>> 可愛がらないで!



 貴方を越した身長と、
 ――貴方を越せない僕の年齢。



「先輩、じゃがいもまだいりますか?」
「あ、もうそれ位でいいかも。ありがとう!」

 はい、と笑い返し手にしていたピーラーを置く。するとニンジンを切り終えた彼女が綺麗に皮をむかれたそれを手に取り、他と同じく乱切りにしていった。

 先輩と付き合い始めて二年が経つ。出会った頃中学生だった僕は高校三年生になり、対する先輩は大学二年生。同じ大学に進もうと部活の落ちついた今、勉強に全力を注いでいる。
 
「太陽くんは、からいの大丈夫?」
「はいっ! 先輩が作ってくれるなら何だって大丈夫です!」

 緊張してそう答えた僕の顔に先輩は少しだけ笑い、傍らにあったカレールーの裏面を確認している。その横顔を見ているだけで、今自分のいる状況が現実のものなのだと実感させられるようだった。

 先輩の家。
 大学に通うにあたって、一人暮らしを始めたのはずっと前から知っていたが、部屋に上がったのはこれが初めてだ。勉強ばかりでなかなか外出できない彼を気遣ってか、彼女から「たまにはうちで勉強してみる?」と言いだしたのだが。

(……これが先輩の家…)

 一人暮らしに適度な敷地とシンプルな家具で統一されており、マネージャー時代を彷彿とさせる整頓さだ。今日はこの部屋に泊まる、と冷静に考え直してみながら、心に時折浮かぶどきりとした感覚を思い出しては振り払うよう頭をぶんぶんと揺らした。
 だが当の本人はそんな春日の葛藤を知るでもなく、カレー鍋のありかを探していた。

「あれー…、あ、そっか」
「先輩?」

 僕は何を、と必死に冷静を言い聞かせながら、動きの止まった彼女に声をかけた。見れば遥か頭上の棚を見上げては困ったように眉を寄せている。

「あ、ううん、いつも小さいのしか使わないから、大きいお鍋しまっちゃったの思いだして」

 そう言いながら懸命に腕を伸ばして収納の扉を開く。更にその奥に手を伸ばすが、かなり奥にしまってあるらしく、彼女の身長からはどこにあるかも見えていないようだ。挙句端にあった片手鍋が落ちてこようとしている。

「せ、先輩!」

 あわわ、と慌てた様子で彼女の後ろに立つと片手鍋を手で押さえ、もう一方の手でカレー鍋の取っ手を掴むとひょいと降ろす。実は以前の春日からは想像も出来ないが、一五八センチしかなかった身長がこの二年間で一気に伸び、今では彼女の頭一つ上になっていた。
 彼としては嬉しい事象なのだが、悲しいかな中身はあまり変わっていない上に、小さい頃を知っている先輩からすれば、身長が伸びたところで扱いに変化がある訳でもないらしい。
  
「びっくりしたー……ありがと、太陽くん」
「い、いえ、こんなことで良かったらいくらでも言ってください!」

 案の定、長身となった春日に動じるでもなく、彼女は手にした鍋を火にかけて手際よく調理していく。挙句「もう勉強してていいよー」と台所から追いだされてしまった。
 仕方なくリビングに広げた参考書とノートの前に戻っては、ぺたりと座り込む。書きかけの方程式に取り組みながら、ふと心の中だけで呟いた。

(僕、まだ後輩のままなんでしょうか……)

 背だって伸びた。淡い色の柔らかい髪も、部活をやめた今程良い長さに切っている。外見だけなら先輩に告白したあの時より、ずっと大人になっているはずだ。
 だが、彼女との溝は埋まらない。春日が情けなかった頃も知っているし、気の弱い自身の性格は相変わらずだ。何よりも――年齢はいつまでも追いつくことが無い。
 手にしていたシャーペンを弄びながら、ちらと視線を上向かせる。鼻歌交じりにカレーを作る彼女の後姿。その光景に言いようのない幸せを思いだした春日は、とりあえず勉強に意識を戻した。






