>> 借り暮らしのアラシッティ



――見てろ、小さくったって10秒だ。



(ほんとにどうなってるの…!?)

 放課後、柔道部の部室に向かうため課題と必要な教科書を鞄にしまう。設楽先輩に始まり、紺野先輩、おまけにコウやルカまで次々と小さくなってしまった。今はまだ何とか隠し通しているが、そろそろ限界だろうと深刻な表情で呟いていた紺野を思い出す。



「いい加減、元に戻る方法を考えないと……」
「ですよね……でも一体、何が原因なんでしょうか…?」
「――あれ? セイちゃんもう食べないの? じゃあ俺、食うよ」
「なっ…! それも最後に食べようと思ってたんだ…!」
「んだよ、ちゃんと食わねえと大きくなれねぇぞセイちゃんよ」
「おまえらだって小さいだろ!」
「設楽、うるさいよー」
「うるさい紺野! いいからこいつらをどうにかしろ!」


 先程までの真面目な空気はどこへやら。呼ばれた紺野はやれやれという風に設楽の方を振り返り、彼女もまた住人の増えた机上に目を向ける。
 案の定、昔馴染みの気安さか桜井兄弟に良いように振り回されている設楽の姿があり、朝食で一人ずつに用意されていたはずのウインナー(1/4カット)が今まさに琉夏の口の中に収まるところだった。生存競争はいつだって無情である。

「ほら、二人もあまり設楽をからかっちゃだめじゃないか」
「はーい」
「へいへい」
「……こいつら、覚えてろよ…!」

 今朝の様子を思い出す限り、紺野の心労が重くなっているのは確実だろう。そのまま逃げるように家を出てしまったことを申し訳なく思い、彼女は心の中で合掌する。
 本当に早く手がかりを探さなければ。とりあえず全員小さくなった時の記憶はないようだが、この学園内で起こったことには違いない。ならば、原因もここにあると考えるのが筋だろう。

「とは言っても……」

 柔道部の練習場までの道を歩きながら、うんうんと頭をひねる。場所も時間もバラバラ、共通点を探しても思い当たる節がない。
 深いため息をつきながらアルミ戸を開く。そろそろホームルームの終わった他の部員達が来る頃だろう、と神棚への挨拶と清掃を始めようとした、その時。

「やっぱ一番はおまえか。早いな」

 突然かけられた不二山の声に、驚いたように振り返る。が、入口にも奥にも姿は無い。気のせいだったのかと再び畳に視線を落とす。

「おい、ここだ」
「!? ……嵐、くん?」

 再度呼びかけられ、首をかしげながら声のする方を探す。やはり不二山の姿は無――いや、いた。彼女が来るずっと前から部室に来ていたらしく、既に柔道着に着替えて練習に取り掛かる準備は万端である。ただ問題は、例によって例のごとく。

「嵐くん、何で、そんな……小さく」
「わかんねえ。気付いたらこうなってたみてーだ」

 綺麗に洗濯された柔道着に、きちりと結ばれた黒の帯。だがその全長は今も彼女の家で騒動しているであろう、彼らと同じ人形サイズにまで縮まっていた。




「昼休み?」
「ああ。自主練しようと思ってここにきてからだな」

 コキ、と首を傾げるように鳴らす不二山を前に、何故か正座してしまう。

「気付いたら、こんなんなってた。どうにかなんねーか?」
「どうにかって……」

 それを知りたいのはこっちの方である。
 とも言えず、不二山から聞いた状況を聞きながらとりあえず整理してみる。不二山がここに来たのは昼休み、制服でないのは自主練のため着替えていたからであり、つまり小さくなった時に着ていた服がそのまま反映されるようだ。

「何か変なもの食べたとか…?」
「今日はまだ弁当二個とパン二つだけだ」
「もう!? ……じゃなくて、じゃあ体調悪かったーとか」
「特にねーな。自己管理は基本だろ――あ」

 これと言ったヒントに当たらず、うむむむと考え込んでしまった彼女を見、何かを思い出したように口を開いた。 
 
「そういや、誰か来た気したな」
「……誰か?」
「うん。柔軟終わって、ちょっとしたくれーかな」
「だ、誰が!?」
「わかんねえ。覚えてねえよ」

 そっか、と落ち込む彼女に申し訳なく思ったのか、少しだけ見上げては俯く。その姿が可愛らしいのと同時に、一番困っているのは不二山の方だと思い出し、改めて口角を上げて見せた。

「ごめん。とりあえず、そろそろみんな来ちゃうけど、どうする? 何ならばれないよう隠れて――」
「チーッス! 今日こそは嵐さんより先、に……って、……」

 だが不二山の言葉を聞き返す間もなく、軽やかな音を立てて部室のドアが開かれ、その向こうにいた新名と目が合う。いかにしてこの状況を誤魔化すべきかと一瞬混乱する。だが彼の視線は、彼女の前にいた小さい不二山に逃れようもなく注がれていた。

 



