>>借り暮らしのニーナッティ



――やっと来た。このまま、小さくなっちゃえばずっとオレのなのになー。そうはいかねっか。



 結局昨夜は戸締りに巡回しに来た大迫先生によって練習が打ち切られ、慌てて不二山を連れて帰宅したものの机上は既に空腹と心配を訴える声で埋まっていた。
 遅くなりすぎた夕食を終え、バタバタと寝る支度をする。そのままいつ落ちたのか記憶にないまま、彼女はすやすやと眠りに入ってしまっていた。





(……?)

 うすらと目を開く。
 窓の外は僅かに明るく、早朝であることはすぐに分かった。時計に目を向けるがまだ朝の五時、再び惰眠を貪ろうと目を閉じた――が、すぐに何かの気配を感じて体を起こす。
 食い下がる瞼をこすりながら机に近づく。そこには昨日からここの住民に加わった不二山と、眠そうな紺野先輩。そしてこれもまた辛そうにこくりこくりと船をこぐ琥一の姿があった。

「おはようございま……す?」
「お前か。おはよ」
「おはよう……ごめん、起こしちゃったかな」

 しっかりと目が冴えているらしい不二山と、眠たいのかふやりと柔らかく笑いながらも彼女を気遣う紺野が答える。琥一は立ったまま寝ているのだろうか返事がない。ただのこういちのようだ。

「何かしてたんですか?」
「昨日不二山くんから折角だから早朝トレーニングしないかって言われてね……でもまさかこんなに早いとは、…ふぁ…」
「……琥一くん、大丈夫?」
「――ん、ああ。……なんだ?」

 大丈夫じゃない。
 だが当の不二山は慣れたものなのか器用に柔軟をこなし、現れない二人の姿をキョロキョロと探していた。

「琉夏と設楽さんがいねえ」
「ルカのやつならまだ寝てっぞ」
「設楽もこの時間なら厳しいかもな……」
「そっか。分かった」

 言うなり琉夏の眠る本棚辺りにとことこと歩いていく。どうやら少々強引だが叩き起こしに向かったようだ。
 全員に不二山と同じ練習量を求めるのは酷だが、体が小さくなって以来十分な運動は出来ていないはず。体が鈍るよりはいいかと模範的マネージャーの結論に行きついた彼女は、そのまま自分も大きく伸びをした。
 確かに起きるには少し早い時間だが、目も覚めてしまったし悪い気持ちではない。トレーニング終わりの彼らに早目の朝食を用意しようと部屋を後にした。


「――不二山、あと五分。いや十分でもいい」
「寝言言うな。それだと後のが時間のびてるだろ」
「設楽も。観念して起きなよ」
「……うるさい、俺は眠いんだ」
「…………zz」

 閉じられた扉の向こうで、布団から叩きだされる悲痛な声と琥一が再び眠りに落ちる音が聞こえた。







「……じゃーさ、いまアンタの家に、学園中の有名人がそろい踏みってワケ!?」
「に、新名くん、ひ、秘密だから…!」

 やべ、と慌てて口を塞ぐ新名を見、改めて視線を落とした。
 放課後の教室。昨日話した通り、新名にここまでの経緯を説明するとしばらくうーんとかなんとか悩んでいたようだが、やがて一つずつ確かめるように言葉を選んだ。

「んで、何で自分が小さくなったかは誰もわかんねーってこと?」
「そうみたい。あ、でも嵐くんが小さくなる前に誰かに会ったって――」
「――嵐さんが?」
「呼んだか?」
「うわあ!!」

 突然混じった第三者の声に、新名は慌てて椅子を下げ体を引いた。ばくばくと止まない心臓の音を聞きながら見たものは、向かい合う彼女の胸ポケットから現れた不二山嵐その人。あ、やっぱりまだ小さいんだ……ではなく。

「ちょっ、嵐さんなんてとこ入ってんスかー!」
「ん? 何がだ?」
「あ、ごめんね。肩だと落としちゃいそうだから私がここでってお願いしたの。……やっぱり狭いの嫌だよね」
「あああアンタが悪いんじゃなくて! ああもういいから嵐さん早くそこ出て!」