 そして夕飯を終え、お風呂から上がった状態で春日はなおも勉強にいそしんでいた。正直お風呂に入るのに相当動揺したのだが、当の家主が「私は平気だよ?」ときょとんとするものだから、逆に断りにくくなったのだ。
 混乱と緊張でややのぼせ気味の春日をよそに、今しがた風呂を終えた彼女が気持ちよさそうにベッドに座る。

「はー…やっぱりお風呂はいいよねえ……」
「そ、そうですね……」

 背後に風呂上がりの彼女を感じ取り、意識しないよう必死に参考書へと視線を落とす。だが年下の春日を警戒していないのか、彼女は無邪気にその肩に両手を置いて来た。

「あれ、頭濡れてる」
「――? せ、先輩、うわああ!」

 次の瞬間わしゃわしゃーと言わんばかりの勢いで、タオル越しに頭を拭かれた。細い髪の先から滴が頬につき、視界がちらほらと忙しく回る。それが終わると今度はドライヤー。心地よい暖かさのそれに、思わず猫のように目を細めた。
 だがその居心地良さに名残惜しさも感じつつ、再び心に黒い影が落ちる。先輩の家に泊まると決まった時、自分はどれだけ緊張しただろう。絶対に彼女には言えないが、多少の期待もあった。
 それなのに、当の先輩は春日の気持ちなどお構いなしにべたべたと触れてくる。まるで弟に対するような気軽さで、彼女らしいと言えばそれまでだが、彼氏としての春日には不満でしかない。

「太陽くん髪柔らかいねー」
「ちょ、先輩、や、やめてくださ……」
「だって風邪ひいちゃうよー」

 ドライヤーを終えた後、なおもお姉さんのようにタオルで頭を撫でてくれる彼女に抵抗するが、聞く耳を持たない。たまらずその首元にあった彼女の手首を掴み、振り返った。

「やめてください!」
「――!」

 春日の強い言葉に驚いたのか、彼女がはたとその手を止めた。その表情が今まで見たことのないものだったせいか、彼は思わず今までの鬱積を吐露してしまう。

「……先輩、僕はまだ、『後輩』でしかないですか?」
「……」
「僕は、違います」

 可愛がられているのはとても心地が良い。だが、自分が抱える気持ちは、彼女が思っているよりきっとどす黒くて、醜い。それを見せれば嫌われてしまうかもしれない。こんなの太陽くんじゃない、とか言われて。

「先輩? 僕、背だってこんなに伸びました。力もきっと先輩より強いです。……はじめて出会った頃みたいな泣き虫でも、ないんです」

 それでも、言わなければきっと彼女には伝わらない。僕は先輩から守られるのではなく、先輩の隣に立ちたい。
 腕を引き、バランスを崩した彼女に口づける。ぷは、と息継ぎの後立ち上がり、スプリングの弾むベッドへと倒した。

「……! たいよ」
「お願いだから、警戒、してください。年下でも、頼りなくても、『男』なんです…!」

 両の手首を押さえつけ、彼女の顔を覗き込むように上から見下ろす。自身の影に覆われたその顔に、再び唇を落とした。噛みつくように、開かれた口からは舌が覗く。

「ふ、ぅ、……んむ、」

 呼吸の隙間を与えないとばかりに何度も角度を変え、その間にパジャマの前身ごろに指をかけた。大きなボタンが器用に外され、ピンク色のブラジャーと谷間が露わになる。
 こく、と息を飲むと息も絶え絶えな彼女を残し、その頬から首筋へ、鎖骨、谷間へと舌を這わせていく。ぬとりとした暖かさと春日の熱い呼気が肌を濡らし、子犬のように懸命に舐め続ける仕草に、彼女もうすらと感じ始めたようだ。

「ん……せんぱぃ…」

 前のホックをはずし、谷間に顔を擦りつけるように甘えてくる。愛撫の仕方が分からないのか、不器用に乳房の左右を掴んだまま、ひたすら口づけた。ふくらみを、淡く色づく頂部を、そして既に固く凝り固まった乳首を、ぴちゃぴちゃという音だけが犯していく。
 その惚けるような感覚に彼女がぞくりと息を吐く。するとそれを感じていると察したのか、唇で挟んでいた乳首の先端、そのわずかな窪身を撫ぜるように舌先で擦った。

