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「……すごいな……」

 見上げるような天井に、据えられた豪奢なシャンデリア。明かり取りの窓から出窓、バルコニーに至るまで綺麗に磨き上げられたその屋敷は、かの有名な花椿家所有の別荘の一つ、とのことだった。
 辺りを見渡すと見知った同級生がいる中、上級生や全く見知らぬ顔も何人か見られる。緊張する平が心細くきょろきょろと見渡していると、部屋の奥からよく通る花椿の声が聞こえてきた。

「今日はバンビの誕生日会に来てくれてありがとー!」
「カ、カレン、恥ずかしいよー!」

 黒と藍のドレスを着た花椿に引きずられるように登場した彼女。今日の誕生日会の主役でもあり、平の思い人でもある彼女はこの日のためにカレンが作ったのであろう、薄ピンクのシフォンドレスに身を包み、今もその言葉通り恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
 今日は冬生まれの彼女を祝うため、花椿が主催した彼女の誕生日会。誰でもオーケー! との言葉を信じて来たものの、この手のかけようは委縮すると言うか流石は花椿家と言うべきか。

「バンビが主役なんだからいーの! それじゃパーティー始まり始まり!」

 途端に奥に控えていた弦楽団の演奏が始まり、室内にケータリングの御馳走が運ばれてくる。何やら気難しげな職人が握る寿司の屋台や、青白いフランべの炎を上げるフレンチ。中央に設置されたチョコレートフォンデュの台座からは並々と甘い香りが漂っている。
 最初はその規模に呆気に取られていた同級生達であったが、時間がたつにつれ慣れていったのか次第に和やかな空気へと変わっていく。平もまた物珍しい食事に手を伸ばしていたが、今日はそれもほどほどに彼女の姿を探していた。
 その理由は他でもない。



(……今年は絶対渡すんだ…!)

 手にしていた可愛らしいラッピングのそれに視線を落とし、再び決意を新たにする。
 誕生日プレゼント。本当はずっと渡したいと思い毎年彼女の自宅前まで出向いていたのだが、一年の時は勇気が出ず撤退。二年の時は先にかの桜井琉夏が入っていく姿を見てしまったため、流石に続けて入る自信がなく諦めてしまった。そして今年が三年目。
 彼女の好きなピンク色の手袋。
 実は彼女が普段使っているものと全く同じそれの新品である。

(見つかって本当に良かった……)

 この誕生会がある少し前。手袋を変えたいけれど、今のが気にいっているから変えられない、と彼女が苦笑しながら教室で漏らしていたのを平は聞き逃さなかった。それからは以前の髪留め同様、市内の店を巡ってようやく同じものを探しあてた訳だ。ちなみに髪留めもまだ渡せていない。
 喜んでくれるだろうか、とはやる気持ちを押さえつつ、彼女を探す。人混みの向こう、メインのテーブルの傍に――いた。タイミングよく花椿もおらず、今がチャンスとばかりに一歩足を踏み出す。だが。



「バァンビー! 早速だけどプレゼント! ほぉら早く開けて開けて〜!」

 どこから現れたのか花椿が現れ、シンプルな長方形のそれを手渡す。彼女は嬉しそうに受け取るとそれをスライドさせ、中から現れた腕時計に目を丸くしていた。

「わあああこれ、この前雑誌で見た……!」
「そ。バンビが気に言ってたから無理言ってオーダーしちゃった」

 嬉しそうにその白い手首に付けているそれは、ファッションに詳しくない平でも一目で高いと分かる代物だった。どうやら女子高生に人気のブランドで、完全オーダーメイドの逸品であるらしく、受け取った彼女の慌て方から相当の品であるのが分かる。
 ちらと自身のプレゼントを見、進めた足を一歩戻した。流石にあんな豪華なプレゼントの後では俺のなんてかすんでしまうよな、とその場は一旦立て直すことにして食事の席に戻る。