 うらやまけしからん、ではなく複雑な表情を浮かべる新名をよそに、ようやくポケットから解放された不二山は机の上でこき、と首を鳴らしていた。そのサイズは昨日練習場で見たのと同様、人形サイズのままだ。

「――んで、嵐さんさっきの話。マジで誰か来たんすか?」
「ああ。誰かは覚えてねーけど、昼休み部室に来たやつがいるのは間違いねえ」

 その言葉を聞き、顎に手を添えては思考を巡らせる。

「……とりあえず、学校にいる間に何かされたっーのは間違いないと思うんだよなー」
「何かって?」
「それはまだわかんね―けど……で、共通するのは全員アンタと関わりがあること」
「私と?」

 確かに他に親しくしている先輩はいないし、桜井兄弟は幼馴染のようなものだ。今まで何の疑問も感じていなかったが、もしも「彼女」の周りの人物にターゲットを絞っているのだとすれば、学校内の、しかも彼女の知り合いが元凶である可能性が高い。
 だが一体――誰が。

「あーもーわっかんねー! 何か心当たりとかねーの? 誰かに狙われてるーとか」
「だ、誰かにと言われても、うーん……」

 再び落ちる思考の沈黙。だがその時、机上にいた不二山が「あ」と声をあげた。

「そうだ。俺の制服取り行かねえと」
「制服?」
「……そうだった! 嵐くん制服学校においてきちゃったらしくて。今からちょっと取りに行ってくるね」

 先輩二人や桜井兄弟は制服のまま小さくされたから良かったが、不二山だけ柔道着姿で小さくなってしまった。
 そのためいつ元の大きさに戻っても良いように、制服を回収しておこうとわざわざ不二山を連れて来たのを思い出したのだ。

「ごめんね新名くん。すぐ戻るから」
「りょーかい。……早く帰ってきてくんねぇとオレ、帰っちゃうかもよ?」
「ちょ、ちょっとだけだから!」

 うそうそ、という新名の言葉を聞いたか聞いていないのかという速度で、不二山を連れた彼女が教室から姿を消した。その姿に苦笑していた刹那、再び教室の引き戸が音を立てる。

「えっ、何、マジでもう帰って来たワケ!? いくらアンタでも早過――」

 だがそこにいたのは彼女ではなく、代わりに――コトン、と硬質な音が床を弾いた。






「制服あって良かったね嵐くん」
「ああ。でもこのカッコじゃいつ着られるかわかんねーな」

 胸ポケットのへりにぶら下がる不二山に気をつけながら、大きな紙袋をぎゅうと抱きしめる。昨日着替えた時のまま、部室のロッカーに残っていた制服を回収し、急いで新名の元に戻る。

「だよね……どうしたら元に戻るんだろ」
「お湯かけて三分とかで戻んねーか?」
「あ、嵐くん、試すのやめてね!?」

 不二山ならやりかねない、と一抹の不安を抱えながら階段を上り、一年の教室へと向かう。急いだつもりだが、せっかく残って話を聞いてくれている新名をこれ以上待たせる訳にはいかない。
 曲がり角を曲がり、真っ直ぐ行けば教室、というすんでのところ。

「わっ!」
「――!」

 その曲がり角で慌てて走ってきた誰かとすれ違った。突然の事に慌てて身を引くが、相手はそのままの勢いで階段を走り降りていく。すぐに見えなくなったその姿を見、教室の方へ振り返った。嫌な、予感がする。


「――新名くん!」

 数分前までいたその椅子に、新名の姿は無かった。ぞくりと感じる悪寒に負けぬよう寄せていた机に近づき、周囲を確認する。
 そこには。

「おい、新名。大丈夫か」
「新名くん…!」

 きゅうと目を回して机に倒れた新名がいた。よもや呪いのような――あのサイズで。






「マジ信じらんないんですけど……」

 不二山からの気付けで目を覚ました新名は、自分の身に出来た事実が受け止められないかのごとく頭を抱えていた。背景に「パネエ…」の文字が見えそうな勢いだ。

「ってかありえないでしょ! 人間がこんなサイズになるとか、どう考えてもおかしくね!?」
「おかしいな」
「おかしいよね……」
「ああーもうどーなってんのオレー!」