「――ん、ッ…」
 
 やわやわとしたその双丘から顔を離し彼女の顔を見る。どうやら既に抵抗する気力を無くしたらしく、両腕をベッドに押し付けたまま、真っ赤になって顔を背けていた。
 その姿に、許された、と思ったのかも知れない。

「や、たいようくん、っ…!」

 ゴムで締められたパジャマのズボンを掴み、下着ごと降ろす。膝上でぐしゃと留まったその上には白いふとももと淡い茂み。体をずらし、その長身を屈ませるとためらいなくその部分に顔をうずめる。
 初めて触れるそこは独特の熱を帯びており、恐る恐る口を開くと舌先を限界まで伸ばした。

「だ、だめ、そこ、だめッ…!」

 べたべたとした陰毛をかき分け、肉襞の割れ目に密着させる。たまらなく柔らかいその部分を上下に丁寧に舐めると、その蠢く感覚に耐えきれなかったのか、彼女の体が枕の方へと逃れるように動いた。
 だがそれを逃すまいと腿の付け根を掴むと、一層首を伸ばし秘部の奥を探る。彼女から漏れだした愛液か、はたまた春日自身の唾液によるものか、彼の顔はべとりと濡れていた。しかし不快感すら覚えることなく、くちゅくちゅと咀嚼するように口を動かす。

「あ、……んぁ、」

 後輩だと思ったばかりだった彼に良いようにされているのが恥ずかしいのか、彼女は必死に声を堪え、右手の甲で自身の顔を必死に隠していた。照明のついたままの部屋では、彼女の首から谷間、腹にまで残る唾液の跡と、無心に行為にふける春日の様子がはっきりと分かる。

 どのくらい放心していただろうか、飽くことなくねぶり続けられるそこに、徐々に下腹から迫り上げるような感覚が彼女に宿った。やがてそれはたまらない喪失感となって、ぷつ、と糸が切れるかのように放たれる。同時に春日の顔に僅かな滴がかかり、突然の反撃に股の間から少しだけ視線を上向かせた。

「先輩、いま、なんか……」
「い、いわないで…!」

 早熟な部活仲間から聞いたことがあったが、これが達したということなのだろうか。潮吹きの恥ずかしさに堪える彼女の表情を見て、半立ちだった自身が硬くなるのが意図せずとも分かった。
 ずいと体を上に移動させて、彼女の足を跨ぐと腰辺りに手を付く。ジーンズの前をくつろげ、熱を孕んだそれを取り出した。ごくりと息を飲む。言うべきか、言わざるべきか、逡巡し、きつく目を瞑ったまま懇願するように声を絞り出した。

「せんぱい、僕、もう、…!」

 情けない、と思いつつ欲望を吐露する。だが彼女からの返事はなく、代わりに春日の手にそっと暖かいものが触れた。

「……?」
「……」

 そっと瞼を開く。ベッドについていた春日の手に重なるように、彼女の指が添えられていた。思わず視線を手から顔に動かすが、恥ずかしそうな顔で、ただ彼女が微笑んでいた。

――それからの記憶は曖昧だ。




 

「あ、……あっ、たいよ、たいようく…!」

 テクニックなどある訳もなく、ただひたすらに彼女の中を蹂躙する。幸い恵まれた体格と野球部での特訓のためか、彼女が幾度か達した後もペニスは全く衰えることを知らなかった。むしろますます増長していくその質量に、彼女の体が受け入れきれなくなっている。

「せんぱい、……せんぱい…!」
「ひぁ、…あっ、あっ…」

 張り出した血管が内壁をごりごりと刺激する。傘のふちぎりぎりまで抜き、吐きだす息と共にずりゅりと押しこむ。野太く熱い鉄の棒を抜き差しされているような、壮絶な快感に彼女はもう鳴くことしかできなくなっていた。
 春日もまた、彼女の小さい体を必死に掴んでは腰を激しく動かす。だが彼女が小さく「あ」と零した瞬間、俯いていた顔をはたと上げた。下腹部に確かに食いつかれているそれ。互いの一番熱い、剥き出しの部分が隙間なく肉薄している。