「お、タイラーちゃんと渡せたのかー?」
「こ、これから渡すんだ!」

 悪友にそう反論し、均一に切られたローストビーフを口に運ぶ。先程からBGMも二三曲ほど変わっており、そろそろ彼女の周囲も落ちついたことかもしれないと思案した。

「しっかしすごいよなー」
「花椿さん?」
「それもあるけど、お前のほら、ローズクイーン」

 ちらと視線を送る先を思わず見やる。見れば同級生やクラスメイトの他にどう見ても学生ではないゲストが混じっていた。花椿となにやら話している所を見ると、その方面の関係者なのだろうか。

「あれ。なんかモデル事務所のスカウトとかって話だぜー。まー確かに目立つもんなー」
「……そう、なんだ」

 今年の文化祭。彼女ははばたき学園のローズクイーンに選ばれた。単なる校内ミスコンと思っていたのだが、その影響力はなかなかにあるらしく、彼女の評価は更に広まってしまう結果となった。
 確かに彼女は華やかで、可愛くて、――でも俺は、彼女が努力してそうなったことを知っている。

 友人の声援を背中に受けながら、再度彼女に挑まんと中央に移動する。ようやく訪問者も落ちついたところらしく、一人でのほほんと料理を選んでいるところだった。よし、いまならいける!
 苗字を呼ばんと口を開いた。……が、その最初の一音を発する前に周囲から何故かどよめきが起こった。何事かと振り返るとそこにいたのはかの花椿に続くセレブリティ。



「……悪い、遅くなった」
「設楽先輩!?」

 こういう場に出慣れているのか、シンプルなスーツに身を包んだ設楽が、お付きを何人か引きつれてはそこにいた。しかもその各々がキラキラとした装飾品を前に捧げ持っている。

「よく考えたら選ばせる方が早かったからな。お前、これから好きなの選べ。俺からのプレゼントにしてやる」

 何故か彼女ではなくその周囲から嘆息と感心が入り混じった声が漏れる。無理もない。選べと言われているアクセサリーはどれもかなり高価なもので、正直学生の基準を越えている。彼女もそれが分かっているのか、先程とは違いぶんぶんと首を振っていた。

「むむむ無理です貰えません……!」
「じゃあ何ならいいんだ」
「あ、じゃ、じゃあ、えーと、……ア、アナスタシアのケーキが良いです!」

 必死に考えた苦肉の策なのだろう。その返事を聞いた設楽はやや不満げな顔をしていたが、すぐに振り返り指示を出す。それを受けた爺やがどこかへ姿を消し、それに習うかのようにお付きの面々もいなくなっていった。

「ほんとにそれでいいのか?」
「はい! 私あそこのケーキ大好きなんです」
「お前な……あんまり食べてると太るぞ」

 ええーと苦笑交じりの彼女と設楽の姿を見、平は困ったようにその場に固まってしまった。学園でも有名だった設楽先輩。彼女の交友関係が広いのは知っていたが、自分からすれば彼などもはや雲の上の存在だ。そんな人とああして普通に会話している。
 だがパーティーも終盤、今声をかけなければまた今年も渡せないまま帰ることになってしまう、と勇気を振り絞り彼女を呼んだ。

「あ、あの、――さん!」
「……? あ!」

 最初きょとんとしていた彼女だったが、こちらを見たかと思うとぱっと笑った。良かった気付いてくれた、と急いで傍に行こうとする。が、再び周囲の声に圧倒され、足が止まってしまった。今度はため息交じりの羨望ではなく、女性陣の黄色い悲鳴だ。

「な、何だ……?」

 もう何度目になるのか。嫌な予感をさせながらおそるおそる嬉声の方に目をやる。そこには金の髪を肩に降ろし、光沢のあるスーツを着込んだ桜井琉夏が、ピンク色のバラの花束を両手一杯に抱えて歩いてくるところだった。
 靴音が響くたび長い髪が揺れ、シャンデリアの灯りを弾いては輝く。その姿はさながら映画のワンシーンのようであり、端正な横顔の下、その花束をそっと彼女に差し出した。

「やっとお前のとこ、辿りついた」
「琉、琉夏くんこれ……」
「好きだって言ってたろ。ピンク」

 それこそ埋もれそうな花束に、彼女は驚くやら恥ずかしがるやら。だか嬉しそうに「ありがとう」と彼を見上げ、琉夏もまたその笑顔を受けてふ、と笑った。そんな二人はあまりにもお似合いで、幸せそうで。
 気付けば平は声をかけたのも忘れて、その場を離れていた。