 意見が一致したのに腑に落ちない、とばかりに混乱する新名をよそに、不二山も冷静に話を続ける。

「新名落ちつけ。お前、何があった?」
「何がって、嵐さんとアンタが制服取りに行ってすぐに誰かが―― だれ か、が……?」
「戻るぞ!」

 言葉が途切れたのと同時に、不二山の声が飛ぶ。彼女も気付いたのか弾かれるように教室の扉を開け、廊下、階段の下を覗き込む。
 案の定誰の姿があるでもなく、校舎内は異常な静謐に満ちていた。テスト前で部活が休みなのもあるだろうが、この時間残っている生徒はほとんどいないようだ。そんな中、すれ違ったあの人影。それが意味するものは一つしかない。
 ぶつかった辺りに戻り思い出してみるが、一瞬の事だったのと勢いとで顔はおろか背格好すらよく思い出せない。

「……やっぱもういねーか」

 はあ、と溜息をつく傍ら、視界の端に何かがよぎった。何だろうと傍によると白い布のようにものが落ちていた。誰かの忘れものか、と不二山が言うのに従い、とりあえず拾い上げる。
 戻ってきた二人の表情から釣果が芳しくないのを察したのか、新名も机の上でがくりと肩を落とした。いつの間に作ったのか、消しゴムを椅子にしては、その上に座って器用に落ち込んでいる。

「あーもーどうすりゃいいんだってのー!」

「とりあえず、誰か関わってんのは間違いねーな」

 不二山の元に訪れた誰か。新名の元に訪れた誰か。
 自然現象的なものではなく、間違いなく恣意的な力が働いているのは違いない。だが一体誰が、何の目的で彼らを小さくしているというのか。
 三度落ちる沈黙。その直後、最終放課を促すチャイムが教室内に鳴り響いた。

「と、とにかく今日は帰らないと」
「か、帰るって――オレどーやって、……」
「狭くて良ければ、うちに来る?」
「――マジで!?」

 はたと新名が立ち上がり、嬉しそうに消しゴムを片づけ始める。両手に白くて四角い消しゴムを持っている姿は何というか、実に、……今にも何かを洗い始めそうだ。
 ラスカ、――ではなく新名はいそいそと消しゴムを筆箱にしまうと、何故か得意げに胸ポケットにいる嵐を見、そのまま彼女を見上げた。

「んじゃ、そーいうことで。俺もそこ、行きたいなーなんて」
「あ、うん。じゃあ手のひら、乗れる?」

 よいせよいせと手の平に上り、添えられるまま胸ポケットに入る。これで嵐さん一人に良い思いは、と得意げに隣を見るが、そこには誰もいなかった。
「あ、嵐さーん?」
「呼んだか?」

 上から降ってきた声にぐいと首を上げる。そこにはちゃっかり彼女の肩に移動した不二山の姿があった。

「ちょっ、嵐さん何でそんなとこいるんスか! アンタも! ちょっとずるくね!?」
「な、なんか嵐くん高いところの方が良いって言うから……」
「あああ首動かしちゃダメだって!」

 肩に腰掛ける嵐のすぐそばに彼女の頬があり、油断すれば今にも触れあいそうだ。負けてられない、とばかりに自身ももう一方の肩に乗せるようお願いしたものの。


「……ッ!」
「新名、お前高いとこ苦手じゃなかったか?」
「ぜ、ゼンゼン、ヘーキだし?」
「新名くん、大丈夫?」
「パ ネ エ……! ……じゃなくて、だ、だいじょぶだって、……!」

 怖いのか、髪が軽く引っぱられる感触と裏返る声。両肩に二人の柔道部員を乗せながら、彼女は細心の注意を払って歩み始めるとそのまま教室を後にした。

 

 無事に家へと帰りつき、いつものように夕食を作っては彼らの分を取り分け、少し遅めの晩御飯。
 気付けば新名をいれて6人の大所帯になっており、机の上がわいわいと賑やかだ。

「このカニ玉すっげー美味いんだけど! やっぱアンタ料理出来るんだー」
「うるさいぞ新名。黙って食え」
「どうした。食べないのか?」
「あ、いや、この酢豚パイナップルのかけらが残ってる気がして……」
「ワリ、まだ飯あるか?」
「あ、俺も。コウより多めで」
「はいはい。まだあるから心配しないでね」

