>> 俺と彼女の幼馴染が修羅場過ぎる



 新名は戦慄した。

「あっ新名くん! おはよう!」
「……オハヨーゴザイマス、……って、あのー……」
「……オウ、今日は頼むな」

 柔道部のマネージャーと楽しいデート!
―となる筈だったその場所に、何故か校内でも街中でもいろんな意味で有名な「桜井琥一」その人がいたのだった。



(えっなにこれていうか何で琥一さんいるのつーか服可愛い!)

 和やかな笑顔を浮かべながら、新名の脳内では学年上位の頭脳が超回転を始めていた。
 確か昨日柔道部の備品が壊れたとかで、フリマなら安くあるかもーって提案したらじゃあ新名くん一緒付いて来てくれる? って言われて。あれなにこれデートとか思ってキメてきたつもりだったんだけど。あれ。

「あのね、フリマのこと言ったらコウくんも来たいって!」
「へ、へぇ〜そうなんスね……」

 ぎこちなく琥一の方を振り向き、笑みを見せる。それを見て琥一もまた笑顔を返した。が。

「―柔道部の後輩ってなぁ、オメエのことか」
(怖ェェ!)

 硬直しそうになる表情筋を必死に動かし、笑顔を浮かべて見せる。そんな彼らの中に漂う触発な空気を物ともせず、彼女は嬉しそうに二人の間に立った。

「よし、掘り出し物、探すぞー!」
「おお、掘りだせ。手分けするか」
「……おおー…」

 予期せぬ三人デート状態に、新名は力ない拳を振りあげた。



「うーん、部室に置くならこのくらいかなー」
「そうっスねー……」

 ブルーシートの上に整然と並べられた売り物を前に、新名と彼女が座りこむ。むむむ、と考え込んでしまった彼女を横目に見ながら、新名は一人心の中で呟いた。

(つーかやっぱ私服可愛いよなー……なんか良いにおいするし……ヤバ、オレ怪しい人みたいじゃね?)

 うっかり褒めるのを忘れてしまったが、普段の体操服姿とは違い、私服の彼女を見るのは実に新鮮だ。ドット柄のTシャツにホットパンツ。動きやすさを考えた服装ながらも、健康的な脚線美が実に眩しい。

「―と思うんだけど、新名くんはどっちがいい?」
「……へ、……っ!?」

 はっと意識を取り戻した時には既に時遅し。
 どうやら何かを聞かれていたようだが、悲しいかな全く耳に入っていなかった。なんと答えたものかと、だらだらと冷や汗を流す新名の姿に、彼女が不思議そうに首を傾げた時、低い声が二人の背後から落ちた。

「オマエな……こんなでけーモン買ってどうすんだよ」
「コウくん! やっぱり大きいかなあ?」
「悪いこた言わねえ、あっちにしろ」
「そっか。新名くんもあっちでいいかな?」
「あっいや……いいんじゃ、ないッスかね……」

 そっか、と嬉しそうに笑って出店者を探す彼女を横目に、新名は一人落胆した。

(ああ〜! オレのバカバカ! 印象最悪じゃん!)

 せっかく彼女が一生懸命悩んで相談してくれたというのに、それを聞いていなかった挙句琥一に先を越される始末。すみませーんと店主に声をかける彼女の後姿を見送りながら、次こそは、と意気込む新名であった。
 が。

「あ、あれ琉夏くん好きそうだよね」
「あぁ? ……あーまあな」
「新名くんはどんなのが好き?」
「えっ……そうっすねーその隣のとか?」

 装飾品、古着、食器といろんなものが所狭しと並ぶ路上を三人で歩く。彼女が気遣って新名にも琥一にも喋りかけてくれるのだが、新名はうまく返せないでいた。一方の琥一は普段通り、だがどこか気楽に答えているように見える。
 居心地の悪さに足が重くなる。
 新名も小さい方ではないが、琥一の長身は雑踏の中でも一層映え、その迫力もあってか人目を惹きつける。だがその隣に華奢な小柄な彼女がいることで、雰囲気は一変する。彼の威圧感を隣に立つ彼女が中和する、そんな二人の姿が好ましくもあり、ひどく悲しかった。