 外は相変わらず冷え切っており、先程までの暖かさが嘘のような寒さだ。白く固まる息を落としつつ、着ていたコートの襟を寄せる。
 玄関と屋敷を繋ぐ中庭にあたるその場所からも、まだ会場内の賑やかな声が聞こえてきて、その中に彼女がいる事を思い出しては再び溜息をついた。

「はあ……また渡せなかったな……」

 すっかりくたくたになってしまったプレゼントを持ち上げ、一人苦笑する。
 自分では思いつかないような豪華な品物。彼女の隣に立つのにふさわしい――人。こうも格の違いを見せつけられて、今さら普通の雑貨屋で買った手袋、なんて、恥ずかしくて渡せるわけがない。
 懸命に探しまわった日々を思い、徒労に終わった事を深々と感じると改めて溜息を洩らす。仕方がない、とそのまま玄関に向かって顔を上げたその時だった。


「――平くん!」
「……?」

 呼ばれて思わず振り返る。そこにはドレスのまま外に飛び出してきた彼女がいた。




「ごめんね、すぐ行こうと思ってたんだけど、なんか沢山捕まっちゃって」

 えへへ、と笑う彼女を前に、何が起きているのかを必死に整理する。聞けば平が呼ぶよりも前に気付いていたらしく、なかなか来るタイミングがつかめなかったとのことだった。

「なんか、大ごとになっちゃってごめんね。カレンが張り切っちゃったみたいで」
「花椿さんらしいね……というか、こんなとこに出て来て大丈夫だった? まだ君に会いたいやつが……」

 言いかけて「しまった」と言葉を切らす。せっかく誰の邪魔も入らずに彼女と二人きりでいられるのに、何みすみすチャンスをのがそうとしているのか。だがそんな平の心配をよそに、彼女はもう一歩、慣れないヒールで平の方へ歩み寄る。
 
「うん。それに平君がせっかく来てくれたんだし」
「えっ?」
「……今日は、来てくれてありがとう」

 間近でふわりと翻される薄紅のドレスは彼女にとてもよく似合っており、平を追って慌てて走ってきたのか、少しだけ頬が赤くなっている。相変わらずの喧騒で満ちる屋敷から漏れた光が彼女の背後と自身の顔を照らし、ここだけが外界と隔離された場所のようだ。
 空には砂金を撒き散らしたような星がまたたいており、ひりひりとした寒さも澄んだ空気も、どれもが鮮やかに映った。――今なら、渡せるかもしれない。


「あの……これ」
「?」

 ずっと手の中で温めていたプレゼントをおずおずと差し出す。彼女が今までに貰ったものに比べれば、質素極まりない包装だ。だが彼女はそれまでとなんら変わりなくそれを受け取ってくれた。そしてプレゼントだと分かった瞬間、あの嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あ、ありがとう!」
「あ、いや、ほんと大したものじゃないから! がっかりするかも……」

 ううん、と微笑んだまま首を振りリボンを紐解く。中から現れた手袋に一瞬きょとんとしていたが、すぐに驚いたように平を見上げた。まるでクリスマスの朝、サンタクロースが自分の欲しいものを届けてくれたと言わんばかりの子どものような表情だ。

「これ、私が今使ってるのと一緒!」
「その、新しいの探しているって聞いて、た、たまたま見つけたから、それで」
「ほんとに!? 私もすごく探してたのにどうしても見つからなくて」

 嬉しそうに裏に表に手袋を見やる。その時、少し強い風が二人の立つ中庭に降り、合わせて彼女が小さくくしゃみをした。そういえば彼女はあの薄いドレスのままだった、と慌てて平は着ていたコートを脱ぐと彼女の剥き出しの肩にかける。
 
「い、いいよ平君も寒いだろうし!」
「俺、寒さに強いから平気だよ」
「そ、そうなの…?」

 もちろんそんな根拠はない。
 だが彼女にそんな気を使わせるのも嫌だ、と平にしては強引にコートを着せる。彼女も最初は困惑していたがやがて「ありがとう」とその肩にコートを引き寄せた。
 そしてそのまま両手に平からのプレゼントをはめ、手の平をこちらに見せるように振り笑ってみせた。