 ほぼ戦争のような食事が終わった後、机で彼女が課題を仕上げる合間も傍らで好き勝手に何やらやっている。最初は違和感を覚えていたこのサイズだったが、見慣れてくるともはや可愛さしか感じなくなってしまったようだ。
 ライトスタンドの下では紺野が設楽に何事か勉強を教えているらしいが、今朝叩き起こされたらしい設楽は既に不機嫌そうに眉を寄せ、こくりと船をこいでいる。どうやら眠たいらしい。

「設楽? 聞いてるのか?」
「……ああ、いや、ダメだ。眠い。分かるか、俺は、眠 た い ん だ」
「……まったく……」

 一方ベッド代わりに用意された小さいクッションハンカチもろもろの山では、テディベアとラスカルが組み手をしていた。部活で見る時は相当な迫力なのだが、人形サイズになった今はただじゃれあっているようにも見える。
とか言ってるうちに新名が後ろに投げられ、ぼすんと小さなぬいぐるみの山に埋まった。なんとか頭と腕だけをのぞかせると、わずかな抗議をしてみせる。

「――ちょ、嵐さん、今小さいんだから手加減してくださいよー!」
「悪い。そんな飛ぶと思わなかった」
「ヤダヤダ……くそーもう一回!」

 怪我をしまいかとおろおろしていた彼女だったが、このサイズになったことでどこか楽しそうに組み手を続ける二人にやめろと言うこともはばかられる。
 かと思えば更に机の逆端では、幼馴染二人がなにやら巨大な飴玉を見つめては考え込んでいる。否、飴が大きいのではない。

「コウくん? どうしたの」
「ああ? いや、ルカの奴があめーもん食いてえとかぬかしやがるからよ」
「そ。でもこのままじゃちょっとでかいから、コウに割って貰おうと思って」
「わ、割るって本気なの!?」
「ンァ、まあここんぐれーなら何とかなんだろ。おいそっち持ってろ」

 指示に従い琉夏が飴玉の裏側に回りこむ。それを確認したのか、馴染んだ空手の型で琥一が一突き。……だが、力が足りないのか、バランスを大きく崩すだけで割れてはいない。

「チッ、おいルカてめーも反対からやれ」
「オッケー。いくよ?」
「ほら、もし割れたらあぶな……あ」

 制止の声も間に合わず、今度は左右から正拳突きが噛みあう。だが微妙に位置がずれていたのか、飴玉は回転をしながら放物線状に弾かれ、そのままコン、と設楽のすぐ傍に落下した。彼女から見ればコン、だが、当の設楽のしてみれば砲丸が落ちてきたレベルの驚きだ。
 突然の衝撃に眠気と戦っていた設楽は一瞬で目を覚ましたらしい。

「馬鹿! 何投げて来てんだあぶないだろ!」
「ワリイワリイ、まさかそっち飛ぶとは思ってなくてよ」

 その騒動を聞きつけた柔道部二人もなんだなんだと顔を覗かせ、紺野はただ額に手を当て溜息をついていた。サイズこそ小さいが、いつもの彼らそのままだ。

(……みんな、慣れて来てはいるけれど……)

 確かにこのままずっとここで生活出来ればそれも可能かもしれない。だが、そんなことは現実的に考えて不可能だし、これ以上彼らの家族に隠し通すことも出来ない。


 新名と整理した話を思い出す。現場は学校。犯人は私と関係した人物である可能性が高い。無作為でも無条件でもなく意図的に――実際に小さくした人物が、いる。
 ふと思い出し、制服のポケットにしまっていた白い布を取り出す。繊細な模様のあるそれは、犯人とぶつかった現場にあったもの。しげしげと眺めては、裏返し再び手の平に乗せる。

(――!)

 それは、フラッシュバックに近い、一瞬の記憶。
 その瞬間、彼女はそれが何であるかを思い出した。

「そうだ、これ……私が……」

 多少形が変わっていたから気付かなかったが、それは紛れもなく彼女が知っているものだった。
――そしてそれが導き出す、この事件の「犯人」も。




2011.10.08

やっと全員小さくなった!

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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