「と、とりあえず今の状況を説明してみます」
なにはともあれGSの世界との接点が現われたのだ。はやる気持ちを抑えながら紺野は恐ろしい速度で文面を打ち上げて行く。送信後しばらく待ってみると、こちらが送ったものの半分以下な文章量で返信が来た。
『そうさくねがい? なにいってるかよくわからん いいから早くもどつてこい あいつもしんはいしてたぞ』
「あ、濁点付きましたね」
「かわりに小文字が出ませんけど……」
半濁点はもう諦める事として、あいつも心配という文から紺野がいなくなったことには向こうも気付いたらしい。だが文面の緊急性のなさから言って、いなくなって数時間くらいしか経っていないかのようだ。
紺野もそれを感じ取ったらしく、少し落ちついた様子で更に返信を続ける。
「……『何でもいい、そっちに何か残っているものはないか? 変なものとか、見慣れないものとか』」
『べつに おまえの服があるだけた』
「……変なものって?」
「いえ、僕がこちらに飛ばされてきたのなら、代わりにこちらの物が向こうに入れ違った可能性もあるかなと思って」
なるほど、もし向こうにこちらの世界のものがあれば、それをヒントに入れ替える事が出来るかもしれない。紺野の発想に関心するも、残念ながら入れ替わりになったものはなさそうだ。その後も色々と聞いていたが、手がかりになりそうなものはない。
「やっぱり、だめですね……」
「そんな、せっかく連絡とれたのに…」
やはりだめか、とパソコンに向かい合う二人の顔にも陰りが見え始め、相変わらず短い設楽の返信だけが静かに届いた。
『よく分からないが、ようは同じところからかえってこれるんじゃないのか? おまえ服きないままどんなとおいとこいってるんだ』
「はは……遠い上にほんと水着だけだったよ…」
「先輩目が笑ってないです」
堂々巡りを繰り返すメールの返信。確かに来た方法が分かれば帰る方法も分かるだろう。だが、彼が落ちてきたのは自宅の風呂場であり、出入り口になりそうなものはない。――いや、出入り口?
「……先輩、確か更衣室のロッカーを開けたらこっちに来ていたっていいましたよね」
「え、あ、はい。タオルを取ろうと思って開けたら、……あ」
「そうです、ロッカーです!」
ぐるりと頭を巡らせる。うちにロッカーはないのでおそらくゲーム内の距離とこちらの世界の距離比率が違うのだと仮定、一番近いロッカーを探す。ここから一番近いのは――市民プール。
「行きましょう!」
紺野も彼女と同じ思考に至ったらしく、驚きで真ん丸くした目を眇めると静かに笑った。あわただしく玄関を開け、自宅から一番近くにある市民プールへ急ぐ。
季節のためかあまり人気のないそこに入場し、水着に着替えるでもなく男子更衣室にこっそりと移動する。係員にばれたら確実に変態扱いだが、背に腹は代えられない。
「このロッカー……多分僕が使っていたのと同じ型です」
ロッカーを媒体にして飛ばされた。と考えれば、こちらの世界と向こうの世界の座標がずれていたから着地点がずれてしまったのだろうと推察される。つまり再びロッカーから帰れるとすれば、到着点に一番近いここから帰る方が、向こうの世界との差異が少なく済むはずだ。
とは言え、まだ帰れると決まったわけではない。
「番号とか覚えてますか」
「ええっと、確か……」
指さしながら番号札を辿り、ある一点で手が止まる。更衣室の一番端、何の変哲もないそれが、今は過剰な期待を伴ったパンドラボックスと化している。
紺野がゆっくりと引き手に指をかける。ガチ、と軽い金属の音を立て僅かに開かれたその隙間を、息を詰めて見つめた。
「……」
「……」
そこにあったのは
――空っぽのロッカーだった。
「……だめですね」
「えええ絶対ここだと思ったのに…!」
キイと音を立てるそれを全開にし、改めて中を確認する。鼠色の金属板に、棒状の連なる簡素な格子。何の変哲もないロッカーを眺めて、二人はがくりと肩を落とす。
一応何度かバタンバタンと開いたり閉じたりしてみるが当然変わりはない。
「……もしかして、まだ何かきっかけがいるのかも」
「……それは?」
首をかしげる紺野をよそに、彼女は鞄から出したDSをロッカーに入れて何やらうんうんと念じている。やがて満足したのか「どうぞ」と言わんばかりの視線で紺野をロッカーに指し示した。開けてみる。まだロッカーである。当り前である。
「だめかー」
「あの、いつもそれ持って歩いてるんですか」
「え、当り前じゃないですか」
一時期は攻略本も入ってましたが何か、という返答は放置し、再びふむと首をかしげる。ロッカーが世界をつないでいるという予想は間違っていない気がする。だが、きっかけが思いつかない。
(こういう場合……)
物語でのトリップ物の場合、向こうの世界と関係する物がキーとなることが多い。とは言え、紺野がこちらに来た時の様子を考えてみても水着一枚という有様。まさか海パン通して異世界交流という訳にはいかない。
「……あれ」
ふと、何かが頭の中で引っかかった。
確かに紺野先輩は海パン一丁でこの世界に飛ばされてきた。まさに温水プールでのあの立ち絵そのままの姿――あの、立ち絵のまま。立ち絵、の、――
「鍵!」
「うわっな、なんですか!」
「鍵、鍵です紺野先輩。立ち絵の時に先輩、ロッカーの鍵を手首に付けてましたよね!」
間違いない。
ゲームのたびに「銭湯!?」と手首の鍵にツッコミを入れていたのをすっかり忘れていた。思い返せば彼が来た当初、その手首にコインロッカーの鍵を見ていた筈だ。
ほぼ確信に近い何かを抱いた彼女の視線を受け、紺野は慌ててポケットを探る。使い古されたゴムにシンプルな銀色の鍵を手繰り寄せ、おそるおそるロッカーの鍵穴に差し込んだ。
ガチ、と音を立て扉が一旦閉められる。それを確認し、今度は反対側に鍵を回す。手ごたえのなくなったそれに手を伸ばし、押し開く。その奥には――綺麗に畳まれた紺野の私服と、もう一つの更衣室が見えた。
この世界は、繋がった。