「――似合う?」

 その仕草が実に可愛らしく、赤面しそうになるのを必死に隠した。
 綺麗に結った髪に、豪華なドレス。でも今は、華奢な彼女に合わない普通のコートを羽織り、平凡な手袋を手にはめては嬉しそうに笑っている。その姿はひどくアンバランスで、平自身もどちらが本当の彼女なのか、よく分からなくなっていた。
 華やかで、沢山の人に囲まれて笑うローズクイーンの彼女。対して入学式の日、平の背に触れてくれたどこにでもいるような女の子の彼女。

 あれから三年。かつての平に触れてくれた平凡な彼女はいなくなったのだと思っていた。だから彼女のそばにいることがつらくて、避けたり、逃げたりした。
 でも今こうして、手袋一つに喜ぶ彼女を見ていると、それは勘違いだったのかと思ってしまう。

(もしかして君は――変わっていないのかな)

 あの頃と何も。自分が勝手に遠い存在になってしまったと思っていただけで。



「平君?」
「――な、なに!?」

 呼びかけられ、慌てて意識を引き戻す。見れば彼女が心配そうに平を見上げており、その無防備さに耐えられず急いで顔を背けた。そして勢いのまま手を上げ、玄関へと走り去る。

「じゃ、じゃあ、俺、帰るよ! また明日、学校で!」
「あっ、た、平君、コート……」

 慌てて脱いで渡そうとするが、既に平はその姿を花椿邸から消した後だった。一人残され茫然とする彼女に、屋敷の窓を開けて誰かが声をかける。
 
「バンビー? そんなとこいたら風邪ひくってば」
「カレン、ごめんねすぐ戻るから」

 そして再び玄関の方を見、自身の指先を口元に寄せる。ふかふかとした毛糸の手袋は暖かく、冷たさに白く残る息を吸い込んでは空に昇華していった。





 翌日。
 ぞくぞくとした寒気を覚えつつ登校した平の元に悪友が訪れた。

「よっすタイラー。……風邪かー?」
「だ、大丈夫、多分……」

 結局コートを渡したまま帰った結果、三十分近くもスーツだけで氷点下の夜道を歩くはめになってしまった。まあ彼女が風邪をひかなければいいか、と少しだけ嬉しそうに笑っていた時、彼女が教室のドアを開けたのが見えた。
 その手にはいつもの手袋。だが、どうも新しく見える。

「バーンビ、おっはよーう!」
「おはよ! 昨日はほんとにありがとね」
「いーのいーの、……ってバンビ、その手袋もしかして新しくなってる?」

 えっ、と慌てて左手で隠して見せるが両手にしているので全く意味はない。

「嘘ー! アタシが散々探しても見つからなかったのにー! どこどこ、どこにあったの!?」
「え、ええと、……」

 頭を抱えショックを受ける花椿に気付かれないよう、ちらと平の方に視線を送る。そしてすぐに宥めるように視線を戻した。

「ひ、秘密、かな」
「なにそれー! アタシとバンビの仲でしょー!」
「カレン、うるさい」

 いつの間にか傍にいた宇賀神の言葉に決され、静かになる花椿。どきどきと始終を見ていた平に彼女は再び振り返ると、少しだけ首を傾げて「ありがとう」と声無く口を動かした。
 




「平ー」
「な、なんだよ……」
「お前熱もあるんじゃね? 顔真っ赤だぞ」
「えっ、ちが、俺は、そんな、じゃ……」

 直後、平は風邪と熱で倒れ早々に帰路についた。



(了) 2012.1.29

ちなみにこの作品書く用のメモに

「花椿主宰のパーティーでみんながおされなものあげてるのに自分は手袋とかでやべえあげれねえってなって持って帰ろうとするとバンビが追いかけて最後背中とんとんで呼んでふふっ呼んでみただけ(ムーミン)」

って書いてたんだけどムーミンのくだり無いよね?

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