告白 出発ロビーは、年末年始を海外で過ごそうという家族連れで、随分と賑やかだった。 カレンが招いてくれなければ、つまらない年越しだったろう、と改めてカレンに感謝する。とはいえ、普段なら「パリに一人旅」と言えば羨ましがられるところなのに、クリスマスとなると話は別で、何となくだが周りの目を気にしている自分に気付き、苦笑する。 今はライターとして、やっと半人前くらいにはなれたかな…と少し自信がついた頃だが、プライベートは相変わらず無味乾燥といった感じで、最近は同期から「ロボ美奈子」と、からかわれる始末だ。決してモテないわけではない。取材先でも「良かったらこの後…」等という誘いはしょっちゅう受ける。けれど、何故か気が進まず、理由を見つけては断ってしまう。 耳の中がジンジンと痺れるほど胸が高鳴ったのは、いつが最後だっただろう… そんなことを考えながら目を閉じると、鼻腔にカトレアの香りを感じた。…あの人を思い出す時は、決まってそうだ。 艶やかに大きくウェーブした髪。長い指。クセのある話し方。自分の感情に正直で…気が付くと目が離せなくなっていた優しい優しい人…。 別れを切り出したのは自分だった。付き合いが深くなるにつれ、だんだんと彼を取り巻く人間関係に悩むようになっていた。特に彼の母親からの、値踏みするような、何かしら探るような眼差しに耐えられなくなってしまった。今から思うと「この先、息子を支える覚悟がおありなの?」と真剣に問うていたのだろう。だが、あの頃の若かった自分には、それが得体のしれない恐ろしいものに映り、結局逃げ出してしまったのだ。 彼を傷つけて…。 なのに彼は、何もかも分かっていたというように、私の申し出を受け入れてくれた。その時のことは今も、ぼんやりと記憶に霞がかかったまま、よく思い出せない。もう何も考えたくない…と、その後はただ仕事に没頭する日々が続いた。その結果が「ロボ美奈子」というわけだ。 …また思い出しちゃったな、と溜め息をつきながら、視線の先の下りエスカレーターを見上げると、回想の中と同じ色の柔らかなウェーブが視界の端で揺れた気がした。 まさか…と、信じられない気持ちで目を凝らすと、あの頃より頬の辺りがすこしほっそりした彼が……間違いなく聖司さんの姿がそこにあった。 隣には、少し歳上だろうか、綺麗な女性がよりそっている。続けてエスカレーターを降りると、彼女は彼の耳元で何か囁き、どこかへ歩いて行ってしまった。 「…せ…じさん…」 ここからは10メートル位離れているだろうか。ベンチに座る彼の名前が思わず口をついて出た。自分が急に年をとったような、かすれた声だった。 その時だった。彼が前触れもなくこちらを見た。彼の目がみるみるうちに丸くなっていく。私は今どんな顔をしているんだろう…? 一瞬間があいて、聖司さんは優しく微笑んだ。 私が昔「先輩…好き…好きです。」と言うと、必ず見せてくれた、あの笑顔だった。耳の中で鼓動を刻む音がする。もうダメだ、と泣きそうになる。 すると聖司さんは、ハッとしたように私に連れがいないか見渡すような素振りを見せた。明らかに困ったという仕草をする。 「ふふっ…」 私はその仕草に、つい笑ってしまった。聖司さんは「なんだよ。泣くのか笑うのか、どっちなんだよ?」という顔をした。「そういう聖司さんだって」と眼差しで言い返す。 聖司さんには分かっているだろう。私が今も聖司さんを想っていることを。 あの時、私が見えない圧力に耐えられていたなら― 「聖司さ…」 その時だった。 搭乗を促すアナウンスが流れ、にわかに人が流れ始める。手から滑り落ちそうだったチケットに目をやる。もう時間がない。 聖司さんを再び見やると、聖司さんの後ろから飲み物を手にした彼女が近付いてきていた。 「先輩…ずっと好き、好きです。」 再び強い想いを込めて聖司さんを見つめる。 でも、今度はあの微笑みを待たずに目をそらす。 チケットを握り締めて立ち上がり、振り返らずにゲートに向かう。 (もし、このことをカレンに話したら、また説教されちゃうんだろうな…) でもきっと、カレンにもみよにも、他の誰にも今日の事は話さないだろう。 一瞬だけの、それも目と目の会話だったけれど、それでも、お互いにあの頃と変わらぬ想いを持ちつづけていることを知った。 …飛行機の窓から翼を見つめながら、ただ胸が、例えようもなく温かなものに満たされていくのを感じていた。 (メリークリスマス…聖司さん…) ![]() (written by:どんぎこ) 12/3のプレゼントはどんぎこ様からの小説です! 少し切ない設楽×バンビ小説という事で、寂しいながらも小さな恋を楽しんで下さい〜* top |