(僕、いま、先輩と繋がってる……)

 年上で、マネージャーで、自分の情けないところを全て見られているお姉さんの様な人で。でもそんな人が僕の彼女で、今こうして「男」としての僕に貫かれて泣いている。僕が喜ばせて、僕が、壊している。

「たい、ようくん…?」

 気付けば、春日は泣いていた。
 侵し難い聖域を踏み荒らしてしまったことへの贖罪だったのか、繋がることのできた嬉しさだったのか。自分でもよく分からない。

「先輩、……せんぱい」

 精液を孕んだ結合部を揺すり、彼女の顔を見下ろすように、覆いかぶさる。彼女に落ちる影の下、彼の大きな目から零れた涙が彼女の胸に落ちた。
 すると彼女もまたそれに気付いたのか、繋いでいた手を放すと静かに春日の頬に手の平を添えた。見上げるように微笑むと、潤んだ目で口を開く。

「……うそつ、き」
「えっ?」
「『泣き虫じゃない』んじゃ、なかったの?」

 ふふ、と春日の目の端を、彼女の細い指が撫ぜる。滴が払われ、驚いたように目を見開く彼を見て、彼女もまた口角を上げた。
 ああ、僕はやっぱり、この人にはかなわない。

「先輩、いじわるです……」

 言い終えるか否かというタイミングで、彼女の唇を食む。倒れ込んだその姿勢のまま、お互いの体を絡ませると、湿気を孕んだ吐息だけが室内に落ちた。
 ゆっくりと繋がったその場所を動かし、彼女の最奥を探る。ねっとりと性器に噛みつくその内部に焦りを覚えながら、次第に速度を速めていく。くちょ、にちょ、と咀嚼音のようなそれがせり上がり、ただがむしゃらに腰をグラインドさせた。技巧もなにもない拙い攻めで、有り余る体力に任せた行為はそれだけで暴力的だ。

「ぁ、――!」

 突如起こった疲労感に慌ててそれを抜く。だが間に合わなったのか粘性の高い白濁液は彼女のナカと肉襞に、その白い内腿とシーツに飛び散った。尚もびょる、と吹き上げるそれに困惑しつつ、春日の意識は急速に失われていった。






 ぺし、と頬を叩かれた。
 
「んー……まだ眠いです、せんぱ… ……!」
「だめ、起きて?」

 にっこりとほほ笑みながら春日の傍らに座っている彼女の姿に、一瞬記憶が交錯する。そして全てを思いだした瞬間、慌てて体を起こすと全身全霊で頭を下げた。

「先輩! あの、ぼく…!」

 言いかけてまた押し黙る。だかそんな春日の様子に気づいてか、彼女の方から意外な言葉を発した。

「……ごめんね」
「……へっ?」
「ほんとは、ずっとどうしようって思ってたの」

 彼女もまた気付いていた。
 春日がもう後輩ではないこと。自分を越した身長も、少し低くなった声も、部活で鍛えられた体格も、全て「男性」のそれだった。
 それに気付きたくなくて、わざと態度を変えず子ども扱いをしていた。だがそんな関係は、いつかひずみを生むのだろう。

「だって太陽くん、昔よりずっとかっこよくなってて、でも先輩先輩って来てくれるから、その……」
「せんぱ……」

 い、と呼びかけ、はっと飲みこむ。そして少しだけ何かを考えるとその顔を真っ赤にしながら、彼女の名前を呼んだ。

「――さん」

 彼女もそれに驚いたのか、一瞬で朱を走らせる。だか、嬉しそうにはい、と答えた。代わりに彼女が「太陽くん」と呼ぶと春日もまたはいと笑う。そうして何度か名前を呼び合うと、いつしか静かな笑い声が零れ始めた。

 二人の生まれた時間はいつまでも縮まることがない。
 だがこれから一緒に過ごす時間は誰よりも、何よりも長くする事ができるのだ。



(了) 2012.01.21

太陽くんのエンディング後スチルに高校生版を出していたら、多分彼は天下をとれたレベルのビジュアルだと思うの(真顔)

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