>> 何故なら彼もまた



「すみません、お先に失礼します!」

 二時間にわたる残業をなんとか切り上げ、まだフロアに残っている先輩に慌てて頭を下げる。

「おー早く帰れ帰れ新婚が」
「えっ、いや、そういう訳じゃ」
「うるせー勿体ない位の美人もらいやがって」
「だ、だから……!」

 真面目に応対する平の様子が面白いのか、隣でパソコンに向き合ったままの同僚までもがからかってくる。これは反論するだけ無駄だ、と判断し鞄に書類と一式を詰め込むと逃れるように職場を後にした。
 寒さを堪えて辿りついた駅で乗客の少なくなった電車に乗り込み、ようやく一心地つく。

(もったいない、かあ)

 彼女と結婚したのはほんの一月前のことだ。
 学生時分から交際を続け、平の仕事が落ちついた社会人二年目の秋にようやく式をあげた。二人が出会ったのは高校の頃だったから考えてみればもう八、いや九年になるのか。
 新人という事で委縮していたが、式には職場の先輩方も出席してくれた。だがその場で花嫁を見た彼らが口をそろえて言う「どうしてあんな子が平と……」が未だに尾を引いている。

(俺だってそれは思ったけど)

 確かに平平凡凡を絵にかいたような平に対し、彼女は高校在学時からミスコンに名を連ねてしまうような存在だ。当の本人はそんな評価など一切気にしていないようだが、周りは二人をどうしても比較してくる。彼自身、自分と一緒にいることで彼女が貶められないだろうかと悩み、意図的に避けたりしたほどだ。
 だが今はもう、そんなつまらない理由で彼女を避けたりはしない。それが逆に彼女を傷つけていたと知ったから、だ。



「ただいまー」
「健太さん、おかえりなさい!」

 彼女は慣れた様子でコートと鞄を受け取り、暖かいキッチンへと移動する。二人暮らしであまり広くない部屋だが、今は外の寒さを忘れるほどに心地よい温度になっていた。
 手を洗い、用意されていた夕食を二人で食べる。彼女が話すのは近所の子どもの話だとかテレビでみた噂話だとか、とるにたらない些細なこと。だがそれを実に嬉しそうに語る彼女の姿がおかしくて、つい頷いてしまう。

(なんだか、まだ嘘みたいだよなあ)

 憧れていた彼女。
 その張本人が今平の目の前にいて一緒にご飯を食べている。おまけに。

(け、結婚しているなんて……)

 付き合い始めた当初は不安があった。彼女とつり合うのか、愛想を尽かされるのではないか。
 だがそんな平の心配をよそに、彼女はいつまでも彼の隣にいてくれた。プロポーズした時も、泣きながら受けてくれて、夢でもみているんじゃないかと思ったくらいだ。
 二人で遅めの夕飯を終え、風呂に入る。帰りが遅かったためか、髪を乾かし終えた彼女が寝室に入る頃には、もう寝るのにふさわしい時間になっていた。少しだけ湿る髪を下ろした彼女には風呂上がり特有の色気があり、平は未だに見るのに慣れない。だがそれ以上に慣れないことがあった。

「じゃ、その、健太さん」
「えっ、あっ、そ、そうだね……」

 結婚して一月。未だに一番嘘みたいだ、と思う事。それは――彼女と体を重ねることにある。
 もともとのんびりした性質の二人だったためか、交際中もそうした関係は無く、結婚後にようやくふたりで初めてを交わした。その時も随分取りみだしたが、それから何度肌を重ねても気持ちが落ちつくことは無い。

「で、電気……どうしようか」
「あ、は、恥ずかしいから、その」

 ご、ごめんと何故か謝りながら室内灯の明度を落とす。暗がりの中、うすらと見える彼女とベッドの上で向かい座った。
 お互い他の異性をしらなかったせいだろうか。初めはどうしたらいいか分からなかった行為を繰り返すうち、それがとても心地よいものだと覚えてしまった。以来毎晩のようにこうして初夜のようなやりとりを繰り返している、というわけだ。
 おずおずと腕を伸ばし、彼女の手を握る。びくりと震えるのに勢いを付けて体を寄せた。彼女の方もそれが分かっているのか、緊張しながらもゆっくり力を抜いては平に体を預けてくる。