(……ずりーよなぁ……)

 彼女と琥一は幼馴染だと聞いた。新名と話す時の彼女はマネージャーであったり、先輩であったりといつもしっかりしている。だが、琥一と話している時の彼女は年相応の、むしろ幼くすら見える。
 一歩、また一歩と歩幅がせまくなり、やがて止まる。
 視線を上げると楽しげに笑う彼女の横顔。
 新名は静かに―足を止めた。






 琥一は後悔した。

「でね、柔道部の合宿で新名くんと不二山君が……」
「……」

 昨日の放課後、たまたま出会ってフリーマーケットに行く話は聞いた。他に買いてえモンがあったから行こうと思ったのも確かだ。だが。

(……あれがニーナか)

 彼女からたびたび聞かされてきたが、なるほど実際に会って思う、自分との違い。誰からも人好きされそうな愛想の良さに、さりげない気配りをしているのが琥一の目からも分かる。畏怖され、遠巻きに眺められる自分とは違う。同性からも異性からも好かれる人間。そして、―彼女からも。
 ちらと後ろを伺う。どうやら新名は他の店を見に行ったらしく姿がない。それすら気を遣ってのことだとしたら、と考えると自然と自虐的な笑いが零れた。

「琥一君?」
「いや……なんでもねえ」

 無自覚なのだろうか。自分や琉夏といる時、いつも柔道部の話を、ひいては後輩の話ばかりしていること。
 知らないのだろうか。俺はそれをお行儀よく聞いているふりをして、いつもその場から逃げ出したくなっていることを。

「その……よ」
「うん?」
「オマエはあの、ニーナってのが……」

 言いかけて、やめた。彼女は聞き返してくるが、何でもねえよと頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
 分かっている。自分と彼女はもはや家族に近いものなのだと。間違ってもそういう―対象にはならないことを。
 うすらと心が曇る。どうして俺じゃねえんだ。俺ならお前を守れる。親から貰ったこの体もあるし、度胸だって負けやしねえ。なのに、なんで、アイツなんだ。
 彼女の頭に置いた手を止め、じっとその顔を見る。幼い頃別れたままのあどけない顔。これを守るのは俺のはずだった―違う、俺が守りてぇんだ。
 だがその時、嫌な気配が背中を撫でた。
 ある種慣れた、だが今一番当たりたくない予想だ。

「―あれ? 桜井兄じゃん、奇遇〜」
「……チッ」

 彼女には見られたくなかった、嫌な仲間達がそこにはいた。




(あれ……なんか、ヤバげ?)

 どのくらい思考が止まっていたのだろうか。
 気付けば前を歩いていた二人の姿はなく、大慌てで探しまわった。ようやく見つけたと思ったら、あからさまに分かる不穏な空気が二人の周辺から漂っている。
おそらく琥一の知り合いなのだろうか、どうみても柄の悪い男たちがニコニコ、いや、ニヤニヤという風貌で二人に近づいていた。その数は八から十というところだろうか、みな体格も良くとても新名一人ではかないそうにない。急いで助けに駆け寄ろうとし、―はたと動きを止めた。

(いやいやいや、琥一さんいるし、心配ないでしょ)

 そうだ。彼女の隣にはあの桜井琥一がいるのだ。自分の出る幕などない。オレが何かしなくても、きっと―

「……いやそれ違うっしょ」

 視界がゆっくりと開かれていく。真っ直ぐ視線を上げる。
 今オレすっげえダサいこと考えてなかった? 好きな子を誰か他の男が守るのを黙って見とくだけ―なんて、嵐さんがいたらぶっとばされるし。
 力が無いなら、他の戦い方がある。
 新名は、ひとつ歩を進めた。



「……」

 取り囲まれた。声をかけてきた男に見覚えはあったが、正直いつ絡まれてやり返したかの記憶すらない。もしくは琉夏とやり合った奴の逆恨みか。めんどくせえ。

「なになに? こんな日曜の公園でデートなんて、ヨユーじゃん?」
「……うるせえ。今お前らと遊んでる時間はねえんだよ」
「そんなこと言うなよ、カノジョも一緒でいいじゃん」
「……ッ」

