「三番テーブルにガトーショコラ二つ、あと予約席来たら奥に通せ」
「はっはいっ!」

 佐伯の指示に従い慌ただしくトレイを携える。季節は冬。海のそばにある喫茶珊瑚礁はクリスマスイブを終えた今日も、仲睦まじい恋人達が後を絶たず、めまぐるしい時間が流れていた。

「……終わった〜」

 へたりこむように窓際の席に座り込み、くたりと頭をテーブルにもたれかける。その日もオーダーストップまで休憩をとる暇もなく動き回った結果、最後の客が帰った時には既に夜の十一時を回っていた。

「おい、情けない声出すな」

 ぺし、と銀のお盆が後頭部に乗せられる。ついと顔を上げると色素の薄い髪を綺麗に撫でつけ、青いスカーフを外した佐伯が苦笑していた。そのままコト、とテーブルにお皿が置かれる。
 慌てて上体を起こす。するとその目の前に白い生クリームでデコレーションされたショートケーキがあった。断面のスポンジはチョコとプレーン、苺の三層になっており、彼女はわあっと顔をほころばせた。だがすぐに疑問符を頭に浮かべる。

「瑛くん、これ……」
「食べたくないなら下げるぞ」
「あ、え、た、食べます!」

 急いでフォークを手に、一角を崩す。口に運ぶとほろ苦いチョコレートと控えめなクリームの甘さが広がり、口元が笑顔に変わってしまう。そんな彼女の表情に満足したのか、佐伯はやれやれといった風に笑うと二人分のコーヒーを取りに厨房へと戻っていった。
 もぐもぐと口を動かしつつ、再び先程の疑問が頭をよぎる。確かこのケーキは佐伯がクリスマスの日用に考えたオリジナルで、数が決まっていたものだ。彼女ももし残っていたら買って帰ろうと密かに狙っていたのだが、オーダーが入り泣く泣く最後の一個を自らの手で見送ったはずだった。

(用意していた分は全部出たはず……)

 やがて香ばしい湯気を引き連れて佐伯が戻って来、向かいの席に座った。一人無言でカップを傾ける佐伯に恐る恐る聞いてみる。

「ねえ瑛くん」
「何」
「このケーキ、どうしたの?」
「どうって、俺が作ったに決まってるだろ」
「そうじゃなくて! 焼いた分もう無かったはずじゃ……」

 そう言われ、佐伯は居心地悪そうに視線を泳がせる。こうなれば根競べ、とばかりに彼女も押し黙り見つめ続ける。やがて根負けしたのか佐伯がはあ、と溜息をつきながら白状した。

「……こっそりどけてたんだよ」
「え?」
「――お前に食べさせたかったんだよ! ああもう!」

 日に焼けた頬が、僅かに赤くなっている。佐伯自身、本当は完成直後に彼女に食べてもらうはずが、思いがけず時間がかかってしまいその時間を取ることが出来なくなってしまった。挙句メニューとしても人気が出てしまい、このままでは無くなると見越した結果、なんとか一つだけ別に確保させてもらったのだ。
 対する彼女も、お客様第一主義の佐伯が小さいながらでも私情で動いたのが珍しく、驚くやら困惑するやら、だが僅かに微笑むと、半分ほどになったケーキをひとかけ崩すと、フォークを佐伯の方へ向けた。

「はい」
「……なんだよ、これ」
「すごく美味しいから。瑛くんにも」
「なっ……!」

 にこにこと無邪気に向けられる彼女の視線を受け、佐伯は思い悩むような姿勢で額に指を当てた。しばらくその体勢のまま逡巡していたが、やがて観念したのか顔を上げるとそっと傾けられたそれを口に入れた。
 食べさせられているその状況が恥ずかしいのか、先程より一層顔が赤くなっている。まるで「俺の負けだ」と言わんばかりに再び片手で顔を覆うように肘をついた。

「……こんなとこ、絶対見せらんねえ……」
「瑛くん?」
「なんでもない! ああもう、ほら早く食べて片づけするぞ!」
「はーい!」

 再び嬉しそうに最後のひと欠片を口に運び、実に美味しそうに食べている彼女を見、佐伯は静かにカップを傾けた。ほろ苦く酸味の強いブレンドの香りが体内に満ちる。
 普通の恋人のような穏やかなクリスマスすら彼女にあげられない。だが、この疲労感と達成感に包まれて、二人だけで一つのケーキを食べている時間が俺にとって一番居心地いいなんて知ったら、お前はなんて思うんだろうな?



「……明日」
「うん?」
「昼から店休んで……どっか行くか」
「……うん!」
 
 足元が冷えてきたな、と窓の外を見やると、ちらほらと白い結晶が舞っていた。その散り様に目を眇めていると、彼女が何が見えるのかと覗きこんでくるのに軽く頭にチョップを落としてやる。むう、と膨れる顔を見て佐伯は再び笑顔を見せた。

 こうして俺たちのクリスマスは静かに終わりを迎えた。そして、また――新しい年がやってくるのだ。





(written by:シロ)

ささやかなおまけに佐伯×デイジーでお送りしました! リア充幸せになれ!


これにてアドヴェントカレンダープロジェクトは全て終了です。 


あっという間の25日間でしたが、皆様楽しんで頂けましたでしょうか? 

短い準備期間でありながら、素敵な作品を下さいました制作者様方、メッセージを下さった方々、励ましのお言葉下った方々、そしてこうしてお越し下さった皆様、本当に本当にありがとうございました! 


世界中の全ての人に、等しくクリスマスが訪れますように。
今この時間だけでも、静かな夜が訪れますように。

May peace and Joy be yours at Christmas and throughout the new year.


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