「んっ……」

 傾けられた唇に自身のそれを重ね合わせる。僅かな熱を残すそこを何度かなぞり、下唇を軽く食む。はぁ、とため息にも近い吐息を確認すると、少しずつ体重をかけては彼女の体を横たえてやった。
 緊張しながらパジャマの襟もとに指を滑らせる。一つ、二つ、とボタンを外すと細い首と鎖骨が覗き、思わずこくりと喉を鳴らした。

「あの、あんまり、見ないで……」

 枕元の間接灯が彼女の顔と肌を暗い橙に照らし出す。潤んだ目と襟の合わせ目から覗く白い肌が煽情的で、はやる気持ちを押さえながら更にボタンを外していく。三つめを外すと白いレースのカップが見え、前で留めていたそれも外す。ふるん、と音を立てそうな感触で柔らかいそれがまろびでて、幼い谷間が誘い込んだ。

「ご、ごめん……」

 本当はこのまま顔をうずめてしまいたいのを必死に堪え、パジャマを全て脱がせる。体の下側は暗闇で完全には見えないが、徐々に慣れてきた目には十分すぎる刺激だ。彼女だけ裸にしては失礼か、と平も慌てて前をくつろげようとする。だが、そんな様子を察したのか彼女が手を伸ばし、平のパジャマのボタンを一つずつ外してくれた。
 そうして完全に体だけになった二人はゆっくりと肌をくっつける。

「健太さん、つめたい」
「……そ、そうかなあ、」

 ふふ、と笑う彼女の体は暖かく、じわりと二人分の体温が混ざり合うのが分かった。その絶妙な肌触りを感じながら、恐る恐る胸のふくらみに手を伸ばす。あ、と小さな悲鳴が頭上で零れたが、そのままゆっくりと円を描く。大きすぎず小さすぎず、綺麗なお椀形をしたそれは、異常なまでの柔らかさを有しており、その一点だけがわずかに固く尖ったのが分かった。そこにわざと指をひっかけるようにして、更にふにふにと揉んでいく。
 自然と下半身にも熱が集まり、擦りつけるように腰を動かす。すると彼女の方もむず痒いかのように、太ももを擦り合わせた。

「健太さ、……ちゅー、して…?」

 普段はしっかりしているが、この時間になると急に甘えたがりになる彼女の言葉に応えようと、体を上に動かすとん、と口づける。全身から発される熱と、拭うのを忘れた唾液が絡み合い、その口づけの間も平はひたすらに胸を愛撫し続けた。互いの体に挟まれた柔らかい胸と、それをゆっすりと揉みさする両手。覚えたての弱みだろうか、二人ともテクニックなど持ち合わせてはおらず、もうこの時点で頭の中は真白になりひたすら気持ち良さだけをもとめるようになってしまう。
 先程から動かしていた腰が一層何かを求めるように動く。その度に既に熱く、湿り気を帯びた肉棒が彼女の内腿を擦り、無意識のまま足を開いた。

「……ん、……んんっ…」
 
 平もそれに気付き、手を彼女の脇の下に着くと、半身を彼女の山形に開かれた足の間におさめる。そしてきつく反り立つ怒張を目指すそこに突きいれようとした。――のだが。



(……あ、あれ?)

 暗闇の中、その場所に上手く到達しない。何度か陰毛や割れ目を撫でるものの、ぬるぬると狙いをずらされてしまう。彼女の方も寸前を擦りつけられるばかりで、亀頭のなだらかな丸みをじれったく味わうだけだ。

「い、じわる、しないで……」
「ご、ごめん、すぐ……」

 慌てて体を起こすと、割れ目の左右に親指を当てる。むち、と淫靡な水音を立ててピンク色の柔肉が覗くそこを確認すると、今度は慎重に自身を添わせた。触れた先端に極上の柔らかさが伝わり、そのままゆっくりと押しこんでいく。大きな雁首部分が飲みこまれ、それを見て安心したのか指を彼女の腰にずらした。
 じっくりと時間をかけて奥に突き入れる。時折彼女の苦しそうな声が聞こえるが、必死に狭い膣道を進んだ。もっちりとしたそこに包まれて、今すぐ吐露しそうになるのを必死に堪える。
 やがて全てが収まったのを察すると、汗ではり付いた彼女の前髪を払いながら問いかけた。