 慌てて腕を引き寄せ、自身の後ろに庇う。彼女も不穏な空気を察したのか、困惑したように眉を寄せ、見上げてくるばかりだ。周囲も何やらおかしいと感じ取ったのか、小さくだが確実にざわめきを見せていた。 

(こいつらを倒すのは造作もねえ。だが、コイツを庇いながら戦うのは……)

 周りは出店を並べている人や買い物客であふれている。ひと暴れするのは簡単だが、他に被害を出さないようにするのは難しい。なにより、彼女を守り続けて戦えるかどうか。
 ぎり、と食いしばる。どうすりゃいい。力もある。度胸もある。コイツを守る力は間違いなくある筈なのに。どうして俺は今、コイツを守れねえ。

「―あーすいませーん」

 だが、そんな緊迫した空気を柔らかく破くような、明るい、だがどこか情けない声が伸びた。

「そーなんですよー原チャで事故っちゃってーああ、はい怪我とかは無いんですけどちょっとヤバい感じなんでー」
「新名くん……?」
「……」

 毒気を抜かれた彼らが一斉に振り返る。そこには先程までいなかったはずの新名の姿があった。携帯電話を手に呑気に言葉を続けている。

「場所ッスか? 森林公園なんですけどー……あ、近くにいるんですか? すいませーんじゃあ、お願いしまーす」
「……おい」

 先程まで琥一をねめつけていた男が仲間に目くばせする。それを受けて他の男たちは静かにその場を離れた。流石に警察が来ると分が悪いのだろう、最後に残っていた男も琥一に小さく捨て台詞を吐いて、人混みの中に消えていった。
 その様子を息を飲んでみていた二人は、その背中が消えたのを確認してようやく緊張を解いた。そこに新名がいつもの明るさを携え手を振って見せる。

「すみませーん、ちょっと他の店見ててー」
「新名くん!! 大丈夫なの!?」
「ん? にゃにが?」
「いま事故って!!」

 あー、とその綺麗な青い目を泳がせ、慣れた様子でウインクしてみせる。

「ウ・ソ。てか、朝来た時オレ歩いてたっしょ?」
「あ、そっか……」
「実を言うとー……じゃーん」

 手の平にある携帯を広げる。その画面は真っ黒のままであり、通話はおろかメールすら起動していない。

「通報もしてなかったり?」
「……クッ」

 心配したり驚いたりで忙しい彼女をよそに、琥一もようやく笑みを零した。どうやら全てを察したようだ。
 一歩間違えば嘘がばれ、新名自身も巻き込まれる可能性があった。琥一が騒動している間に彼女だけを助けだすことも出来た。それをせず、一芝居打とうと思ったのは肝が据わっているというか、いい度胸というか。どうやらただ愛想が良いだけの奴ではないらしい。

「――上等だ。いい根性してんじゃねえか」
「へ!? えっと、オレ……」
 それは結果として、彼女を守ることに繋がった。力に任せて彼女を守ると言っていた自分ではなく、だ。

「――悪ぃ。今からバイトだ」
「えっ!? コウ君今日は暇だって……」
「じゃあよ。気ぃつけて帰れよ」

 呆然とする二人を残し、琥一はさっさとその場を離れてしまった。

「……オ、オレ、なんかヤバイことしちゃったカンジ……?」
「うーん……?」

 困惑する彼女と新名を残したまま、鬼の背中は離れていった。





「……柄じゃねえな」

 暗く淀んだ空を見上げ、琥一はひとりごちた。今にも雨が零れ落ちそうな雲達を睨みつけ、短く舌打ちする。敵の前で逃げ出すなんて、らしくねぇ。公園の奴らの比じゃねえ。もっと厄介な奴だ。

「俺は、……」

 いつか、蹴りをつけなければならない日が来るのだろうか。
彼女と向き合うため、本当の意味で彼女を守れるようになるため、自分を捨ててしまえる時が。彼女の本当の幸せを祈ってやれる日が。
 暖かい雨が一粒、彼の頬に落ちた。



「新名くん、今日は本当にありがとう」
「いや、いいッスよ! オレ何もしてないし」

 琥一がいなくなり、二人で帰路を歩く。空は相変わらず厚い雲に覆われており、今にも降り出しそうだ。

「ううん、さっきも助けてもらったし、そもそも買い物にも付き合わせちゃったし―あ」

 何かを思い出したのか、彼女は鞄をごそごそと探り始めた。うん? と首を傾げていた新名だったが、取り出された物を見て驚く。

「えっなにこれ」
「今日のお礼。新名くん、こっちのが良いって言ってたから」

 手渡されたのはシルバーのブレスレットだった。確か最初三人で見ていた時の店に並んでいたもので、そう言われれば彼女に聞かれて隣の、と言った覚えがある。
 まさか自分に向けてのものと思っておらず、喜びと混乱であたふたとしてしまう。そんな新名の様子がおかしかったのか、彼女は堪え切れないというように笑いだした。

「ちょっ、何その笑い」
「だって、新名くん、レッサーパンダみた……あ」

 むうと頬を膨らませた新名の頭上に、てん、と雨粒が落ちた。続けて二つ、三つと刺激は増え、二人の肩を水玉模様に変色させる。まずい、と彼女の手を引き、近くの公園に避難する。こじんまりとした東屋に入ると、ようやく冷たい攻撃は止んだ。

「あっちゃー……やむかなー」
「ほんと、天気予報外れだねえ」

 しばらく空を眺めてみるが、やむ様子がない。それどころか一層激しくなっているような気がしなくも無い。会話を続けるべきかとも悩んだが、雨音が心地よくもあり、二人は自然と言葉を噤んだ。
 新名は受け取ったブレスレットをそっと手首にかける。ハンドメイドであろうシルバーの飾りがチャリと硬い音を立てた。その音に励まされるように顔を上げる。
きっと、あの人なら、こう言うに違いない。

「困ったね……でも東の空が明るいから、もうすぐお日様が出るかな」
「太陽なんて、出なくていいし」

 きっとアンタは、この言葉を知っている。

「……? でも、雨が……」
「雨なんて止まなくていい……」
「……新名くん……?」
「このまま、世界中に雨が降りつづけて、このまま世界の終わりがきても、アンタがそうして、横に居てくれれば、オレ……」

 ――彼女に弟はいない。イケる。と思ったのも束の間、意外なところから妨害が来た。

「なんだ、二人とも。雨宿りか?」
「あ、」
「嵐さん!?」

 ジャージ姿で傘をさす不二山嵐その人が、すたすたとこちらへ向かって来ていた。まさか邪魔が入るとはと動揺している新名をよそに、不二山は東屋に入ると持っていた傘を畳んで彼女に差し出した。

「ほら、傘。使え」
「あ、ありがとう。……で、でも不二山くんが困るんじゃ……」
「いや、こんくらいなら平気だ」
「あのー」
「なんだ、新名?」
「嵐さん、……まさか予備の折り畳み傘まで持ってきてたりしませんよね……?」
「いや。もってねえ」
「良かった―!!」

 まさかここで女の子の心をゲットするいい男の条件を思い出すはめになろうとは!
 何故かうろたえる新名をよそに、彼女は嬉しそうに傘を広げる。

「新名くん、どうしたの?」
「……いや、ナンデモナイデス……」
「? でもこのままだと濡れちゃうよ?」
「オレも少し濡れた方がいいみたい……頭、冷やしたいかも……」
「なんだ。じゃあ今から走り込みするか」
「えっ!?」

 まさかの提案に、新名は勢いよく振り返る。何それ新しい。

「この時期なら多少濡れても大丈夫だろ。ほら、いくぞ」
「えっ、ちょっ、マジで……お、押忍ー!」

 返事も聞かず走り始めた不二山を追いかけるように、新名も慌てて走り始める。そんな二人の姿が嬉しくなって、彼女も楽しそうにその二つの背中を追った。
 少し走り、ふと目を瞬かせる。

(そう言えば……新名くん、なにを言おうとしたんだろう?)

 だが、考えをまとめる暇も無く、急いでその場を後にする。
 誰の頭上にも平等に降り続ける雨の中、二度目の告白未遂を聞いていた東屋だけが、ただそこに佇んでいた。

(了)


2018.9.4(執筆2013.08.29)

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