「――じゃあ、嵐さんだけじゃなくって他にも小さくなった奴がいるってワケ?」
「じ、実は……」

 しばらく大きな目を一層丸くして不二山を注視していた新名だったが、現状を理解したのか彼女の話を聞き一人思考を巡らせた。不二山の方はと言えば、いつの間にか彼女の肩に登って、大人しく話を聞いていた。あー何その特等席。俺もちょっと小さくなりたいかも。

「よくわかんねーけど、とりあえずその嵐さんが会ったって奴探すのが一番確実かなー」
「やっぱりそこだよね……」
「だーいじょうぶ、オレも協力するし! このことは他の奴には黙っとくからさ」

 その申し出に彼女は一人安堵した。一人で悩むよりは誰か事情を知っている人がいてくれた方が何かと融通が効くだろう。
 有力な協力者を得たと喜ぶ中、ようやく他の部員達も練習着で集合し始めた。このまま話を続けて、不二山の姿を見られても大変だ、ととりあえず話を切り上げる。

「っと……そいつ探すのは明日にするとしてー嵐さんは今日は欠席ってことで」
「いや、このままやる」
「え?」
「え?」

 二人が同時に聞き返したかと思うと、彼女の肩から腕を伝い、今度は新名の腕を器用に登っていく。そして明るくはねた髪の下に辿りついたかと思うと、仁王立ちし新名に告げた。

「こっから指示する。上手いこと他の奴に伝えてくれ」
「ちょっ、嵐さん、危ないっすよ!」
「これもトレーニングだ。よし新名、行け」
「……マジでー」

 そういやこんな映画あったよなーと思いながら、あれは小さい側が女の子だったのを思い出す。ちら、と視線を向けると二人の会話が聞こえていなかったのか、のんびりとした様子のマネージャーが微笑んでいた。あーどーしてあっちじゃないんだろ。

「ほら、早くしろ」
「あーもー分かりました! 全員、柔軟して乱取だってー!」

 おしゃれ。ねこ。甘いもの。――ではなく、柔軟。乱取。受身の練習。
 そんなどこかのCMを思い出しながら、肩にいる不二山を落とさぬよう、かつ他の奴にばれないよう部員に指示を出す。とりあえず適当に嵐さんから練習メニューを聞いて来たということにしていたせいか、皆疑うことなく練習を片づけていった。その洗練された流れがちょっとだけ誇らしく、少しだけ嬉しくなる。

(なんつーかオレ、ほんとに部長みたいじゃね?)
「――おい、新名」
「うわっ! な、なんですかもー嵐さーん」
「足の掛け方が違う。ちょっと降ろせ」

 緩んでいた気持ちを見透かされたのかと僅かに身構えるが、当の不二山は器用に腕を伝い、テーブルの上へと移動する。もちろん他の部員に見えないよう気を付けていると、新名のその行動に気付いたのか彼女もまた顔をのぞかせた。

「あれ? どうしたの」
「何って、嵐さんがー」
「丁度いい。あれ貸せ」
「あれ?」

 小さい不二山が指し示した先には彼女の鞄。言われた通り鞄ごと持ってくると、今度はその端に付いているキーホルダーを指し示した。

「駅名キーホルダー?」
「違えよ。そっちのそのクマみてーな方」

 ジャラ、と音を立てるそれには確かに駅名キーホルダーと並んで手の平サイズのテディベアが付いている。言われるまま鞄から外し、不二山の前に置くとしばらく高さを確かめたのち、そのクマの首にきゅっと腕を回した。

「いいか? 右手をこう相手の首にかけて」

 言いながら、オレンジ色のテディベアに大外刈りをかける真似をする。どうやらサイズ的に実際の人間で説明するのは難しいと判断してのことのようだが、いかんせん――可愛らしい。
 技の説明がなければ、小さい嵐さんが同じ身の丈のクマのぬいぐるみと戯れているようにしか見えない。

(可愛い……)

 新名も同じことを思っていたのか、笑いそうになるのを必死に堪えているのが隣にいるだけで分かった。


「で、足を相手にかけて――おい、ちゃんと聞けよな」
「お、…押忍、嵐さん」
「お前も。今度ビデオに撮って見せてやれ」
「……は、はい!」
「はいは一回……まあ、さっきのは許す」

 どうにも様子のおかしい二人にいぶかしみながらも、不二山はなおもテディベア相手に組み手を始めていた。小さい自分に見合った相手を見つけた嬉しさだろうか、だがその実抵抗しない親熊相手にじゃれつく小熊にしか見えず、二人は再び必死に漏れだしそうな感想を心で押し殺していた。







 一方、その頃。


「――俺もうだめかも。コウ、何か作ってー」
「バッカお前、こんなナリじゃなにも出来ねーだろうがよ」
「じゃあセイちゃんでもいい」
「でもって何だでもって!」
「確かに今日は遅いね……」

 その夜。主将不在の筈の柔道部の練習は何故か熾烈を極め、その結果夜遅くまでそれは続いた。
 そんな事情を知らない四人は寂しくくるるとお腹を鳴らすばかりであった。


2011.7.7

駅名キーホルダーと打つはずが時刻表キーホルダーって打ってたなにそれ分厚い

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