「っ、はあ、はぁ、……ぁ、痛く、ない、かな?」
「少し、いたいけど、らいじょうぶ…」

 舌たらずになるのがまた可愛くて、口付ける。懸命にそれに応えようと体を浮かせるのに合わせて、彼女のナカにいるそれもぎゅうと締め付けられた。射精しないように気をつけながら、彼女の全身を抱きしめる。
 華奢な体。すべすべとした肌。自分とはなにもかもが違う作りの体。本来なら、平が手に入れるものでは無かったかもしれないそれが、今その腕の中で必死に痛みに耐えている。

(そうか……俺いま、彼女に触れてるんだ)


 背中をかるく触れられた、それだけの出会いだった。
 一度触れあった偶然が、二度、三度となり、こうして何の恐れを抱くでもなく彼女に触れられるようになった。もう彼女に触れられるのを待つだけじゃなくて良いんだ。――俺から、彼女に触れても、いいんだ。

 抱きしめながら、優しく体の線に触れる。汗ばんだ肌に長い指がひたりと吸いつき、その度彼女の背中にぞくりとした感触が走る。そして胸に、腹に、腰に、腕に。全身が性感帯のようになった彼女にとって、平の指は熱を生み出す歓喜でしかなかった。彼女の伸ばした手が、学生時分の平を歓喜させたように。
 体に挟まっているそれが更に熱く大きくなり、少しだけ動きが加わる。彼女の全身を両手で丹念に撫でながら、少しだけ腰を浮かせてはまたゆすゆすと根元まで埋める。中からも外からも平に触れられ、突かれ、意識が朦朧としていくのが分かった。
 

「けんた、さぁ、やぁ……」
「ん、……だめだろ」
「だって、……きもち、い、…」

 固く屹立した乳首を指でつままれ、ぅん、と鼻にかかるような声が漏れる。もう一方の指先で結合部の襞をめくり、少しだけゆすぶってやった。そしてその上、充血した突起を親指の腹で撫ぜると、突如としてきゅうとペニスが締め付けられるのが分かった。
 あ、と我慢しながら彼女の方を見る。案の定達したらしく、切なそうに目を瞑るとかすかに震えていた。だがすぐに下腹部の収縮が始まり、平のペニスも急激に搾り取られるような蠕動に飲まれてしまう。

「くっ、あ、……あああっ…」

 先端から熱い液体が漏れたのを察しつつ、飲みこもうとしてくる動きに逆らうように抜き、再び食いつかれる。びょる、とシーツや彼女の蜜口に濃い白濁のそれを零しながら何度か前後運動をし、やがて子宮の中に注ぎ込むように彼女の体の上で達した。我慢し続けたそれは長く出続け、許容量を越えた彼女の秘部からこぽりと泡を立てて流れ落ちていた。






「じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」

 いつものように朝の見送りを玄関先で終え、鞄を受け取る。昨日の情事の疲れが残っていてもおかしくないのだが、そこは若さと新婚たるゆえんだろうか。
 同じく平生とした妻を見、平は受け取ったカバンを下ろすとそっと彼女の耳元に顔を近づけた。

「今日は、その、昨日より早く帰れると思うから」
「……!」

 もっと長く出来るね、と言い足すことなく平はその純朴な笑みを一つだけ浮かべ、彼女は一人顔を真っ赤にさせていた。実は隠れSなのかもしれない、と思ったが言うともっとひどいことになりそうなので黙っておく。

 平は彼女が特別だと言った。
 だが、平もまた、彼女にとって唯一の特別な存在になったということに、彼自身気付いていないだけかもしれない。


(了) 2012.02.06

ヴェルタースオリジナル、なぜなら彼もまた特別な存在だからです。

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