウマを利用した罠を仕掛けていたんだ。一人目の設楽さんは部屋を埋め尽くしていた大量の綿毛。そして二人目の新名くんは――」
「あれか。怖い奴か」

 不二山が「ああ」と何かに気付いたように顔を上げた。蓮見が新名の部屋を調べた時に感じた違和感の正体。それは極端に偏ったチャンネル編成にあった。

「彼の部屋を調べていたら、彼の部屋にあるテレビだけチャンネル編成がホラーに集中していたんだ。洋画、邦画、あと何故か世界の高層風景特集なんかもあったかな……」

 それらを適当にタイマーセットし、夜中に突然映し出されるようにする。一人目の被害者が出て皆が不安になっているところに、一種怪奇現象にも思えるそんな事が起これば、ホラーが苦手な新名としてはひとたまりもないだろう。
 ここまでは部屋で準備可能なものであり、アリバイのない誰にでも実行することが出来る。だが問題はその次の事件だ。

「こうなると、三人目の紺野さんの事件が重要になってくるんだ」
「……オイ」
「……! なっ、なに、かな……」
「つーかよ、あん時は俺ら全員同じ部屋にいただろうが。誰も部屋になんか戻ってねえぞ」

 琥一の言う通り。第三の事件が起きた時、他ならぬ紺野自身の提案によって彼らは全員同じ部屋にいたのだ。倒れていたのも個室とは違う部屋だったし、罠をかけられるほど長い時間席を外した人間はいない。

「そう。犯人は紺野さんも部屋で罠にはめるつもりだったんだ。でも、彼の提案によってそれが出来なくなってしまい焦った。だからこの時だけ実力行使に出てしまった」

 紺野が倒れていた傍に零れていた緑色の液体。
 毒性はなさそうだったが、見かけからして毒々しく、おそらくあれを無理やり飲まされたことが紺野の過去のトラウマに触れたのだろう。

「結果として、僕たちでは犯行が不可能なことを証明してしまったんだ」
「つーことはあれか。……いなくなったっつーあの二人が怪しいのか」
「二人のうち、あの大量の綿毛を準備するのは女性の花椿さんには難しいだろう。となれば、――」
「……平か」

 ゆっくりと頷く。
 だが、話はまだ続きがあった。

「よし、じゃあとっとと平のヤローを捕まえに……」
「その必要はないよ」
「アァン?」
「紺野さんの提案で犯行の形が変わり、一旦姿を消さなければならなくなってしまった。だがそんな疑われている状況で、すごすご戻って来てまた罠を起動させるというのは不可能に近い」
「まあ、そうだよな。犯人ってばれてるもんな」
「そう。でも犯人はこれ以降も罠を起動させる必要があった。そのために――

 
 紺野さんを気絶させた後、僕らのうちの誰かと入れ替わってまんまとこの場所に戻って来たんだ」


「……それって、もしかして……」
「――ああ」

 ふと視線を落とす。一息落とし、ゆっくりと眼前にいる人物を指差した。

「犯人は、紺野さんを気絶させた後、最初にこのロビーに戻った来た人間。……真犯人、平健太は――キミだ」



 その指先には、蓮見と共にこの屋敷を訪れた彼女の姿があった。

 



- 9 -


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -